無効化できると思える先行技術文献を見つけたとしても、特許権が特許請求の範囲を訂正して反論してくる可能性を考慮する必要がある。
訂正の具体的な方法として、発明特定事項を下位概念化又は付加する補正、 数値限定を追加又は変更、 除くクレームとするなどがある。
無効化できると思われる先行技術文献を見つけ、審判官が無効の主張を採用し、取消理由を通知したとしても、それで終わりではない。
特許権者は、意見書を提出して反論したり、訂正請求書を提出して、取消理由を解消しようとする((23)特許権行使の制約要因;無効の抗弁と訂正 https://patent.mfworks.info/2018/02/05/post-521/)。
訂正できる要件は以下のようである。
(1) 特許請求の範囲の減縮
(2) 誤記又は誤訳の訂正
(3) 明瞭でない記載の釈明
(4) 請求項間の引用関係の解消
(訂正要件 https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/sinpan-binran_18/38-03.pdf
訂正審判・訂正請求Q&A https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/03.pdf
無効審判Q&A https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/02.pdf
特許権者による訂正の請求 https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/sinpan-binran_18/51-11.pdf
平成26年改正特許法における特許異議申立制度について
http://www.tokugikon.jp/gikonshi/276/276tokusyu01.pdf)。
このうち、無効資料と関係するのが、(1)の“特許請求範囲の減縮“である。
”特許請求の範囲の減縮”とは、
“特許請求の範囲の記載がそのままでは公知技術を包含する瑕疵がある、同一人の他の発明と同一であるとして特許無効又は特許取消の理由がある等と解されるおそれがあるときに、請求項の記載事項を限定すること等を指す。請求項の削除(全請求項の削除を含む)も、これに該当する。”
「特許請求の範囲の減縮」に該当する具体例として示されているのは、以下の4つである・
ア 択一的記載の要素の削除
イ 発明を特定するための事項の直列的付加
ウ 上位概念から下位概念への変更
エ 請求項の削除
このうち、特許権者の対抗策としてよく行われる訂正の方法として、“イ 発明を特定するための事項の直列的付加”と“ウ 上位概念から下位概念への変更”に関連する事例を引用する。
“(2) 発明特定事項を下位概念化又は付加する補正の場合
(3) 数値限定を追加又は変更する補正の場合
(4) 除くクレームとする補正の場合“
なお、“訂正”は、審査段階での“補正”の説明としては共通する部分があるので、“補正”の場合を引用する(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/04_0200.pdf)。
順に詳細を引用する。
“ (2) 発明特定事項を下位概念化又は付加する補正の場合
a 請求項の発明特定事項の一部を限定して、当初明細書等に明示的に記載された事項又は当初明細書等の記載から自明な事項まで下位概念化する補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので許される。
例2:請求項の「記録又は再生装置」という記載を「ディスク記録又は再生装置」
とする補正“
“(3) 数値限定を追加又は変更する補正の場合
a 数値限定を追加する補正は、その数値限定が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。
例えば、発明の詳細な説明中に「望ましくは24~25℃」との数値限定が明示的に記載されている場合には、その数値限定を請求項に追加する補正は許される。
b 請求項に記載された数値範囲の上限、下限等の境界値を変更して新たな数値範囲とする補正は、以下の(i)及び(ii)の両方を満たす場合は、新たな技術的事項を導入するものではないので許される。
(i) 新たな数値範囲の境界値が当初明細書等に記載されていること。
(ii) 新たな数値範囲が当初明細書等に記載された数値範囲に含まれていること。“
“(4) 除くクレームとする補正の場合
「除くクレーム」とは、請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみをその請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。
具体的には
(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正“
審判ではないが、審査段階で“除くクレーム“とすることで、特許査定となった事例として、”特許を巡る争い<16>ハウス食品グループ本社・レトルトカレー関連特許(https://patent.mfworks.info/2019/07/21/post-2508/)“で取り上げた特許第6371497号を紹介する。
特許第6371497号“容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品” の請求項1は以下である。
【請求項1】
もち種ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉であるもち種架橋澱粉を含有し、かつ、HLB10以上のショ糖脂肪酸エステルを含有することを特徴とする、前記もち種架橋澱粉で粘性を付けた流動状食品である容器に充填・密封された加熱殺菌処理済食品(ただし、冷凍食品を除く)。
本特許の請求項1は、以下のような形で拒絶査定となった。
【請求項1】
もち種架橋澱粉(ワキシーコーン澱粉をアジピン酸で架橋しアセチル化したもち種架橋
澱粉を除く)を含有し、かつ、HLB10以上のショ糖脂肪酸エステルを含有することを
特徴とする、前記もち種架橋澱粉で粘性を付けた流動状食品である容器に充填・密封され
た加熱殺菌処理済食品。
特許権者は、拒絶査定に対して、不服審判請求したが(拒絶2017-005940)。
前置審査では主張は認められず、審理では、新規性と進歩性の欠如を理由とした拒絶理由通知が出された。
拒絶理由は、本特許は引用文献1(特開2007-259834号公報)に記載された発明(冷凍カルボナーラソース)と実質的に異なるところがなく、ショ糖脂肪酸エステル(HLB14)及び化工澱粉(もち種ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉)の含有量も一致しているというものであった。
これに対して、出願人(特許権者)は、“(ただし、冷凍食品を除く)”と除くクレームとする手続補正を行い、以下のような主張をした意見書を提出し、特許査定された。
本発明は、“より長期の常温保存が可能であり、高品質の、容器に充填・密封された加熱殺菌処理された食品を提供すること“を可能とするものである。
一方、
“引用文献1に記載の発明は、冷凍保存し解凍した後も、品質の劣化が起きることのない(冷凍耐性のある)冷凍ソース又は冷凍スープを提供することを目的としたものであり”、
“本発明の課題である、長期(例えば、3年以上)保存した場合や、その間に冷凍解凍を繰り返した場合に、澱粉の老化による粘度低下や離水を生じ、また、流動状の物性が失われて塊が生じる問題は、そもそも生じません。“
また、
“前記ショ糖脂肪酸エステルとピュリティ-Wが、もち種架橋澱粉で粘性を付けたシチュー等の加熱殺菌処理済食品を、長期保存した場合に、澱粉の老化による粘度低下や離水に、どのように影響を与えるかについて、引用文献1は何ら記載も示唆もしていません。“
“除くクレーム“の考え方について、さらに知りたい場合は、以下を参照ください。
我が国における除くクレームについての考察
https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201005/jpaapatent201005_056-063.pdf
新規事項の追加に関する,判決の傾向と特許庁審査基準等との対比 https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2908