特許を巡る争い<115>サントリー・乳入り飲料特許

サントリーホールディングス株式会社の特許第7417505号は、γ-アミノ酪酸を含有させて、加熱殺菌後の濃厚感を増強した乳成分含有飲料に関する。進歩性欠如・サポート要件違反の理由で異議申立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

サントリーホールディングス株式会社の特許第7417505号” 乳入りの加熱殺菌済飲料”を取り上げる。

特許第7417505号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7417505/15/ja)。

【請求項1】

乳成分及び甘味成分を含み、以下成分(A)~(C);

(A)たんぱく質含量  0.5~8.0g/100g、

(B)糖類含量  5.0g/100g以下、及び

(C)γ-アミノ酪酸含量  25~70mg/100g、

を満たす、加熱殺菌済飲料。

【請求項2】~【請求項3】 省略

本特許明細書には、本特許発明の“乳入り飲料”について、“乳成分及び甘味成分を含む”飲料であり、“「乳成分」とは、飲料に乳風味や乳感を付与するために添加される牛乳由来の成分を指”し、“中でも、牛乳を含む飲料は本発明の好ましい態様の一つである”と記載されている。

また、“乳入り飲料”は、“加熱殺菌工程では、乳の濃厚感が低減することが知られて”いるが、“本発明は、糖類が低減された加熱殺菌済みの乳入り飲料において、濃厚感が十分に付与された乳入り飲料を提供することを目的とする”と記載されている。

そして、“本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、特定量のγ-アミノ酪酸を含有させることにより、加熱殺菌済み乳入り飲料の濃厚感を増強でき、その目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至った”と記載されている。

本特許発明に係る“乳入り飲料における乳成分の含有量は、たんぱく質(本明細書中、成分(A)とも表記する)を指標として0.5g/100g以上であり”、“また、たんぱく質の上限は、8.0g/100g程度である。乳成分の含有量が少ないと通常は加熱殺菌により乳風味が失われる結果、濃厚感が感じられにくくなるが、本発明はそのような乳入り飲料に対しても濃厚感を増強できるという効果がある”と記載されている。

本特許の公開公報に記載されて特許請求の範囲は、以下である(特開2022―69277、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-069277/11/ja)。

【請求項1】

乳成分及び甘味成分を含み、以下成分(A)~(C);

(A)たんぱく質含量  0.5~8.0g/100g、

(B)糖類含量  5.0g/100g以下、及び

(C)γ-アミノ酪酸含量  11~70mg/100g、

を満たす、加熱殺菌済飲料。

【請求項2】~【請求項3】 省略

請求項1については、γ-アミノ酪酸含量 を25~70mg/100gに減縮することにより、特許査定を受けている。

特許公報発行日(2024年1月18日)の半年後(2024年7月17日)、一個人名で異議申立てがなされた(異議2024-700667、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2020-178370/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“ 特許第7417505号の請求項1~3に係る特許を維持する。”

異議申立書に記載された異議申立理由は、以下の3点であった。

1  申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性)

本件特許の請求項1~3に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証:Wayback Machine、2020年7月25日、サントリーホールディングス株式会社ウェブサイト、商品情報(カロリー・原材料,栄養成分一覧)、<https://products.suntory.co.jp/softdrink/ingredient.html>

2  申立理由2(甲第2号証に基づく進歩性)

本件特許の請求項1~3に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基いて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第2号証:機能性食品表示ドットコム、コーヒーGABA(ギャバ)配合微糖(C163)、2017年7月19日[online]、<https://yakujihou-marketing.net/database/cl63/>

3  申立理由3(サポート要件)

本件特許の請求項1、2に係る特許は、以下のとおり、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである“。

具体的には、“本件特許発明1には加熱殺菌済飲料に含まれる脂肪含量について特定されていないものの、脂肪含量が飲料のコク味ないし濃厚感に影響を及ぼすことは技術常識であり”脂肪含量がごく微量の場合を含む本件特許発明1は、本件発明の課題を解決できると認識できるものではない”。

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

“1  申立理由1(甲1に基づく進歩性)について”の審理

・審判官は、甲第1号証(甲1)には、以下の発明(甲1発明)が記載されていると認めた。

<甲1発明>

「牛乳、コーヒー、砂糖、乳製品、デキストリン/カゼインNa、乳化剤、香料、甘味料(アセスルファムK)を含み、たんぱく質含量0~1.4g/100g、糖類2.7g/100gを含有する缶コーヒー飲料。」“

そして、本件特許発明1と甲1発明とを対比して、以下の一致点及び相違点があると認めた。

“<一致点>「乳成分及び甘味成分を含み、(B)糖類含量  5.0g/100g以下を満たす、加熱殺菌済飲料。」”

<相違点1-1> 省略

“<相違点1-2> 本件特許発明1は「(C)γ-アミノ酪酸含量  25~70mg/100g」であるのに対して、甲1発明には、そのような特定がない点。”

相違点1-2について、審判官は、

甲1及び他の全ての証拠の記載を見ても、甲1発明において、さらにγ-アミノ酪酸を含有させて、その際の含量を25~70mg/100gとする動機付けがあるとはいえない”と判断し、

“甲1発明において、相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない“と結論した。

異議申立人の、“甲1発明の缶コーヒー飲料に対して、コク味付与の向上を目的として、甲3に記載されているように、GABAを25mg/100g程度の含有量で配合することは容易である旨“の主張については、本発明を用いることによって奏される顕著な効果は、”甲1及び他の証拠にも何ら記載されていない“し、

特に、甲3の実施例におけるGABAの効果は、”乳成分を含まない蒸留水に対してコク味付与活性を調べるために添加されたものに過ぎず、他のペプチドと比べてコク味付与活性は小さいことが確認されているから“、

当業者が当該実施例を見ても、”甲1発明にGABAを添加してみようとする動機付けになるとは認められず、また、既に市販されている製品である甲1発明の成分を変更する理由もない。

したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない“と判断した。

“2  申立理由2(甲2に基づく進歩性)について”の審理

・審判官は、甲第2号証(甲2)には、以下の発明(甲2発明)が記載されていると認めた。

<甲2発明>

「牛乳、コーヒー、砂糖、脱脂粉乳、ギャバ/乳化剤(大豆由来)、カゼインNa(乳由来)、甘味料(アセスルファムK)を含み、一日摂取目安量1缶(185g)当たり  たんぱく質1.5g、糖質6.1g(糖類4.98g)、γ-アミノ酪酸(GABA)28mgを含有するコーヒーGABA(ギャバ)配合。」“

そして、本件特許発明1と甲2発明とを対比して、以下の一致点及び相違点があると認めた。

“<一致点>「乳成分及び甘味成分を含み、(A)たんぱく質含量0.5~8.0g/100g、(B)糖類含量5.0g/100g以下、及びを満たす、加熱殺菌済飲料。」“

“<相違点2-1>本件特許発明1は「(C)γ-アミノ酪酸含量  25~70mg/100g」であるのに対して、甲2発明のγ-アミノ酪酸含量は15mg/100gである点。”

相違点2-1について、審判官は、

“甲2発明は、γ-アミノ酪酸(GABA)を約15mg/100g含有するものであるが、甲2及び他の全ての証拠の記載を見ても、甲2発明におけるγ-アミノ酪酸含量を、その約1.7倍を下限とする25~70mg/100gに変更する動機付けがあるとはいえない。

よって、甲2発明において、相違点2-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない“と判断し、

“本件特許発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。

異議申立人の、“甲2発明の缶コーヒー飲料に対して、コク味付与の向上を目的として、甲3に記載されているように、GABAを25mg/100g程度の含有量で配合することは容易である旨”の主張については、申立理由1の場合と同様な理由で採用できないと判断した。

“3  申立理由3(サポート要件)について”の審理

審判官は、本特許明細書には、本特許発明の課題は、“「糖類が低減された加熱殺菌済みの乳入り飲料において、濃厚感が十分に付与された乳入り飲料を提供すること」”であり、“通常の加熱殺菌済飲料は濃厚感が低減するような加熱殺菌工程を経て製造され”るが、

“乳成分の含有量が少ない方が本発明の効果を享受しやすいことから、乳入り飲料中のたんぱく質は5.0g/100g以下とすることが記載され”、

“甘味料及び飲料中の糖類含量について、本発明では糖類含量を5.0g/100g以下に低減しながらも特定量のγ-アミノ酪酸を用いることにより、糖類含量が高い飲料と同程度もしくはそれ以上の濃厚感を備えた飲料を提供することができることが記載され”ている。

また、“実施例として、たんぱく質、糖類、γ-アミノ酪酸の量を変えて検討を行い、効果を確認したことが記載されている”。

・そして、“これらの記載に接した当業者であれば、乳成分及び甘味成分を含み、たんぱく質0.5~8.0g/100g、糖類5.0g/100g以下、γ-アミノ酪酸25~70mg/100gを含むとの特定事項を満たすものであれば、発明の課題を解決できると認識できる”と結論した。

異議申立人の、“脂肪含量がごく微量の場合を含む本件特許発明1は、本件発明の課題を解決できると認識できるものではない旨”の主張については、

“本件特許の明細書全体の記載、特に実施例の記載を参酌すれば、加熱殺菌済み乳入り飲料に対して、特定量のγ-アミノ酪酸が含まれていれば、糖類が低減された加熱殺菌済みの乳入り飲料においても濃厚感が十分に付与された乳入り飲料を得ることができる、

すなわち、発明の課題を解決できると認識できるものであるといえるから、上記の特許異議申立人の主張は採用できない”と判断した。