裁判所での訴訟件数は顕著に増加していないが、特許権の有効性・無効性を争う特許庁での特許異議申立の審理件数からは特許を巡る企業間の争いは一段と熱を帯びてきているように見える。
特許権を巡る企業間の抗争は、「下町ロケット」の題材である。
より専門的な観点から書かれたのが、“小説「男たちの特許戦争」より 製法特許と製剤特許をめぐる特許攻防25年史”(https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201211/jpaapatent201211_052-073.pdf)である。合成高分子に関する特許権についての攻防が事業視点を踏まえて書かれており、攻防の戦術の立て方が具体的に示されており、実際に特許抗争に係っている人にとっては非常に参考になる読み物である。
特許権を巡る企業間抗争は、「特許戦争」(Patent War)と呼ばれることがある。
ウィキペディア(Wikipedia)の英語版には、“Patent War”の項目があり、「特許戦争」は以下のように定義されている(https://en.wikipedia.org/wiki/Patent_war)。
特許戦争とは、攻撃的であろうと防衛的であろうと、訴訟に対して、特許を保護するための企業や個人の間の「戦い」である。(A patent war is a “battle” between corporations or individuals to secure patents for litigation, whether offensively or defensively.)
続けて、特許戦争は今に始まったことではなく、ライト兄弟の飛行機の発明やグラハム・ベルの電話の発明の時代から既に存在したと書かれている。
ところで、特許権に関する訴訟は増えているのだろうか?
東京地裁・大阪地裁での平成26~28年の特許権の侵害に関する訴訟における統計が公表されており、判決・和解の件数を合計すると294件、年100件程度と見られる。
また、東京地裁・大阪地裁の上級審である、特許権の訴訟を専門的に取り扱う「知的財産高等裁判所」(知財高裁)が公表している資料では、知財高裁での知的財産権関係の民事事件の控訴審は、このところ年間100件余りで増加していない。
こうした数字を見ると、特許訴訟は、実際のところ、増えていないように思われる。
上記の東京地裁・大阪地裁の統計には、訴訟の結果についても公表されており、判決・和解において、判決で認容(原告の請求を認めること)された場合と、和解で差止や金銭給付の条項がある場合とを合計すると、全体件数の43%を占めている。
そして、判決で認容された金額は、100万円未満が12件であるが、一方で1億円以上が6件だった(金額が認容された件数は全体で39件)。 また、和解において支払うことが約された金額でも、100万円未満が6件であるのに対して、1億円以上が10件ある(全体で71件)。
訴訟を起こされた場合、確率的には、負けることも考えておく必要があり、場合によっては、相当の金額を支払わなければならないリスクがあり、最悪の場合、売上や市場を失うこともあり得ると思われる。
上記件数からは、訴訟が増えているとは見えないが、特許権は、権利そのものが不安定さを内在している。
そのため、通常は、訴訟の前段階として、特許権の有効性が争われる。
特許権の有効性を争う制度として、特許庁での「無効審判」がある。
他社特許が事業の障害になる場合には、無効審判制度を利用して、特許庁の審査によって認められた特許権が無効であることを主張し、無効であると認めてもらえれば、「邪魔な特許」ではなくなる。
特許庁の「特許行政年次報告書2017年版」の「審判」の項の「無効審判請求件数の推移」を見ると、2016年の特許の無効審判の請求件数は特許が140件、前年が231件だったので、むしろ減少している。
この理由は、「無効審判」の前段階で特許の有効性を争う制度として、2015年に「異議申立制度」が復活したため、2016年の異議申立件数は1214件あり、争いの主戦場が「異議申立」に変わってきている。
訴訟件数からは特許抗争が激しくなったとは思われないが、異議申立の件数からは特許を巡る企業間の争いは一段と熱を帯びてきているように見える。
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(引用文献)
小説「男たちの特許戦争」より 製法特許と製剤特許をめぐる特許攻防25年史https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201211/jpaapatent201211_052-073.pdf
Patent war From Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Patent_war
特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁,平成26~28年)
http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/2017_sintoukei_H26-28.pdf
知的財産権関係民事事件の新受・既済件数及び平均審理期間(知財高裁控訴審)
http://www.ip.courts.go.jp/documents/statistics/index.html
日本における特許無効審判について
特許行政年次報告書2017年版 国内外の出願・登録状況と審査・審判の現状
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