(23)特許権行使の制約要因;無効の抗弁と訂正

特許侵害訴訟では、訴えられた側は特許権無効の主張(無効の抗弁)で対抗する。特許が無効になれば、権利行使できない。一方、特許権者は、権利内容の「訂正」によって、無効を回避することを考える。

特許権を巡る争いは、通常の訴訟と比べ、複雑な様相を呈することが多い。それは、特許権特有の事情が関係している。

特許侵害の訴訟においては、特許権の侵害が争点になることは当然であるが、加えて、特許権自体の有効性(一般には無効性)も争点になる場合が多い。それゆえ、特許権者の特許侵害の訴えと、訴えられた側からの特許権無効の主張がぶつかり合うことになる。

特許庁の審査の結果、特許として認められた場合(特許査定)、特許庁から届く特許査定文書の決まり文句は「この出願については、拒絶の理由を発見しないから、特許査定をします。」である。

逆に言えば、特許査定された後であっても、審査で重大な見落としなど(無効理由)が発見された場合には、特許の無効にすることを求めるための「無効審判」という制度が設けられている。

言ってみれば、特許権は、その根本に不安定さが内在している権利である。

また、無効な特許に基づく特許侵害の訴えに対して、「無効の抗弁」が認められている。

具体的には、特許法第104条の3は「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」となっており、「特許権者等の権利行使の制限」が規定されている。

それゆえ、特許権を保有していることだけを根拠にして、十分な準備をせずに訴訟をおこした場合、当該特許が無効になってしまうと、相手方から、不当訴訟として損害賠償請求をされるリスクがある。特許権は、傷があるかもしれない武器だと認識しておく必要がある。

それでは、どの程度の確率で無効になるのか?

東京地裁・大阪地裁における特許権の侵害に関する訴訟における統計(平成26~28年)によれば、「無効の抗弁あり」が全体の73%にものぼり、そのうちの、判断無し;約59%、有効;約18%、無効;約23%となっている。訴訟の3/4で「無効の抗弁」がなされ、裁判所の判断が出されたケースの半分以上は、「無効」となっている。

また、特許庁が担当する「無効審判」の状況は、2016年の無効審判の処分件数は、無効請求成立(一部成立)56件、無効請求不成立(含却下)125件、取下・放棄42件となっている(特許行政年次報告書2017年版)。合計すると223件なので、約25%で無効請求が認められたことになる。

特許権の安定性については、国においても議論されているが、早期の権利安定化に関連して、「特許異議申立制度」が創設された。

「特許異議申立制度」自体は、以前にもあったが、2015年に復活してきた制度で、無効審判制度同様に、特許権の取り消しを求めるための制度であるが、請求人の資格要件が緩く(誰でも可能)、審理期間が短く(2016年の特許の平均審理期間5.8ヵ月)、利用しやすい。特許行政年次報告書2017年版によれば、2015年4月~2017年3月での申立案件で審理結果が出たのが998件、うち取消は90件(全体の9%)と1割程度であった。

しかし、「取消」と「維持」の関係は、そんなにシンプルではない。

異議申立で維持された案件のうち、514件(全体の52%)は「訂正無」の維持であるが、370件(全体の37%)は「訂正有」となっている。

「訂正有」の特許とは、特許権が認められた内容を「訂正」することによって、「取消」を免れたということで、「訂正」は、当初より権利範囲を狭める場合が多いと思われる。「維持」といっても、無傷(訂正無)だったのは、ほぼ半分といってもいいかもしれない。

「訂正」について、訴訟や無効審判の関連においても、「訂正審判」という制度が設けられており、特許庁のホームページには、以下のような説明がなされている。

「発明が特許権として登録された後に、その特許に無効理由を含んでいることを発見したり、記載に誤りがあったりすることがあります。特許の一部にのみ瑕疵があるためにその特許全体を無効とするのは特許権者にとって酷であり、また、記載が不明確であることを放置することは第三者にとっても好ましくありません。

一方で、特許権は登録によりその権利範囲が確定し、その権利範囲は第三者に影響を与えるものですから、みだりにその内容を変更するべきではありません。

そこで、特許権者と第三者とのバランスを考え、特定の条件で特許の一部の瑕疵を是正することができるのが訂正制度です。」

当該特許が無効であることを証明する証拠を見つけたとしても、相手方は、当然、「訂正」を行うことによって「無効理由」を回避し、特許を維持しようとするので、「訂正」を考慮した上で、作戦を練る必要がある。

「特許権」は、時として、無効になったり、権利範囲が変わり得る、不安定さが内在する権利である。

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知的財産関係訴訟の特徴と今後の課題 ~特許権侵害訴訟を中心として~

http://meiji-law.jp/wp/wp-content/uploads/2016/07/df10991e204e67f2eaa260b265714419.pdf

特許権侵害紛争の解決 http://www.yu-kobalaw.com/asset/text.pdf

特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁,平成26~28年)

http://www.ip.courts.go.jp/vcms_lf/2017_sintoukei_H26-28.pdf

特許無効審判とはどのような手続なのでしょうか? http://www.y-po.net/qanda/2011/12/post_22.html

特許行政年次報告書2017年版統計・資料編 7.審判及び異議申立て (3)無効審判

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/toukei/all.pdf

知財紛争処理システムに関する論点整理 (権利の安定性関連)(案)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2016/syori_system/dai5/sankou3.pdf

復活した特許異議申立制度 http://www.jpaa-tokai.jp/activities/media/detail_475_0.html

新特許異議申立制度の状況と対応方法 について パテント 2017 Vol. 70 No. 2

https://system.jpaa.or.jp/patent/viewPdf/2865

特許行政年次報告書2017年版 第1章 国内外の出願・登録状況と審査・審判の現状

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2017/honpen/0101.pdf

訴訟を提起する際に検討するべきこと https://business.bengo4.com/category5/article225

訂正審判・訂正請求Q&A

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/toiawase/faq/pdf/sinpan_q/03.pdf

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