これまで無効資料調査の一般的な考え方も説明してきた。
しかし、既に述べてきたように、出願前の先行文献調査と審査とをくぐり抜けてきた特許をつぶすことは容易ではない。
無効審判請求され、2018年に最終処分された特許125件中、請求が成立したのは、わずか19件である。また、異議申立で最終処分された1,160件のうち、取消決定(一部取消含む)されたのは、150件である(特許行政年次報告書2019年版、https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2019/document/index/0107.pdf#page=3)。
今回からは、『第4章 無効資料が見つからない時、どうするか?』と題して、一般的な先行特許文献調査を行っても、有効な無効資料を見つけられなかった場合、どういう手が考えられるのか述べていきたい。参考になれば、幸いである。
まずは、“下位概念で潰す”、すなわち、“実施例”や“商品”(公然実施)の観点から無効資料を見つける考え方を説明する。
上位概念と下位概念の考え方は、以前に説明したので、ここでは省略する(【17】新規性欠如の考え方;上位概念と下位概念、https://patent.mfworks.info/2019/02/16/post-1285/)。
実施例の記載をもとに上位概念化して潰す考え方と、下位概念で潰す考え方の両方が考えられるが、ここでは下位概念で特許を潰す考え方を中心に述べていく。
下位概念をベースにした先行文献調査に関連して、『検索の考え方と検索報告書の作成 独立行政法人工業所有権情報・研修館』https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)には、以下のような考え方が書かれている。
『(4) 本願発明の範囲が広く、検索すべき具体例がいくつも想定できる場合(化学構造式等)、明細書に記載の実施例から検索を始める。』
『(7) シソーラスを、広い観点で検討する。』と書かれている。
具体例を見ていこう。
以前に、特許庁の審査にける検索の実例として、乳風味増強剤に関する特許を取り上げた(【5】特許庁の審査における検索の実例、https://patent.mfworks.info/2018/09/03/post-977/)。
取り上げた特許の【請求項1】は、以下のようである。
【請求項1】ガラクトオリゴ糖を有効成分とすることを特徴とする乳風味増強剤。
特許庁の調査では、「ガラクトオリゴ糖」と「乳風味」の2つを検索ワードとした検索式が立てられているが、「ガラクトオリゴ糖」の下位概念に相当するワードも検索式に含まれている。
具体的には、「ガラクトオリゴ糖」が配合された商品名「カップオリゴ」や「オリゴメイト」、および、ガラクトースを構成糖として含有するオリゴ糖「ラフィノース」、「スタキオース」、「メルビオース」、「マンニノトリオース」のワードが含まれている。
「乳風味」も、「ミルク風味」、「ミルク感」、「乳感」といった同義語・類義語や、「コク味」、「濃厚感」、「ボディー感」といった関連語が検索式に含まれている。
下位概念の最も具体的なものは、“商品”である。
実施例に商品名が具体的に記載されていれば、その商品名や類似商品名を検索ワードとして、検索する。
商品が先行技術として認められたノンアルコールビール関連特許の争いの例を紹介する。
ノンアルコールビールの特許侵害訴訟としては、サントリーホールディングスとアサヒビールとの争いがよく知られている(特許第5382754「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_5382754/AE435DB99EFA154EAC3FFFE2EC3FA551、平成27年(ワ)第1025号 特許権侵害差止請求事件、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/436/085436_hanrei.pdf)。
本特許の請求項1は、以下の通りである。
「エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノンアルコールのビールテイスト飲料であって,pHが3.0以上4.5以下であり,糖質の含量が0.5g/100ml以下である,前記飲料。」
本訴訟では、米国特許記載の発明に基づく進歩性欠如とともに、
「オールフリーに係る発明(以下「公然実施発明1」という。)に基づく進歩性欠如」と
「ダブルゼロに係る発明(以下「公然実施発明2」という。)に基づく進歩性欠如」が
争点となった。
「オールフリー」は、サントリーのノンアルコールビールの商品名である。
また、「ダブルゼロ」は、アサヒビールのビールテイスト飲料の商品名である。
もう一つ、別のノンアルコールビール特許でも、同様に商品が先行技術として認められている((47)特許を巡る争いの事例;ビール風味ノンアルコール飲料特許、https://patent.mfworks.info/2018/08/13/post-1004/)。
この特許の請求項1は、以下の通りである。
「穀類エキス及び発酵穀類エキスから成る群から選択される少なくとも一種を
不揮発分換算で1~300mg/100mL含有する非発酵ビール風味ノンアルコール飲料。」
審理では、キリンの「パーフェクトフリー」という商品が、「発酵米エキスを含有する非発酵ビール風味ノンアルコール飲料」の先行技術として認められている。
先行技術として、まず調査対象とするのは、特許公報などの頒布された刊行物に記載された発明である。
しかし、商品に関する情報は、ウェブ情報、新聞や雑誌などの記事、企業の新製品のニュースリリース、展示会資料が主である。
これらの多くは、「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」(インターネットのウェブページ等に掲載された発明)、「公然知られた発明」(講演、説明会等を介して知られたもの)と「公然実施をされた発明」に該当し、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明も先行技術として認められている。上記ノンアルコールビールの場合では、関連商品の情報が有効な無効資料となっている。
ただし、商品情報を“先行”技術として認めてもらうには、留意すべき点がある。
(1) 出願日前に知られていた、あるいは実施されていたことの証拠。
(2) 必要な事項(発明特定事項、構成要件)がすべて記載されている場合は少ない。
(1) については、『【16】「先行」技術とは? ~資料の公開日の証明~』(https://patent.mfworks.info/2019/02/04/post-1706/)で詳しく説明したが、ウェブ情報のみしか見つからなかった場合、ウェブページの公開日が記載されていない場合も少なくない。
日付の記載がない場合、例えば、“Internet Archive”などよるウェブ情報の収録日や、“AMAZON”などのインターネット販売サイトや商品カタログでの取り扱い開始日などが記載された資料を見つけ、“先行“技術であることを裏付ける証拠が必要になる。
(2) については、見つかった商品情報に必要な情報がすべて記載されているとは限らないという意味である。
審査基準には、以下のように書かれている。
“「公然実施をされた発明」は、通常、機械、装置、システム等を用いて実施されたものであることが多い。その場合は、審査官は、用いられた機械、装置、システム等がどのような動作、処理等をしたのかという事実から発明を認定する。その事実の解釈に当たって、審査官は、発明が実施された時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項も、「公然実施をされた発明」の認定の基礎とすることができる。”
上記2件のノンアルコールビール特許の争いの場合、商品ラベルに記載が義務付けられている“原材料名”や“栄養成分表示”の値や、ウェブページに記載された商品特徴をもとに、「公然実施をされた発明」として認定されている。
ただし、(43)訴訟の事例2;スキンケア用化粧料特許(https://patent.mfworks.info/2018/06/25/post-821/)では、DHC製品に対する富士フィルムが提訴した特許権侵害差止等請求訴訟と、富士フィルムの特許に対するDHCが提訴した審決取消訴訟とで、同じウェブページが証拠として検討されたが、「本件特許の出願前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということができる」かどうかで2つの訴訟で判断が分かれた。
見つけた資料に発明特定事項(構成要件)がすべて記載されていない場合には、無効化したい特許発明が”記載されているに等しい”ことを、記載内容からいかに導き出せるかが課題になる(この点については、別の項で具体的に説明する)。
なお、補足として、実施例をもとに、発明を上位概念化して検索する考え方が、『検索の考え方と検索報告書の作成』に、以下のように説明されている(https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)。
『実施例から上位概念にまるめて
<請求項記載の発明を解釈する一手法>
① 請求項記載の字句通りに発明を解釈。(用語の定義ははっきりさせた上)
② 実施例まで下りて、請求項の各構成が実施例のどの構成に相当するかを解釈。
(クレームアップされている実施例構成とクレームから削除されている実施例構成を確認する。特に複数の構成を切り離せない連携構成を重点チェック)
③ 全ての発明構成をその逆の上位概念に丸めて解釈。
④ もう一度、①~③の解釈を総合して、
・上位概念で構成を解釈してよい箇所
・字句通りに解釈する箇所
・実施例の構成で解釈する必要のある箇所
を判断し、字句通りでよい場合はそのまま、字句通りの解釈では検索対象の発明が明確でない場合には解釈を修正する。この修正した解釈を基に検索キーを検討する。』。