特許を巡る争い<25>理研ビタミン・酸性調味料特許

理研ビタミンの特許第6490341号は、ドレッシングなどの酸性調味料の酸味を、グルタミン酸や核酸の含量、pHなどを調整することによって抑制する方法に関する。新規性欠如、進歩性欠如、記載要件不備の理由で異議申立てされたが、異議申立人の主張はいずれも認められず、そのまま権利維持された。

理研ビタミン株式会社の特許第6490341号『酸性調味料』を取り上げる。

特許第6490341号の特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6490341/3E753F5B17C8DA7DF343EE1341396F2A3F82C8F03E485BB2AAC5C3F14E35079C/15/ja)。

【請求項1】

酸性を示す原材料として醸造酢とレモン果汁を含有する酸性調味料であって、該酸性調味料の水相部が、下記(a)~(d)の条件を満たすことを特徴とする酸性調味料(但し、ウスターソース類を除く)。

(a)pHが3.5~4.5

(b)グルタミン酸含量が0.5質量%以下

(c)核酸含量が0.1質量%以上

(d)酸性調味料の水相部100gを1N水酸化ナトリム水溶液でpH7まで中和する際に要する中和滴定量が15mL以下

【請求項2】 省略

本特許明細書によれば、“酸性調味料”は、“酸性を示す原材料を含有する液状または半固体状の流動性を有する調味料で”、“ドレッシング類”や“ポン酢、おろしだれ、甘酢ソースなどのたれ・ソース類”が例示されている。

グルタミン酸”と“核酸”は、うま味成分として知られている。

中和滴定量”は、たとえば、“酸性調味料の水相部100g(約20℃)をマグネチックスターラーなどの撹拌機を用いて撹拌およびpH測定器でpHを測定しながら、1N水酸化ナトリウム水溶液を酸性調味料に滴下し、pH7.0になるまでに要した1N水酸化ナトリウム水溶液の容量を測定する方法”によって測定された水相部の酸の濃度を表している。

発明の効果について、 以下のような説明がなされている。

従来の酸性調味料は、“酸性調味料に適したスッキリとした酸味、または静菌効果などを目的としてpHを低く保つものが市場に多く流通している。しかしこれらの酸性調味料は、特有の酸味を有しているために酸味を苦手としている消費者からは敬遠される傾向にあった。”

本発明を用いれば、“酸性調味料中のグルタミン酸含量、核酸含量、中和する際に要する中和滴定量を調整することにより酸性調味料の酸味を抑制”でき、その結果、“pHが低いにもかかわらず酸味が抑制され、味の厚みやコクを保持した酸性調味料を提供”できると記載されている。

公開公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2015-171328 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2015-171328/3E753F5B17C8DA7DF343EE1341396F2A3F82C8F03E485BB2AAC5C3F14E35079C/11/ja)。

【請求項1】

酸性調味料の水相部が、下記(a)~(d)の条件を満たすことを特徴とする酸性調味料。

(a)pHが3.5~4.5

(b)グルタミン酸含量が0.5質量%以下

(c)核酸含量が0.1質量%以上

(d)酸性調味料の水相部100gを1N水酸化ナトリム水溶液でpH7まで中和する際に要する中和滴定量が15mL以下

【請求項2】 省略

酸性調味料が、原材料として”醸造酢とレモン果汁”を使用する酸性調味料に限定され、“ウスターソース類を除く“ことによって、特許査定を受けている。

特許公報発行日(2019年3月27日)の半年後(2019年9月26日)に、一個人名で異議申立てされた(異議2019-700764)。

審理の結論は、以下の通りであった。

“特許第6490341号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。“

異議申立人は、以下の主張を行って、本特許の取消を求めた。しかし、いずれの主張も認められなかった。

新規性欠如(本件発明1は、甲第1号証に記載された発明である)、

進歩性欠如(本件発明1〜2は、甲第1〜5号証に記載された発明及び周知・慣⽤技術⼜は甲第6〜14号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである)

実施可能要件違反、サポート要件違反、及び明確性要件違反(本件発明1〜2)

甲第1号証︓「Amazon|味の素 ドレッシング サウザンドアイランド マイルド 1L|味の素|ドレッシング 通販」の⾴(URL︓ https://www.amazon.co.jp/味の素-ドレッシング-サウザンドアイランド-マイルド-1L/dp/B004WHT35A

甲第2号証以下は省略

以下、本件発明1(本特許発明請求項1)について、審理結果を説明する。

新規性についての審判官の判断

甲第1号証の証拠能力について

“甲1には、味の素ドレッシングサウザンドアイランドマイルド1Lについての記載があるところ(摘⽰1a〜1d)、当該商品は、2011年6⽉7⽇に販売されたということはできるが、甲1は当該年⽉⽇に頒布された刊⾏物であるとはいえない。

”(注)特許第6490341号の出願日は、平成26年(2014年)3⽉11⽇であり、一方、甲1号証には、Amazon.co.jp での取り扱い開始日が、2011年6⽉7⽇と記載されている。”

“甲1の証拠だけでは、甲1に記載された内容が、当該年⽉⽇に電気通信回線を通じて公衆に利⽤可能となったとはいえないが、仮に当該年⽉⽇に電気 通信回線を通じて公衆に利⽤可能となったものとして、以下検討する(なお、当該商品は、2011年6⽉7⽇に販売されたということはできるから、当該年 ⽉⽇に公然実施をされた発明であるとはいえる。)。”

新規性についての審判官の判断

本件発明1(請求項1に記載の発明)”と甲1発明との一致点、相違点は以下であると審判官は判断した。

(一致点)

“酸性を⽰す原材料として醸造酢とレモン果汁を含有する調味料であって、該調味料の⽔相部が核酸を含有することを特徴とする調味料(但し、ウスターソー ス類を除く)。

(相違点)

本件発明1には「酸性調味料」であり、

“「酸性調味料の⽔相部が、下記(a)〜(d)の条件を満たす」、

「(a)pHが3.5〜4.5(b)グルタミン 酸含量が0.5質量%以下(c)核酸含量が0.1質量%以上(d)酸性調味料の⽔相部100gを1N⽔酸化ナトリム⽔溶液でpH7まで中和する際に要す る中和滴定量が15mL以下」と特定しているのに対し、

甲1発明は、かかる特定がされていない“((a)〜(d)についての記載はない)点

相違点についての審判官の判断は、以下のようであった。

“甲1に記載のサウザンドアイランドドレッシングのような液状ドレ ッシングの⽔相部は、⼀般に本件発明1で(a)〜(d)として特定される要件を満たすものであるという技術常識はない

また、ドレッシングのpH、核酸系呈味物質の液体調味料への標準添加量が液体調味料、ドレッシングの酸度や酢酸濃度等がそれぞれ公知であったとしても、甲1発明のドレッシングの⽔相部が必ず本件発明1で(a)〜(d)として特定される要件を満たすものであるとまではいえない

また、市販のドレッシング158商品についてpH、酸度等のデータが記載された公知文献があるが、甲1発明の具体的データが示されている 訳でもないから、甲1発明のドレッシングの⽔相部が本件発明1で(a)〜(d)として特定される要件を満たすものであるとはいえない

したがって、相違点1は実質的な相違点である。 よって、本件発明1は甲1により公衆に利⽤可能になった発明であるとはいえない。“

進歩性についての審判官の判断

なお、以下、本件発明1について甲1発明を主引用発明とする場合を説明するが、甲2発明~甲5発明を主引用発明とする場合の説明は省略する。

審判官は、甲1発明について 本件発明1と甲1発明との⼀致点・相違点は、上記した進歩性検討における相違点1と同じであると認めた。

そして、相違点について、以下のように判断した

“相違する事項が公知であるといえ、甲1発明のドレッシングについて、甲1には、⽔相部のpH、グルタミン酸含量、核酸含量、酸性調味料の⽔相部100gを1N⽔ 酸化ナトリム⽔溶液でpH7まで中和する際に要する中和滴定量に何ら着⽬するところはないから、これらの全てを本件発明1で(a)〜(d)として特定されるものとする動機付けは存在しない

そして、本件発明1は(a)〜(d)の要件を満たすことによって、pHが低いにもかかわらず、酸味が抑制され、味の厚みやコクを保持するという顕著な 効果を奏するものと認められる

したがって、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の技術的事項を採⽤することは当業者が容易になし得たものとはいえない。

よって、本件発明1は甲1発明、周知・慣⽤技術、及び甲6〜12に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。“

実施可能要件について

特許異議申⽴⼈の主張

発明の課題と中和滴定量が所定の範囲内であるという発明特定事項との関係を理解することができず、発明の課題の解決⼿段を理解でき ないことから、本件発明は技術上の意義が不明である”

審判官の判断

“明細書の全ての記載事項及び技術常識からみて、発明の詳細な説明には、中和滴定する⽅法及びpHを調整する⽅法についての⼀般的な記載があり、実施例の記載から、発明の課題と中和滴定量が所定の範囲内であるという発明特定事項との関係を理解することができる。”

サポート要件について

特許異議申⽴⼈の主張

a)核酸という⽂⾔には、イノシン酸とグアニル酸以外のリボヌクレオチドも包含されるが、イノシン酸とグアニル酸以外の核酸を0.1重量%以上含有 している場合に、本件発明の課題が解決可能であるか、認識できる実施例ないし記載はない

b)本件明細書には、「⾼核酸酵⺟エキスによる酸味マスキング効果」が記載され、本件発明は⾼ 核酸酵⺟エキスを使⽤することを包含していることが、本件発明は課題が解決できると認識できない部分を包含している

c)酸味の評価系について、本件明細書に記載された実施例において、酸味の評価基準は極めて主観的な評価基準が⽤いられているなど官能評価が体系的に⾏われていなかったと考えられ、第三者が客観的かつ具体的に理解することができないことから、本件発明により課題が解決できることを当業者が認識 できるように記載されていない

審判官の判断

a)⾷品分野において5′-イノシン酸、5′-グァニル酸などが核酸系調味料に含まれる旨味成分であることは技術常識であると認められ、上記のような認定はこのような技術常識に沿うものである。

b)⾼核酸酵⺟エキスについて 特許異議申⽴⼈は、本件発明が⾼核酸酵⺟エキスを使⽤することも包含すると主張しているが、このように主張する根拠は明らかでなく、特許異議申⽴⼈の主張は、採⽤できない。

c)味の評価については、当該技術分野において、官能評価は訓練された評価者によって⾏うこと が技術常識であり、発明の詳細な説明に記載された実施例品と⽐較例品との評価の⽐較によって、両者間の酸味についての有意な差を確認することができる。してみると、酸味の評価について、第三者が客観的かつ具体的に理解することができないとはいえない。

明確性要件について

特許異議申⽴⼈の主張

“本件発明において、滴定量に関して特定される「⽔酸化ナトリム⽔溶液」という⽂⾔は⼀般的でなく、当該⽂⾔の意味する内容を明確に 把握することはできないことから、本件発明は明確でない”

審判官の判断

”本特許明細書の他の部分の記載及び出願時の技術常識からみて、上記「⽔酸化ナトリム⽔溶液」が「⽔酸化ナトリウム⽔溶液」の誤記であることは明らかである

”したがって、請求項1及び2における「⽔酸化ナトリム⽔溶液」との記載は、本件発明1及び2に係る特許を取り消すほど不明確な記載であるとはいえな い。”