(39)無効審判の事例2;炭酸飲料特許

(39)無効審判の事例2;炭酸飲料特許

三栄源エフ・エフ・アイは、高甘味度甘味料スクラロースの市場占有化の手段として、スクラロースの用途特許取得を行ってきた。最近、占有的な市場に参入するために、無効審判がいくつか起こされている。無効となった特許もある一方、権利範囲を狭めるような訂正を行って、権利維持された特許もある。炭酸飲料特許は、権利維持された事例。

無効審判の事例として、三栄源エフ・エフ・アイの特許第4324761号「炭酸飲料」を取り上げる。

三栄源エフ・エフ・アイは、高甘味度甘味料のスクラロースの用途特許を戦略的に出願し、特許権取得による参入障壁を構築する特許戦略によって、国内のスクラロース市場で占有的な位置を占めてきた。(「(14)特許権による市場独占 ~クローズ戦略の限界~」)

最近になって、特許を活用した国内市場での三栄源エフ・エフ・アイの占有的立場を切り崩そうと、三栄源エフ・エフ・アイの用途特許を無効化する動きが出てきている。

たとえば、ツルヤ化成工業のホームページ(http://www.tsuruyachem.co.jp/)の「スクラロース」(http://www.tsuruyachem.co.jp/sucralose/)のページには、以下のように一文がある。

スクラロースの用途ならびに使用法に関わる多数の特許が登録されています。弊社は、一部を除き、これら用途ならびに使用法に関わる特許の大部分について、法的に十分対応できる態勢を整えてお客様に供給をしております。

実際に無効審判で三栄源エフ・エフ・アイの特許を無効にした事例がある。

また、大手スクラロース・メーカーである中国系の「JKスクラロースジャパン」(http://www.jksj.co.jp/index.html)のホームページには、無効化事例が列挙されている。

ここでは、逆に無効審判で完全には無効とならなかった事例として、三栄源エフ・エフ・アイの特許第4324761号「炭酸飲料」を取り上げる。

特許第4324761号は、平成14年2月27日に国際出願され、平成21年6月19日 に登録された特許である。

国際公開された公開公報の特許請求の範囲の請求項1は、以下のようであった

(再公表特許公報 WO2002/067702、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO02067702/2EDCF8C98F2B3DCE180A067F129386B5

【請求項1】下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:

(1)植物成分を10~80重量%の割合で含む、

(2)炭酸ガスを2容量%より多く含む、

(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で8度以下である、

(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である

(5)高甘味度甘味料を含む

(6)高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が、全甘味量100重量%あたり、  砂糖甘味換算で25重量%以上を占める。

(請求項2以降、省略)

一方、特許第4324761号の請求項1は、以下のようである。

(特許第4324761号公報

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_4324761/94AAD55A3E362E91F10E2C2C96A78871

【請求項1】下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:

(1)植物成分を10~80重量%の割合で含む、

(2)炭酸ガスを2容量%より多く含む、

(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で8度以下である、

(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である

(5)スクラロースを含む高甘味度甘味料を含む

(6)スクラロースを含む高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が、       全甘味量100重量%あたり、砂糖甘味換算で25重量%以上を占める。

(請求項2以降、省略)

国際公開では、「高甘味度甘味料」全般であったものが、審査の結果、

「スクラロース」を必須成分に限定しただけで、

実質的には出願内容が特許として認められている。

この発明を使用することによって、「植物成分と炭酸ガスを比較的多く含む炭酸飲料において、該植物成分由来の重い口当たりと炭酸ガスに起因する苦味や刺激を軽減する」あるいは「炭酸飲料のボディー感と刺激感及びアルコール飲料のバーニング感を低減する」と公報には書かれている。

特許付与されてから約4年後の平成25年10月に、中華人民共和国法人 ジェイケー スクラロース インコーポレイテッドが無効審判を請求した。

(特許審決公報 無効2013-800191

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH25800191/BD48F65711F216F87EA6524801CE91C3

審判の過程で、三栄源エフ・エフ・アイは2度の訂正請求を行い、最終的に平成29年1月に、訂正された権利範囲で権利維持された。

訂正された権利範囲は、以下のようであった。

【請求項1】下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:

(1)果物又は野菜の搾汁を10~80重量%の割合で含む、

(2)炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む、

(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である、

(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である

(5)スクラロースを含む高甘味度甘味料を含む

(6)スクラロースを含む高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が、全甘味量100重量%あたり、砂糖甘味換算で25重量%以上を占める、

(7)全ての高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量100重量%のうち、スクラロースによって付与される甘味量が、砂糖甘味換算量で50重量%以上である。

(請求項2以降、省略)

「植物成分」が「果物又は野菜の搾汁」に限定し、

可溶性固形分含量の数値範囲が「8度以下」から「4~8度」へと数値範囲が狭くし、

要件(7)が追加されている。

この審判では、無効の証拠として提出された先行公知文献(国際公開WO00/24273号公報)の評価がポイントとなった。

(再表00/024273 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO00024273/EBD7EFED9EAB84BC99E39BA68FDA3960

国際公開WO00/24273も、三栄源エフ・エフ・アイが出願した特許で、この国際公開特許にはスクラロースの各種用途が記載されている(請求項が95もある)。

国際公開特許の95ある請求項のうち、以下の請求項は本特許に関連する。

【請求項53】飲用時の濃度が0.0001~0.1重量%となるようにスクラロースを含有する嗜好性飲料。

【請求項54】炭酸飲料、果実風味飲料または乳成分入り飲料である請求項53記載の嗜好性飲料。

【請求項59】スクラロースを含有する果汁若しくは果実含有食品。

【請求項60】スクラロースを0.00001~0.5重量%の割合で含有する請求項59記載の果汁若しくは果実含有食品。

【請求項61】スクラロースを果汁若しくは果実含有食品に配合する、フルーツ感またはフレッシュ感の増強方法。

審判では、先行する国際公開特許の内容から、本特許の発明内容が容易に思いつくものかどうかが検討された。

本特許と先行国際公開特許(この特許も三栄源エフ・エフ・アイの出願)との間には相違点が2つあると認定された。

相違点1は、

本特許が「炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む」のに対して、

国際公開特許の炭酸ガスの含有量が不明であること、

相違点2は、

本特許が「可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である」のに対して、

国際公開特許の可溶性固形分含量が「2.53度」であること、

したがって、風味のよい炭酸飲料を提供するために、本特許の請求項1の数値範囲に成分を調整することは、国際公開特許には記載されていないことになる。

相違点1について、

請求項1の数値範囲を満たさない果汁入り炭酸飲料(可溶性固形分含量、果汁含量、炭酸ガス含量が範囲外)では、本発明の効果が劣ることが実験的に確認されていること、

また、

相違点2(可溶性固形分含量)についても、

数値範囲内のほうが「口当たり」「爽快感」「フルーツの風味感」において優れていることが実験的に確認されていること、

したがって、本特許の数値範囲に成分を調整することによって、優れた効果が得られることが実験的に裏付けられていることになる。

こうしたことから、本特許は、国際公開特許に書かれた内容から容易に思いつく発明ではないと判断され、無効とはされなかった。

飲料として、果汁と高甘味度甘味料(スクラロース)を含む炭酸飲料は特別なものではないと思われるし、飲料の炭酸ガス濃度、糖度、甘味度を特定の範囲に調整することも一般的に行われている技術である。

特許付与後、これまでに特許庁の審査記録の閲覧請求が5件あったが、直近の閲覧は平成29年10月であることからも、飲料開発において現在でも障害になり得る特許と思われる。

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再公表特許公報 WO2002/067702

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO02067702/2EDCF8C98F2B3DCE180A067F129386B5

特許第4324761号

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPB_4324761/94AAD55A3E362E91F10E2C2C96A78871

特許審決公報 無効2013-800191

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/TA/JPJZH25800191/BD48F65711F216F87EA6524801CE91C3

再公表特許公報 WO2002/067702

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/PU/JPA1WO02067702/2EDCF8C98F2B3DCE180A067F129386B5

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