【19】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(1)臨界的意義と別異の効果

数値限定を用いて発明を特定している特許の無効化に際しては、数値範囲の記載された先行技術文献を見つけるとともに、発明の効果が、顕著なものではないことや、公知の効果とまったく異なる別の効果ではないことを主張できる先行技術文献を見つけることが重要になる。

無効資料調査を行う上で、特定の表現を有する請求項の文言解釈についての理解を深めておくことが必要である(【12】無効資料調査の前段階(3)発明の理解;請求範囲(権利範囲)の画定 その2 https://patent.mfworks.info/2018/12/10/post-1800/)。

特に、以下の2つの場合については、その取扱いについて、十分に理解しておきたい。

(v) 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合

(iv) 選択発明 (下位概念又は選択肢の一部を選択し、新規性が否定されない発明)

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/text/pdf/h30_jitsumusya_txt/01.pdf

(iv)の選択発明に関連する「上位概念」と「下位概念」については、“【17】新規性欠如の考え方;上位概念と下位概念”(https://patent.mfworks.info/2019/02/16/post-1285/)で説明した。

ここでは、(v)の「数値限定発明」について説明する。

審査基準では、数値限定発明について、

「請求項に数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合において,

主引用発明との相違点が その数値限定のみにあるときは,

通常,その請求項に係る発明は進歩性を有していない。

実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは,

通常,当業者の通常の創作能力の発揮といえるからである。」(単なる設計変更)、

と書かれている。

ただし、「請求項に係る発明の引用発明と比較した 効果が

以下の(ⅰ)から(ⅲ)までの全てを満たす場合は,

審査官は,そのような数値限定の発明が進歩性を 有していると判断する。」

として、

(ⅰ)その効果が限定された数値の範囲内において奏され,引用発明の示された証拠に開示されていない有利なものであること(臨界的意義を有すること)。

(ⅱ)その効果が引用発明が有する効果とは異質なもの,

又は同質であるが際だって優れたものであること (すなわち,有利な効果が顕著性を有していること。)。

(ⅲ)その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。」

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202bm.pdf)。

数値限定発明は、

「請求項に係る発明と主引用発明との相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、いわゆる数値限定の臨界的意義として、有利な効果の顕著性が認められるためには、その数値限定の内と外のそれぞれの効果について、量的に顕著な差異がなければならない」

ということになる。

「臨界的意義」を有するとは、数値範囲を限定したことによって、公知技術と比較して、顕著な効果が得られる場合を指している。

では、数値限定された範囲内と範囲外とで、どの程度の効果の差があれば「量的に顕著な差異」があると認められるのか明確でなく、定性的で曖昧である。

化合物についての顕著な効果が、審査基準に例示されている。

「例:請求項に係る発明が特定のアミノ酸配列を有するモチリンであって、引用発明のモチリンに比べ6~9倍の活性を示し、腸管運動亢進効果として有利な効果を奏するものである。この効果が出願当時の技術水準から当業者が予測できる範囲を超えた顕著なものであることは、進歩性が肯定される方向に働く事情になる。」

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202bm.pdf

しかし、何倍以上であれば、顕著な効果という明確な数値的な目安がある訳でなく、「臨界的な意義」が認められるかどうかがポイントになっていると思われる。

(参考)新規性・進歩性,記載要件について(上) ~数値限定発明を中心にして~  http://www.inpit.go.jp/content/100030548.pdf)、「数値限定」発明の進歩性判断   https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201002/jpaapatent201002_046-067.pdf )。

数値限定を構成要件(発明特定事項)とする発明について、留意しておきたい点がある。

審査基準には、「他方、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が異なり、有利な効果が異質である場合には、数値限定に臨界的意義があることは求められない。」と書かれている。

したがって、数値限定のある特許発明については、審査経過を調べ、臨界的意義が問われずに特許査定になっているかどうかを確認する必要があり、臨界的意義を問われずに、特許査定を受けている場合には、上記に該当することになる。

該当する場合には、まずは、権利範囲(技術的範囲)に属するかどうかの属否判定を慎重に行う必要がある。

また、無効化するには、発明の効果が公知もしくは容易に想到される効果であることを示す先行文献が必要になってくる。

数値限定発明の無効化には、数値限定された範囲が記載されている先行文献を見つけることはもちろん重要である。

同時に、無効化したい発明によって奏される効果が、公知、あるいは先行文献に記載された効果と実質的に同一、ないしは容易に導き出せる効果であることを主張できる資料を見つけるという観点が、無効資料調査する際には必要になる場合が多い。

(参考 平成18年(行ケ)第10227号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/865/033865_hanrei.pdf

「美白作用」と「シワ形成抑制作用」の相違について争われた)。