特許を巡る争い<29>米久株式会社・調味肉の製造方法特許

特許を巡る争い<29>米久株式会社・調味肉製造方法特許

特許第6552905号は、冷凍肉断片を調味液中に浸漬して、解凍する工程を特徴とする調味肉の製造方法に関する。新規性欠如、進歩性欠如および記載不備の理由で異議申立されたが、いずれの理由も認められず、維持された。

米久株式会社の特許第6552905号“調味肉の製造方法及び食肉製品の製造方法”を取り上げる。

特許第6552905号の特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6552905/7496BBD298213ED0A6D17EBD39BC6A0F271A805819A94D1393162A3885453DE7/15/ja)。

【請求項1】

冷凍状態の原料肉断片を調味液中に浸漬し、前記原料肉断片を解凍する工程を含む、調味肉の製造方法であって、

前記原料肉断片が、前記原料肉のスライス片又は前記原料肉の挽肉であり、

浸漬後の原料肉断片の重量/浸漬前の原料肉断片の重量×100で定義される前記原料肉断片の重量増加率が110%以上となるまで、前記原料肉断片を前記調味液中に浸漬する、前記製造方法。

【請求項2】以下、省略

本特許明細書によれば、“原料肉断片がスライス片である場合”について、“本発明に係る調味肉の製造方法は、冷凍状態の原料肉断片が調味液中で解凍される際、調味液が原料肉断片に浸透する現象を利用するので、冷凍状態の原料肉断片を解凍するのに要する時間が短いほど、原料肉断片へ調味液を浸透させるのに要する時間が短い。

この点、スライス片の厚さが小さいほど、冷凍状態の原料肉断片を解凍するのに要する時間が短く、原料肉断片へ調味液を浸透させるのに要する時間が短い。”と記載されている。

上記“原料肉”として、“牛肉、豚肉、羊肉、鶏肉、合鴨肉、馬肉等の畜肉”が例示されている。

原料肉断片を調味液に浸漬する浸漬時間について、“浸漬後の原料肉断片の重量/浸漬前の原料肉断片の重量×100で定義される原料肉断片の重量増加率が110%以上となるように調整することが好ましい”と記載されている。

従来技術として、“原料肉を調味液で調味する際、インジェクション(多数の針を使用して、原料肉に調味液を機械的に注入する処理)、タンブリング(減圧下でマッサージして、原料肉に調味液を浸透させる処理)、ミキシング(原料肉に調味液を加え、ミキサーで揉みほぐす処理)等が使用されている”が、“これらの処理では、原料肉に物理的ダメージが加わりやすい。原料肉に物理的ダメージが加わると、塩溶性蛋白が溶出しやすくなるため、肉本来の食感が失われるおそれがある”という問題点があった。

しかし、本特許発明においては、

冷凍状態の原料肉断片を調味液中で解凍することにより、単位時間あたりにスライス片へ浸透する調味液の浸透量(すなわち、調味液の浸透速度)と、スライス片へ浸透する調味液の最大浸透量の両方が顕著に増加する。

したがって、解凍状態の原料肉断片を調味液中に浸漬する場合と比較して、短時間で多量の調味料を原料肉断片に浸透させることができる。“

その結果、本発明を用いることによって、“原料肉に物理的ダメージが加わりにくい調味肉の製造方法、並びに、該製造方法により製造された調味肉を使用した食肉製品の製造方法を提供すること”ができると説明されている。

本特許の公開時の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2017-29016 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-029016/7496BBD298213ED0A6D17EBD39BC6A0F271A805819A94D1393162A3885453DE7/11/ja)。

【請求項1】

冷凍状態の原料肉断片を調味液中で解凍する工程を含む、調味肉の製造方法。

【請求項2】

冷凍状態の原料肉を切断して前記原料肉断片を調製する工程を含む、請求項1に記載の製造方法。

【請求項3】

前記原料肉断片を前記調味液中に浸漬し、前記原料肉断片を解凍する、請求項1又は2に記載の製造方法。

【請求項4】

前記浸漬の開始直前における前記調味液の液温が0℃以上である、請求項3に記載の製造方法。

【請求項5】

前記浸漬の開始直前における前記原料肉断片の肉温が-10℃~-3℃であって、前記浸漬の開始直前における前記調味液の液温が2℃~15℃である、請求項3に記載の製造方法。

【請求項6】

前記浸漬の開始直前における前記調味液のブリックス値が8以上である、請求項3~5のいずれか一項に記載の製造方法。

【請求項7】

請求項1~6のいずれか一項に記載の製造方法により調味肉を製造する工程、及び、前記調味肉を食肉製品に加工する工程を含む、食肉製品の製造方法。

公開時と特許公報の特許請求の範囲を比較すると、請求項1の構成要件は大きく変更され、その結果、特許査定を受けている。

特許公報発行日(2019年7月31日)の半年後(2020年1月30日)、一個人名で異議申立てされた(異議2020-700048 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2015-149887/7496BBD298213ED0A6D17EBD39BC6A0F271A805819A94D1393162A3885453DE7/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第6552905号の請求項1~8に係る特許を維持する。”

異議申立の理由は、新規性欠如、進歩性欠如、および記載不備(サポート要件違反、明確性要件違反、実施可能要件違反)であった。

以下、請求項1に係る発明について、説明する。

【請求項1】

冷凍状態の原料肉断片を調味液中に浸漬し、前記原料肉断片を解凍する工程を含む、調味肉の製造方法であって、

前記原料肉断片が、前記原料肉のスライス片又は前記原料肉の挽肉であり、

浸漬後の原料肉断片の重量/浸漬前の原料肉断片の重量×100で定義される前記原料肉断片の重量増加率が110%以上となるまで、前記原料肉断片を前記調味液中に浸漬する、

前記製造方法。

新規性について、異議申立人は、甲第1号証に記載された発明(日本食品科学工学会誌,2011年2月,第58巻,第2号,62~66頁)であると主張した。

審判官は、本件特許発明1(請求項1に係る発明)と引用発明1(甲第1号証に記載された発明)とを対比すると、以下の一致点と相違点があると認めた。

一致点:“「冷凍状態の原料肉を調味液中に浸漬し、前記原料肉を解凍する工程を含む方法。」である点”

相違点1:原料肉の浸漬時の形態に関して、

本件特許発明1;「冷凍状態の原料肉断片を調味液中に浸漬し」「、前記原料肉断片を解凍する」と特定され、さらに「前記原料肉断片が、前記原料肉のスライス片又は前記原料肉の挽肉であ」ると特定されている点

引用発明1;「カナダ産豚ロース肉を4分割した凍結状態のロース肉」であると特定されている点

相違点2:原料肉の重量増加率の特定

本件特許発明1;“前記原料肉断片が、前記原料肉のスライス片又は前記原料肉の挽肉であり、「浸漬後の原料肉断片の重量/浸漬前の原料肉断片の重量×100で定義される前記原料肉断片の重量増加率が110%以上となるまで、前記原料肉断片を前記調味液中に浸漬する」「調味肉の製造方法」”である点、

引用発明1;“カナダ産豚ロース肉を4分割した凍結状態のロース肉を”、食塩、砂糖等が配合された塩漬液に漬け、塩漬室に保存した結果、”該4分割した凍結状態のロース肉が重量変化比として、塩漬前の凍結肉を100をとすると14日後に111となった結果、又は凍結ロース12kgを切断した1003gの凍結肉が塩漬後1125gとなった結果を得た豚ロース肉の塩漬解凍法である点“(凍結ローズ切断肉の場合の重量増加率は、約112%と計算される)。

上記相違点1についての審判官の判断は以下のように判断した。

“引用発明1の「カナダ産豚ロース肉を4分割した凍結状態のロース肉」は、甲第1号証の摘記(1b)の「4分割しない凍結豚ロース肉3本(12kg)」との記載からみて、1kgもの重量を有するものであり、

本件特許発明1の「原料肉断片」とはいえないし、ましてや「原料肉のスライス片又は前記原料肉の挽肉」に相当しないのはあきらかである。“

それゆえ、“相違点1は、実質的相違点であり、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明とはいえない。”と結論し、新規性を認めた。

進歩性欠如について、異議申立人は、甲第1号証~甲第6号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明することができたものであると主張した。

この主張に対し、審判官は、“引用発明1の「カナダ産豚ロース肉を4分割した凍結状態のロース肉」を本件特許発明1のような原料肉のスライス片又は挽肉を対象としたものに変更する動機付けがない”と判断した。

また、甲第2号証や甲第3号証は、“切断又は薄切りを行うことで、調味液等の浸透性を向上すること”や、甲第4号証における“肉を薄く切断するためにスライス刃と肉塊との接触部が温度上昇しやすいため低温に温度調整していることが開示されているからといって”も、“いずれも凍結状態の原料肉断片の調味液中への浸漬を前提とした技術ではない”、

さらに、甲第5号証は、“原木1本(肉塊)を対象としたものであり”、甲第6号証は、“食品類の漬け込み加工方法において、被漬け込み品を漬け込み加工中に帯電させることを前提としたものであると認めた。

そして、相違点2についての審判官の判断は、

引用発明1は、“重量変化比を求める塩漬液を漬ける対象が、カナダ産豚ロース肉を4分割した凍結状態のロース肉であるから、上記イの相違点1の判断で述べたとおり、本件特許発明1の調味液浸漬の対象である凍結状態の原料肉断片であるスライス片又は挽肉ではないので、その点で、相違点2は実質的相違点である。

また、引用発明1において、“塩漬前後の重量変化比の値が、図1や表4、表5の値を用いた計算によって、たまたま本件特許発明1の「重量増加率が110%以上」の数値範囲自体に該当するプロットが存在するだけであって、表5には該当しない塩漬解凍法の結果も示されて”おり、引用発明1は、“豚ロース肉を塩漬室で保存して塩漬中の重量変化比から各解凍法(空気解凍法と塩漬解凍法の比較)の分析を行っていることを前提とする方法にすぎない”

一方、本件特許発明1は、請求項1に記載された構成を採用することによって、“原料肉に物理的ダメージが加わらず、肉本来の食感を失わず、調味液の浸透速度と最大浸透量を増加させるという顕著な効果を奏している。”

“相違点1に係る調味液浸漬対象である原料肉の形態と相違点2に係る原料肉の重量増加率の特定は、相互に有機的に関係しており、個々の相違点だけを個別に変更することは通常考えられず、動機付けもない”ことから、“引用発明1において、当業者といえども、容易になし得る技術的事項であるとはいえない”として進歩性を認めた。

異議申立人は、サポート要件違反、明確性要件違反、および実施可能要件違反の主張も行ったが、審判官は、本特許発明は、発明の詳細な説明に裏付けをもって記載されており、不明確とする記載も存在せず、少なくとも第三者に不測の不利益を与えるような不明確な点はないといえ、ならびに、当業者が発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえると判断して、異議申立人の主張を斥けた。