【32】無効資料調査 ~パラメータ特許を潰す~ ”実験成績証明書”

パラメータ特許の無効資料調査において大切な観点は、“刊行物に記載されているに等しい事項”が記載されている文献を見つけようとする考え方である。

無効化したい特許発明の直接的な記載はなくても、実施例の記載を追試した実験によって、実質的に記載されていると主張できる場合には、実験結果を実験成績証明書として提出することによって、無効化できる可能性がある。

前回述べたように、パラメータ特許の無効資料調査に際しては、数値が明示された文献や新規な効果が記載されている文献を発見できる可能性は低いことを、最初から考慮しておく必要がある。

新規性や進歩性の審査の進め方に関する特許庁の審査基準を改めて引用する。

“「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。

審査官は、これらの事項から把握される発明を、刊行物に記載された発明として認定する。刊行物に記載されているに等しい事項とは、刊行物に記載されている事項から本願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項をいう。“(第 III 部 第 2 章 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0203.pdf)。

先行文献に数値が記載されていない場合の対応策は、まずは、“刊行物に記載されているに等しい事項”が記載されていないかを念頭に入れてヒットした先行文献を精査することである。

前回は、技術常識・周知技術や公知文献に記載された事項を参酌して計算した値に基づいて、“推論”によって、“刊行物に記載されているに等しい事項”が記載されている“合理的な疑い”があると主張する方法を紹介した。

もう一つの“合理的な疑い”を主張する方法は、“実験成績証明書”に基づいて主張する方法である。

具体的には、先行技術文献の実施例の追試を行い、その結果を書面にして提出することである。

たとえば、“実験成績証明書による情報提供“というタイトルの論文には、

“特殊パラメータによる数値限定発明(パラメータ発明)の場合には、先行文献にそのパラメータに関する記載自体がないことも多々あります。

その場合には、先行文献の実施例を追試してそのパラメータに関する測定を行い、測定値がその数値限定発明の数値範囲内に含まれることを証明する実験成績証明書を提出する方法が有効です“と書かれている(https://soei.com/wordpress/wp-content/soeidocs/voice/58kagaku.pdf)。

ところで、実験成績証明書は提出すれば、その主張は採用されるのだろうか?

採否は、実験成績証明書の内容が信頼できるものであると認定してもらえるかによる。

無効化における実験成績証明書に対する考え方は、基本的に、審査段階での実験成績証明書に対する考え方と同じである。

審査基準の中には、“実験成績証明書に基づく拒絶理由通知”として、実験成績証明書に関する説明があるhttps://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/index/03.pdf)。

“3. 情報提供によって提出された実験成績証明書等に基づく拒絶理由通知

作用、機能等により物を特定する記載として数値範囲又は数式(不等式を含む)等を用いた請求項に係る発明が、出願前に頒布された刊行物等に記載された発明であることを説明するには、一般に、実験によりこれを証明することが必要になる場合が多い。

情報提供制度においては、上記必要性に鑑み、請求項に係る発明が出願前に頒布された刊行物等に記載された発明であることを説明するための「書類」として、実験成績証明書等を提出することができるとしている。

この際には、証明すべき事項、実験内容、及び実験結果が明確に確認できる程度に必要な事項を記載した実験成績証明書等を提出する。

このような情報提供によって提出された実験成績証明書等を拒絶理由通知中に引用する場合には、当該通知中に利用する実験成績証明書等の提出日及び実験者の名前等を記載し、引用する証拠を特定する。“

実験成績証明書の信頼性は、実験成績証明書に書かれた実験自体の適切性と、信頼できる実験者によって行われた実験であることの2点に依存する。

実験成績証明書の信頼性を高めるための方法としては、具体的には以下のような方法が考えられる。

(a) 先行文献の実施例に記載されている製造条件等を厳密に再現する。(b) 実験者・作成者・作成日の氏名を明記する。

(“数値限定発明における実験報告書の攻防”

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/200305/jpaapatent200305_030-036.pdf

“特許異議の申立てQ&A”

https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/shinpan/document/index/tokkyo_igi_moushitate.pdf

“他人の特許権が邪魔?特許異議申立のメリット・デメリットを教えます!”

https://getpatent.biz/post-2467/)。

(a)について

実験は、先行文献の実施例に記載されている製造条件等に忠実に従う必要がある。

恣意的な条件設定で行われた追試試験と受け取れないような実験条件を設定しても採用されない可能性が高い。

しかし、製造条件等が詳しく書かれていない場合もあり、条件がきちんと記載された先行技術文献が見つけられるかどうかがポイントになる。

(b)について

実験成績報告書の作成日・作成者の記載がないと記載不備と解される。

異審査過程の情報提供や異議申立では、無記名やダミーの申立人の名義で実験成績証明書を提出できるが、採用されない可能性がある。

公益法人等の信頼性のある機関に実験成績証明書の作成を依頼する方法も考えられるが、特許上の争い事に係る追試実験を引き受けてくれる機関を見つけることは困難な場合があると思われる。

また、特許権者が実験成績証明書で反論してくることも予想されるし、提出した実験成績証明書の内容を除くような訂正を行ってくる可能性も考えられる。

実験成績証明書で無効にできる範囲は意外と小さい場合もあり得るので、特許を完全に無効にするという観点だけでなく、実験成績証明書によって無効化できる範囲で、特許侵害を回避できるかどうかという観点も必要である

(【19】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(1)臨界的意義と別異の効果

https://patent.mfworks.info/2019/03/18/post-1527/

【20】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(2)有効数字と誤差

https://patent.mfworks.info/2019/03/30/post-2079/)。

繰り返しになるが、数値限定特許においては、まずは、無効化したいと考えている特許の技術的範囲を画定することが重要である。

(【11】無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その1

https://patent.mfworks.info/2018/11/26/post-1277/ など)

無効資料調査に着手する前に、特許権者が権利行使可能な技術的範囲はどこまでかを見極め、特許侵害のリスクがどの程度あるか評価し、評価結果に基づいて、無効化が必須な技術的な範囲を明確にして、調査範囲を定めるべきである。

(際物(キワモノ)発明に関する特許権の行使に対する規律のあり方

― 創作物アプローチ vs. パブリック・ドメイン・アプローチ ― Vol. 72 No. 12(別冊 No.22)  パテント 2019 https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/3399)。

実験成績証明書の事例としては、“特許を巡る争い<7>サッポロホールディングス・豆乳発酵飲料特許”(https://patent.mfworks.info/2019/04/15/post-2295/)がある。

“平成30年7月6日付け「実験成績証明書」(甲55)によれば,現在販売されている4つの豆乳発酵飲料(甲51~54)につき,本件明細書記載の方法で粘度(mPa・s)を測定した”分析結果が採用されている。