九鬼産業株式会社の特許第6279792号は、長期間にわたって固形分と油分が分離しにくい「ねり胡麻の製造方法」に関する。一特許業務法人から異議申立されたが、製造フローの中の焙煎工程の加熱温度域を狭める訂正を行い、進歩性有と認められ、権利維持された。
九鬼産業株式会社の特許第6279792号「ねり胡麻の製造方法」を取り上げる。
九鬼産業は、ごま製品の製造と販売を行っており、製品には、ごま油、いりごま、すりごま、ねりごまなどがある(http://www.kuki-info.co.jp/)。
特許第6279792号の特許請求の範囲は、以下の通りである
【請求項1】
胡麻を粉砕してペースト状にしてなるねり胡麻の製造方法であって、
原料となる胡麻に対する、水洗および脱水工程と、
焙煎工程と、
粉砕およびねり工程とを備えてなり、
前記焙煎工程は、加熱温度が異なる1次工程と2次工程の2段階の工程からなり、
前記1次工程の条件は、加熱温度が120℃未満で、
かつ、該1次工程後における胡麻処理物の全重量に対する水分量が4重量%未満であり、
前記2次工程の条件は、加熱温度が前記1次工程の加熱温度よりも高く、
かつ、200℃未満であることを特徴とするねり胡麻の製造方法。
【請求項2】
前記水洗および脱水工程の前、または、前記水洗および脱水工程の後に、
原料となる胡麻に対する脱皮工程を有し、
該脱皮工程は、摩擦力で胡麻の皮を剥く工程であることを特徴とする
請求項1記載のねり胡麻の製造方法。
本特許は、「難分離性のねり胡麻」の製造方法に関する。
本特許明細書によれば、「ねり胡麻は、胡麻種子を水洗、焙煎処理した後に、磨砕機により擂り潰し、練り上げてペースト状としたもの(胡麻ペースト)」である。
ねり胡麻は、「胡麻豆腐、ドレッシング、たれ類などの食品に配合して広く使用されている」と書かれている。
ねり胡麻は、「長期間にわたり放置すると固形分と油分とが分離してしまう」が、本発明のねり胡麻は、「添加剤などを別途添加することなしに、所定期間静置後においても固形分と油分とが分離しにくい難分離性であ」ると書かれている。
本特許の公開時の特許請求の範囲は、以下の通りで、特許公報の請求項1および2と同じである(特開2018-117607、
【請求項1】
胡麻を粉砕してペースト状にしてなるねり胡麻の製造方法であって、
原料となる胡麻に対する、水洗および脱水工程と、
焙煎工程と、
粉砕およびねり工程とを備えてなり、
前記焙煎工程は、加熱温度が異なる1次工程と2次工程の2段階の工程からなり、
前記1次工程の条件は、加熱温度が120℃未満で、
かつ、該1次工程後における胡麻処理物の全重量に対する水分量が4重量%未満であり、
前記2次工程の条件は、加熱温度が前記1次工程の加熱温度よりも高く、
かつ、200℃未満であることを特徴とするねり胡麻の製造方法。
【請求項2】
前記水洗および脱水工程の前、または、前記水洗および脱水工程の後に、
原料となる胡麻に対する脱皮工程を有し、
該脱皮工程は、摩擦力で胡麻の皮を剥く工程であることを特徴とする
請求項1記載のねり胡麻の製造方法。
(【請求項3】以下、省略)。
本特許は、早期審査請求され、拒絶理由通知がなされたが、拒絶理由の対象となっていない出願時の請求項1、2はそのまま残し、請求項3以降を削除する補正を行って、特許査定された。
特許公報発行日(2018年2月14日)の半年後(2018年8月13日)に一特許業務法人から異議申立てがあった(異議2018-700671、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-108431/5919E50DCAB4F1A6EE0C574F7E6E8EA2102DF48612BCE199C0A2788582BBA0E0/10/ja)。
結論は、以下の通りであった。
「特許第6279792号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-2〕について訂正することを認める。
特許第6279792号の請求項1及び2に係る特許を維持する。」
九鬼産業は審理の過程で以下のように特許請求の範囲を訂正した。
【請求項1】
胡麻を粉砕してペースト状にしてなるねり胡麻の製造方法であって、
原料となる胡麻に対する、水洗および脱水工程と、
焙煎工程と、
粉砕およびねり工程とを備えてなり、
前記焙煎工程は、加熱温度が異なる1次工程と2次工程の2段階の工程からなり、
前記1次工程の条件は、加熱温度が90℃以上120℃未満で、
かつ、該1次工程後における胡麻処理物の全重量に対する水分量が4重量%未満であ り、
前記2次工程の条件は、加熱温度が前記1次工程の加熱温度よりも高く、
かつ、200℃未満であることを特徴とするねり胡麻の製造方法。
【請求項2】
前記水洗および脱水工程の前、または、前記水洗および脱水工程の後に、
原料となる胡麻に対する脱皮工程を有し、
該脱皮工程は、摩擦力で胡麻の皮を剥く工程であることを特徴とする
請求項1記載のねり胡麻の製造方法。
請求項1に「前記1次工程の条件は、加熱温度が120℃未満で」と記載されているのを、「前記1次工程の条件は、加熱温度が90℃以上120未満で」に訂正している。
審理では、進歩性について争われた。
以下、請求項1について説明する。
請求項1に係る発明と特公昭44-790号公報に記載された発明(甲1発明)とは、以下の点で一致する。
【一致点】
胡麻を粉砕してペースト状にしてなるねり胡麻の製造方法であって、
原料となる胡麻に対する、水洗工程と、
焙煎工程と、
粉砕およびねり工程とを備えてなり、
前記焙煎工程は、1次工程と2次工程の2段階の工程からなり、
前記2次工程の条件は、加熱温度が200℃未満である
ねり胡麻の製造方法。
しかし、以下の相違点2など、3点で相違している。
【相違点2】
請求項1の1次工程の条件は、加熱温度が90℃以上120℃未満で、
かつ、該1次工程後における胡麻処理物の全重量に対する水分量が4重量%未満。
一方、甲1発明は、乾燥温度及び乾燥後の白胡麻の水分量の具体的な値は不明。
上記相違点について、むきごまの水分量が4.1重量%であるので、甲1発明においても、1次工程(乾燥)後の胡麻処理物の水分量は4重量%未満である可能性はある。
しかし、甲1発明では、乾燥は、風味の点から低温加熱を意図しており、乾燥温度を90℃以上120℃未満とすることは想定していない。
一方、本特許発明の目的は、「所定期間静置後においても固形分と油分とが分離しにくい難分離性であ」り、焙煎工程を「2段階の焙煎工程とすることで、難分離性を実現している」と解せられる。
そして、「そのための具体的な加熱温度として、1次工程の加熱温度には90℃以上120℃未満の範囲の加熱温度を採用している」。
こうしたことから、審判官は、「甲1発明は、ねり胡麻の難分離性を目的としたものではなく、乾燥温度についても、上記のとおり風味の観点から低温乾燥が良好であるとするものであるから、甲1発明において乾燥温度を90℃以上とすることは当業者が容易に想到することができたとはいえない。」と判断した。
また、特公昭58-53911号公報に記載された発明(甲5発明)を主引用発明とする場合についても、甲5発明には、焙煎工程を2段階の工程とする点の記載はないことから、「本件発明1を甲5発明及び甲1ないし甲5の記載事項並びに周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたということはできない。」と判断した。
その結果、本特許発明は進歩性を欠如しているとは言えず、特許を取り消すことはできないと結論された。