特許を巡る争い<37>キッコーマン・煮付け用調味液特許

キッコーマン株式会社の特許第6568717号は、食材の生臭みを軽減し、香味を向上させる煮付け用調味液に関する。ヤマサ醤油が異議申立したが、含有香気成分の一つの由来を醤油に限定することによって権利維持された。

キッコーマン株式会社の特許第6568717号 “煮付け用調味液“を取り上げる。

特許第6568717号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6568717/A6E1F7F9E962E8017E52E7EA4B4B012C31329B149DA08D7E84DACABFA32AAEA9/15/ja)。

【請求項1】

本醸造醤油と、糖類と、食塩とを含有し、

前記本醸造醤油の含有量が10~40%(W/W)であり、

全窒素1.0%(W/V)当り、4-ヒドロキシ-2(又は5)エチル-5(又は2)メチル-3(2H)フラノンの含有量が15.0ppm以下であり、かつ、

全窒素1.0%(W/V)当り、イソアミルアルコールの含有量が5.0ppm以上であり、

耐熱性容器に封入して加熱殺菌される魚介又は畜肉に付与されるものであることを特徴とする煮付け用調味液。

【請求項2】および【請求項3】省略

【請求項4】

本醸造醤油と、糖類と、食塩とを含有し、

前記本醸造醤油の含有量が10~40%(W/W)であり、

全窒素1.0%(W/V)当り、4-ヒドロキシ-2(又は5)エチル-5(又は2)メチル-3(2H)フラノンの含有量が15.0ppm以下であり、かつ、

全窒素1.0%(W/V)当り、イソアミルアルコールの含有量が5.0ppm以上である煮付け用調味液を、

魚介又は畜肉に添加して耐熱性容器に封入し、加熱殺菌することを特徴とする

魚介又は畜肉の煮付けにおける生臭み抑制方法。

【請求項5】および【請求項6】省略

本特許発明は、本醸造醤油を含有する煮付け用調味液に関するものであり、

全窒素は、醤油の品質を評価する代表的な成分量であり、

4-ヒドロキシ-2(又は5)エチル-5(又は2)メチル-3(2H)フラノン(以下、適宜HEMFと略す)とイソアミルアルコールはいずれも醤油の代表的な成分である。

本特許明細書には、HEMFの含有量が少ないことにより、

本醸造醤油特有の強い醤油臭が低減されているため、

本醸造醤油の有する、食材の風味に影響を与えないよい香りを付与すると共に、

醤油特有の香りが目立たないようにすることができ、それによって、煮付け料理の食材の生臭さを軽減し、食材本来の味やよい香りを引き立たせることができる

と記載されている。

また、”魚介、畜肉等の食材の有する生臭さの軽減に寄与する香りは、本醸造醤油に含まれる多種類の香り成分が関与していると考えられるが、

その中の1つであるイソアミルアルコールの含有量を指標として、上記生臭さの軽減に寄与する好ましい香り成分の含有量を推測することができる”と記載されている。

本特許発明に用いる本醸造醤油の製造方法に関して、”醤油独特の香りであるHEMF等の含有量が少なく、イソアミルアルコール等の他の好ましい香り成分の含有量が高い本醸造醤油は、例えば再公表特許WO2007/116474号公報に記載された製造方法によって得ることができる”と記載されている。

そして、本特許発明の”煮付け用調味液”を用いれば、”本醸造醤油の有する、食材の風味に影響を与えないよい香りを付与すると共に、醤油特有の香りが目立たないようにすることができ、それによって、煮付け料理の食材の生臭さを軽減し、食材本来の味やよい香りを引き立たせることができる”と記載されている。

公開公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2016-214145、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-214145/A6E1F7F9E962E8017E52E7EA4B4B012C31329B149DA08D7E84DACABFA32AAEA9/11/ja)。

【請求項1】

本醸造醤油と、糖類と、食塩とを含有し、

前記本醸造醤油の含有量が10~40%(W/W)であり、

全窒素1.0%(W/V)当り、4-ヒドロキシ-2(又は5)エチル-5(又は2)メチル-3(2H)フラノンの含有量が15.0ppm以下

であることを特徴とする煮付け用調味液。

【請求項2】~【請求項5】省略

請求項1については、全窒素1.0%(W/V)当り、イソアミルアルコールの含有量の要件の追加、および煮付け用調味液が“耐熱性容器に封入して加熱殺菌される魚介又は畜肉に付与されるものであること”の限定をして、特許査定となった

特許公報の発行日(2019年8月28日) の半年後(2020年2月27日) に、ヤマサ醤油株式会社によって、請求項1と請求項4に対して異議申し立てされた

(異議2020-700113、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2015-102500/A6E1F7F9E962E8017E52E7EA4B4B012C31329B149DA08D7E84DACABFA32AAEA9/10/ja

異議申立理由は、新規性欠如、進歩性切除およびサポート要件であった。

審理の結論は、以下の通りであった(特許決定公報第1368088号)。

特許第6568717号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〕、〔4〕について訂正することを認める。

特許第6568717号の請求項1、4に係る特許を維持する。

ヤマサ醤油の異議申立てに対して、審判官は2020年5月1日付けで取消理由通知書を発送した。

これに対して、キッコーマンは、 6月29日に意見書および訂正請求書を提出した。

訂正は認められ、請求項1および請求項4は、以下のように、イソアミルアルコールの含有量の由来を本醸造醤油に限定するものとなった。

【請求項1】

本醸造醤油と、糖類と、食塩とを含有し、

前記本醸造醤油の含有量が10~40%(W/W)であり、

全窒素1.0%(W/V)当り、4-ヒドロキシ-2(又は5)エチル-5(又は2)メチル-3(2H)フラノンの含有量が15.0ppm以下であり、かつ全窒素1.0%(W/V)当り、前記本醸造醤油由来のイソアミルアルコールの含有量が5.0ppm以上であり、

耐熱性容器に封入して加熱殺菌される魚介又は畜肉に付与されるものであることを特徴とする煮付け用調味液。

【請求項4】

本醸造醤油と、糖類と、食塩とを含有し、

前記本醸造醤油の含有量が10~40%(W/W)であり、

全窒素1.0%(W/V)当り、4-ヒドロキシ-2(又は5)エチル-5(又は2)メチル-3(2H)フラノンの含有量が15.0ppm以下であり、かつ、

全窒素1.0%(W/V)当り、前記本醸造醤油由来のイソアミルアルコールの含有量が5.0ppm以上である煮付け用調味液を、

魚介又は畜肉に添加して耐熱性容器に封入し、加熱殺菌することを特徴とする魚介又は畜肉の煮付けにおける生臭み抑制方法。

訂正前の2020年5月1日付けで通知された取消理由は、以下であった。

取消理由1:新規性欠如 “請求項1、4に係る発明は、頒布された甲第1号証に記載された発明である”。

取消理由2:進歩性欠如 ”請求項1、4に係る発明は、頒布された甲第1号証に記載された発明及び甲第2~4号証に記載された事項に基いて”、当業者が容易に発明をすることができたものである。

取消理由3:サポート要件違反 “本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許の詳細な説明の記載より当業者が本件発明1、4の課題が解決できると認識できる範囲は、特定の方法により調製された本醸造醤油を使用した態様のみであるといえる。

そして、本件発明1は、本醸造醤油として様々な種類のものを使用する態様を包含するものであるから、当業者が本件発明1、4の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。

なお、上記甲第1号証は以下である。

甲第1号証:“おせちに*鴨のロースト* by chieno【クックパッド】”,2011.12.30,Retrieved from the Internet,URL,https://cookpad.com/recipe/714949

訂正後の請求項1および請求項4についての審判官の判断は、以下のようであった。

(1)取消理由1(新規性欠如)について

請求項1(本件発明1)と甲1に記載された発明とを比較すると、以下の一致点および相違点がある。

一致点:“本醸造醤油を含有し、前記本醸造醤油の含有量が10~40%(W/W)であり、耐熱性容器に封入して加熱殺菌される魚介又は畜肉に付与されるものであることを特徴とする煮付け用調味液”

相違点:(相違点1)、(相違点2)省略

(相違点3)“本件発明1は「全窒素1.0%(W/V)当り、前記本醸造醤油由来のイソアミルアルコールの含有量が5.0ppm以上である」ことが特定されているのに対し、甲1発明1にはそのような特定がない点。”

相違点3についての審判官は以下のように判断し、“本件発明1は、甲1発明1ではない”と結論した。

甲1には、薄口醤油のイソアミルアルコール含有量は記載されておらず、調味料混合液における薄口醤油由来のイソアミルアルコールの含有量も記載されていない。

そして、薄口醤油のイソアミルアルコール含有量、及び薄口醤油を所定量含有する甲1発明1におけるイソアミルアルコール含有量が全窒素1.0%(W/V)当り5.0ppm以上であることが、本件発明の出願時の技術常識であったともいえない。

したがって、上記相違点3は実質的な相違点である。

請求項4(本件発明4)についても、甲1に記載された発明と対比すると、同様な一致点と相違点があり、“上記相違点3は実質的な相違点であるから、本件発明4は、甲1発明2ではない”と結論した。

(2)取消理由2(進歩性欠如)について

本件発明と甲1に記載された発明とは、上記(1)取消理由と同様な一致点と相違点があり、以下の理由から、“本件発明1は甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない”と結論した。

“甲1には、調味料混合液における薄口醤油由来のイソアミルアルコールの含有量を、全窒素1.0%(W/V)当り5.0ppm以上とすることについて、記載も示唆もされていない。

5.0ppm以上に調整することは、取消理由通知で引用した甲2~甲4にも記載も示唆もされておらず、かつ、本件発明の出願時の技術常識であったともいえない。

そうすると、甲1発明1における薄口醤油由来のイソアミルアルコール含有量を、全窒素1.0%(W/V)当り5.0ppm以上とする動機付けがあったとはいえず、当業者が容易になし得たともいえない。“

また、本件発明1は、イソアミルアルコール含有量、HEMF含有量および食塩含有という発明特定事項を有することにより、“煮付け料理の食材の生臭さを軽減することができるという効果を、甲1発明1及び甲2~甲4の記載事項から、当業者が予測し得たともいえない。

また、請求項4(本件発明4)についても、本件発明1の場合と同様な理由で、“本件発明4は甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない”と結論した。

(3)取消理由3について

以下の理由から、“本件特許の請求項1、4に係る発明は、本件発明が、発明の詳細な説明において、本件発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであるとはいえない”と結論した。

本件訂正後の本件発明1、4は、イソアミルアルコールの含有量に関し、その由来を本醸造醤油に限定するものとなった。

“本件発明1が解決しようとする課題は、魚介、畜肉等の食材が有する特有の生臭みを軽減し、食材自体の味や香りやおいしさを高めることができるようにした煮付け用調味液を提供することにあると認められ、本件発明4が解決しようとする課題は、当該煮付け用調味液を用いて食材の生臭みを抑制する方法を提供することにあると認められる。“

生臭みの抑制に寄与しない成分について、“本件発明1又は4におけるHEMFの含有量は、上記課題の解決のために好ましい範囲に特定されているものと理解することができる。”

生臭みの抑制に寄与する成分について、“本件訂正後の本件発明1又は4における本醸造醤油由来のイソアミルアルコールの含有量は、実質的に生臭みの抑制に寄与する好ましい香り成分の含有量を、上記課題の解決のために好ましい範囲に特定したものと理解することができる。”

また、上記の両成分の含有量を調整する手段も、具体的に記載されており、“「生臭みの抑制に寄与しない成分」及び「生臭みの抑制に寄与する成分」の含有量を特定することによる作用効果は、具体的な実験データにより裏付けられている”