特許を巡る争い<43>サントリーホールディングス株式会社・ミルクティー飲料特許

サントリーホールディングス株式会社の特許第6659897号は、茶飲料製造における加熱工程で生じる乳のフレッシュ感の低減を改善する方法に関する。異議申立されたが、申立人の主張(進歩性欠如、実施可能要件違反、サポート要件違反)はいずれも認められず、そのまま権利維持された。

サントリーホールディングス株式会社の特許第6659897号“ 乳成分とリナロールを含有する茶飲料”を取り上げる。

特許第6659897号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6659897/7450BE983C9F6AE3003C8E107E79CEF2D00571EDD95BB6D585AA5B0EA273A1AE/15/ja)。

【請求項1】

  乳成分を含む加熱殺菌処理済みの茶飲料であって、

(a)飲料の甘味度が1~6であり、

(b)リナロールを2500~45000ppb含有し、

(c)乳タンパク質含有量に対するリナロール含有量の比率が0.35×10-3以上であり、

(d)乳タンパク質の含有量が1.7g/100mL以下である、

上記茶飲料。

【請求項2】 ~【請求項4】 省略

本特許明細書によれば、“茶飲料とは、茶抽出物を含む飲料を意味”し、“本発明の茶飲料に含まれる茶抽出物は、乳成分との相性から、好ましくは紅茶抽出物である”と記載されている。

また、“乳成分とは、乳由来の成分で、茶飲料に乳風味や乳感を付与するために添加される成分を”いい、乳成分を含む原料としては、牛乳、練乳、脱脂乳や、植物性ミルク(豆乳、アーモンドミルク等)が例示されている

甘味度については、“本明細書における甘味度とは、飲料100g中にショ糖1g含有する飲料の甘さを「1」とした、飲料の甘味を表す指標である”と定義されている。

リナロールについては、“ローズウッド、リナロエ、芳樟などの精油に多く含まれている成分であり、スズラン、ラベンダー、ベルガモット様の芳香を持つことが知られている”と説明されている。

本特許発明の技術的背景として、“容器詰めを行う乳成分含有飲料の製造工程においては、微生物保証のための加熱殺菌工程が必要であり、従来、この加熱殺菌工程で乳成分由来の加熱劣化臭が発生することが知られて”いる。

そして、“加熱殺菌を行う乳成分含有茶飲料の開発過程において、本発明者らは、飲料の甘味度が1~6の場合に、乳成分含有茶飲料における乳のフレッシュ感が加熱殺菌処理によって著しく低減することを見出した”と説明されている。

本特許発明の奏する効果について、 “加熱殺菌を行う乳成分含有茶飲料においてリナロールを添加することによって、当該茶飲料における加熱殺菌処理後の乳のフレッシュ感低減の改善に関して特に優れた効果が得られることを見出した”と説明されている。

本特許は、2019年6月10日に出願され、2019年9月27日に手続補正および早期審査請求が行われた。そして、2020年3月4日に特許査定を受けている。

公開公報記載の特許請求の範囲は、上記手続補正前のもので、以下の通りである(特開2020-198815、公開日2020年12月17日、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2020-198815/7450BE983C9F6AE3003C8E107E79CEF2D00571EDD95BB6D585AA5B0EA273A1AE/11/ja)。

【請求項1】

  乳成分を含む加熱殺菌処理済みの茶飲料であって、

(a)飲料の甘味度が1~6であり、

(b)リナロールを2000ppb以上含有する、

上記茶飲料。

【請求項2】  紅茶抽出物を含む、請求項1に記載の飲料。

上記請求項1について、特許公報に記載された請求項1と比較すると、リナロール含有量の数値範囲の変更、ならびに乳タンパク質含有量および乳タンパク質含有量に対するリナロール含有率の比率の要件が追加されている。

特許公報の発行日(2020年3月4日)のほぼ半年後(2020年8月31日)、一個人名で異議申立てがなされた(異議2020-700647、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-107814/7450BE983C9F6AE3003C8E107E79CEF2D00571EDD95BB6D585AA5B0EA273A1AE/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

特許第6659897号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。

異議申立人は、以下の3つの理由で、全請求項(請求項1~4)に係る特許を取り消すべきであると主張した。

理由1 進歩性欠如

“本件特許の特許請求の範囲の請求項1~4に係る発明は、甲第1~9号証(主たる証拠は、甲第1号証)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである”

甲第1号証:特開2009-45021号公報(甲1に記載された発明は「引用発明1」と称す。)

理由2 実施可能要件違反

“本件特許の発明の詳細な説明は、以下の点で、当業者が本件特許の請求項1~4に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない”

具体的には、以下の(1)~(3)であった。

(1)茶飲料の種類、茶抽出物濃度の範囲、リナロール濃度の範囲

“本件特許明細書の実施例には特定の紅茶抽出物を特定の含有量で用いた極めて限定的な場合しか開示されておらず、紅茶以外の茶飲料、茶抽出物濃度の範囲、リナロール濃度の範囲について、当業者に過度の試行錯誤を強いるものである。”

(2)甘味度

“本件特許明細書の表2~4に記載された甘味度は、添加した砂糖の量から計算される甘味度と一致しておらず、砂糖以外の成分に含まれる甘味成分も合算されていると推測されるが、本件特許明細書にはそのことについての記載も、計算方法等についても説明がなく、当業者に過度の試行錯誤を強いるものである。”

(3)乳の種類

“本件特許明細書では牛乳を用いて加熱前後の乳のフレッシュ感の低減を確認した例しかないが、豆乳、アーモンドミルクなどの植物性ミルクにも乳のフレッシュ感の低減という課題が存在するとはいえず、リナロールの添加が植物性ミルクにも効果があるともいえない。”

理由3 サポート要件違反

“本件特許の特許請求の範囲の請求項1~4に係る発明は、以下の点で、その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合していない”

具体的には、以下の点であった。

“本件特許明細書の実施例には特定の紅茶抽出物を特定の含有量で用いた極めて限定的な場合しか開示されておらず、紅茶以外の茶飲料、茶抽出物濃度の範囲、リナロール濃度の範囲について、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された範囲を逸脱している。”

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

1.進歩性欠如について

審判官は、本件特許発明1と引用発明1とを対比して、以下の一致点および相違点を認めた。

一致点:“「乳成分を含む殺菌処理済みの茶飲料であって、

(a)飲料の甘味度が1~6であり、

(d)乳タンパク質の含有量が1.7g/100mL以下である、

上記茶飲料。」である点“

相違点

相違点1:本件特許発明1は「(b)リナロールを2500~45000ppb含有」することが特定されているのに対し、引用発明1にはそのような特定がない点

相違点2:本件特許発明1は「(c)乳タンパク質含有量に対するリナロール含有量の比率が0.35×10-3以上」であると特定されているのに対し、引用発明1にはそのような特定がない点

相違点3:本件特許発明1は殺菌が「加熱」によるものであると特定されているのに対し、引用発明1はそのような特定がない点“

このうち、相違点1について、審判官は以下のように判断した。

甲1にはリナロールの含有量に関する記載は一切なく、他の甲号証に記載された技術的事項を踏まえても、リナロールを2500~45000ppbとなるように含有させることは動機付けられない。

 そして、本件特許発明は、飲料の甘味度が1~6である乳成分含有茶飲料に、リナロールを2500~45000ppbという範囲で含有させることによって、加熱殺菌処理による乳のフレッシュ感の低減を抑制するという効果を奏するものである。

よって、“本件特許発明1は引用発明1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない”と結論した。

2.実施可能要件違反について

審判官は、本件特許の発明の詳細な説明の記載をもとに、異議申立人の各主張について、以下のように判断した。

(1)茶飲料の種類、茶抽出物濃度の範囲、リナロール濃度の範囲

“加熱殺菌処理による乳のフレッシュ感の低減は、加熱により生じた乳由来の甘い香りと茶の香ばしさが合わさった匂いによりマスキングされることで生じるものであるから、茶飲料の種類や濃度が異なっても生じるものであるといえる。”

“そして、本件特許明細書の実施例には、2500~45000ppbでリナロールを含有し、乳成分と紅茶抽出物又は紅茶抽出液を含有する茶飲料について、加熱殺菌処理による乳のフレッシュ感の低減が抑制できることが示されているから、2500~45000ppbの範囲のリナロールを含有する場合に、茶飲料の種類や濃度が異なっても、加熱殺菌処理による乳のフレッシュ感の低減ができないということはできない。”

(2)甘味度

“本件特許発明の甘味度は、乳成分を含む加熱殺菌処理済みの茶飲料全体における甘味度のことを意味していることは明らかであって、本件特許明細書の表2~4に示された例において、砂糖以外の成分に含まれる甘味成分も合算されていることは、本件特許発明とは何ら矛盾するものでない。”

“そして、甘味度は、飲料全体に含まれる甘味成分の種類や濃度を分析して計算する等して算出することができるといえる。”

(3)乳の種類

“豆乳やアーモンドミルク等の植物性ミルクを用いた茶飲料であっても、加熱殺菌時の乳のフレッシュ感の低減を生じるものであり、リナロールの含有量を調節することにより劣化臭を低減して、乳のフレッシュ感を改善することができるといえる。”

以上から、“本件特許の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすものである”と結論した。

3.サポート要件違反について

審判官は、上記した実施可能要件についての”(1)茶飲料の種類、茶抽出物濃度の範囲、リナロール濃度の範囲”におけるのと同様の根拠をもとに、“本件特許発明1~4は、本件特許の発明の詳細な説明に記載したものであるといえ、特許法第36条第6項第1号に適合するものである”と結論した。