アサヒビールの特許第6653351号は、光透過性容器に充填されているにもかかわらず、光にさらした時に発生する異臭が抑制された非発酵ビール様発泡性飲料に関する。公然実施発明であるとの理由で異議申立されたが、提出された証拠は公然実施の根拠とならないと判断され、そのまま権利維持された。
アサヒビールの特許第6653351号 “非発酵ビール様発泡性飲料及びその製造方法”を取り上げる。
特許6653351号の特許公報の特許請求の範囲は、以下の通りである。
【請求項1】
イソα酸を含有しており、飲料中の溶存酸素量が0.1ppm以上であり、
光透過性容器に充填されていることを特徴とする、非発酵ビール様発泡性飲料。
【請求項2】~【請求項5】省略
【請求項6】
イソα酸を含有する非発酵ビール様発泡性飲料を製造する方法であって、
飲料中の溶存酸素量が0.1ppm以上となるように調整し、
光透過性容器に充填することを特徴とする、
容器詰非発酵ビール様発泡性飲料の製造方法。
【請求項7】~【請求項11】省略
【請求項12】
イソα酸を含有する非発酵ビール様発泡性飲料の溶存酸素量を0.1ppm以上となるように調整した後、光透過性容器に充填することを特徴とする、
非発酵ビール様発泡性飲料の3-メチル-2-ブテン-1-チオールの含有量低減方法。
本特許明細書によれば、ビールの瓶を日光にさらした時に発生する異臭(日光臭)は、“ビールの苦味成分であるイソα酸分子の側鎖部分が520nm以下の波長によって分解し、ビール中の含硫アミノ酸からできた発生期の硫化水素が結合して生成するチオール化合物であるMBTといわれている”。
なお、MBTは、3-メチル-2-ブテン-1-チオール(3-methyl-2-butene-1-thiol)の略(参考 “ビール中のオフフレーバー制御” https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan/107/8/107_559/_pdf)。
“イソα酸を含有するビール様発泡性飲料の溶存酸素量を0.1ppm以上に”高く“調整することによって”、“製造後の光照射によるMBTの産生が抑制され、光透過性容器に充填された場合でも、MBTの含有量を低く維持し、日光臭を抑制することができる”と説明されている。
なお、イソα酸は、ビールの苦味の主要な成分である(“ホップ” https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/95/8/95_8_550/_pdf)。
本特許の公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2019-122361 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-122361/DAE6B6BEF3CDA2897BD6511C70778D536C10D3FBDC206A79F0ECA0EEB1650ADD/11/ja)。
【請求項1】
イソα酸を含有しており、飲料中の溶存酸素量が0.1ppm以上であり、
光透過性容器に充填されていることを特徴とする、ビール様発泡性飲料。
【請求項2】~【請求項5】
【請求項6】
イソα酸を含有するビール様発泡性飲料を製造する方法であって、
飲料中の溶存酸素量が0.1ppm以上となるように調整し、光透過性容器に充填することを特徴とする、容器詰ビール様発泡性飲料の製造方法。
【請求項7】~【請求項11】
【請求項12】
イソα酸を含有するビール様発泡性飲料の溶存酸素量を0.1ppm以上となるように調整した後、光透過性容器に充填することを特徴とする、ビール様発泡性飲料の3-メチル-2-ブテン-1-チオールの含有量低減方法。
請求項1についてみると、公開公報の“ビール様発泡性飲料”を、“非発酵ビール様発泡性飲料”と、“非発酵”に限定する補正によって、特許査定を受けている。
なお、本特許は早期審査請求され、いったん拒絶査定となったが、不服審判請求し、審査前置にて特許査定された。
特許公報発行日(令和2年2月26日)の半年後(令和2年8月25日)、一個人によって異議申立された(異議2020-700633)。
審理の結論は、以下のようであった。
“特許第6653351号の請求項1ないし12に係る特許を維持する。”
異議申立人は、甲第1号証~甲第9号証を提出して、請求項1~12に係る発明は、
“甲1に示された写真の飲料が公然実施発明であるとし、該公然実施発明に基いて新規性欠如の主張を、また該公然実施発明及び本件特許の優先日における技術常識に基いて進歩性欠如の主張”を行った。
甲第1号証~甲第9号証は、以下である。
”(1)甲1:山内博明、「報告書」、2020年8月19日
(2)甲2:「報道資料」、[online]、2016年8月17日、株式会社博水社、インターネット<URL:http://www.hakusui-sha.co.jp/wp-content/uploads/2016/09/e274cdf9d 6251a1072b23ab31f342bf2.pdf>
(3)甲3:一般財団法人 材料科学技術振興財団 分析評価部、「実験報告書」、2020年8月24日
(4)甲4:一般財団法人 材料科学技術振興財団 分析評価部、「実験報告書」、2020年7月7日
(5)甲5:株式会社博水社第二営業部から2020年7月30日で差し出されたとされる「<ハイサワーの博水社 ■です>お問合せありがとうございました」という件名のメール(2020/08/04のタイムスタンプが付与されている)
(6)甲6:「製品情報」、[online]、株式会社博水社、[2020年8月7日検索]、インターネット<URL:http://www.hakusui-sha.co.jp/products/hippy/>
(7)甲7:国際公開第2013/080357号
(8)甲8:特開2017-216891号公報
(9)甲9:特開2017-55709号公報”
以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)についての審理結果を紹介する。
異議申立人の提出した甲1号証(申立人が2020年8月19日に作成した報告書)には、“「株式会社博水社が市場で販売している、商品名「ハイサワーハイッピークリア&ビター」を購入し”、パッケージの全体を示す外観写真、ベルを拡大した写真および“ラベルに記載の商品等表示を拡大した写真”が示されていた。
審判官は、甲1号証には、「原材料に苦味料(ホップ)を使用した、PETボトルに充填されているノンアルコール炭酸飲料。」が示されていると認定した。
しかし、以下に示す理由により、本件特許発明1は、“甲1物品に係る発明を根拠として、公然実施発明であるということはできず、また、公然実施発明及び本件特許の優先日における技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない”と結論した。
理由1:“甲1には、甲1物品を購入したことが記載されているが、報告書の作成日は、2020年8月19日とされる上、甲1に示された写真の飲料が実際に販売された商品であるのかも含めて、販売時期を明らかにする表示はまったくみられず、甲1物品の購入時期や販売時期など本件特許の優先日との関係が理解できる記載はない”
理由2:“甲2は、株式会社博水社の新商品に関する報道資料”であるが、“甲1物品の外観写真と、甲2物品の外観画像とを比較すると、甲1物品は「ハイサワーハイッピークリア&ビター お酒と割るだけ」(上記(甲1a))であるのに対し、甲2物品は「ハイサワーハイッピークリア&ビター お酒とわる炭酸飲料」(上記(甲2b))であり、両者のラベルの表示が異なっており、甲1物品と甲2物品とは異なるものである。”
理由3:甲3には、“試料名が、炭酸飲料(ハイサワーハイッピークリア&ビター)である試料について、溶存酸素濃度を測定した結果が示されている”。
甲4には、“試料名が、炭酸飲料(ハイサワーハイッピークリア&ビター)である試料のペットボトルについて、透過率を測定した結果が示されている”。
しかしながら、甲3および甲4には、実験報告書の作成日及び実験日が記載されているだけで、“分析した試料が、甲1物品であることの記載もなければ、市場で販売された商品であることや、いつの時点で販売され、購入された商品であることの記載もない。”
甲3および甲4には、甲3および甲4で分析した試料が、“甲1物品であることを理解できるところはない。”
理由4:甲5には、“博水社の「ハイサワーハイッピークリア&ビター」という商品は、製造工程において発酵の過程がないことが記載されている“。
しかし、“いつの時点の商品の製造工程に関するものであるかの記載はなく、甲1物品の製造に関するものであることの記載もない。”
理由5:甲6は、“株式会社博水社のホームページ内の「ハイサワーハイッピークリア&ビター」に関する製品情報のページであり”、“検索日(2020年8月7日)時点の情報である”が、 “甲6の商品ラベルの表示(上記(甲6a))は、甲1物品のラベルの表示(上記(甲1a))と異なっている。”
以上の理由から、審判官は、甲1物品に係る発明は、公然実施発明ではないと判断した。
また、異議申立人の進歩性欠如についての主張、“本件特許発明1、3~5は、甲1飲料と同一であるか、そうでなくても、甲1飲料及び技術常識から当業者が容易に想到し得るものであり、本件特許発明2は、甲7~9の記載から甲1飲料と同一である蓋然性が高く、そうでなくても、甲1飲料及び技術常識から当業者が容易に想到し得るものである”も、以下の理由で採用されなかった。
本件特許発明1と甲1から認定できる発明は、“イソα酸を含有しており、光透過性容器に充填されている、ビール様発泡性飲料である点では一致しているといえるとしても、
前記1(2)ウ及びエで述べたとおり、甲3~5に示された事項は甲1物品に関するものとはいえず、甲1物品の飲料中の溶存酸素量も飲料が非発酵飲料であるかも不明といわざるを得ないから、甲1発明Aの飲料中の溶存酸素量も飲料が非発酵飲料であるかも不明である。“
“甲7~9の記載から、ビールテイスト飲料の一般的なMBTの含有量や苦味価について理解することはできるが、それによって、甲1物品に係る発明が公然実施発明であることにはならないし、甲1物品の飲料中の溶存酸素量や飲料が非発酵飲料であることを理解できるものでもないから、甲1発明Aの飲料中の溶存酸素量も飲料が非発酵飲料であるかも不明である。”
“甲1発明Aについて、飲料中の溶存酸素量を0.1ppm以上とすることや非発酵飲料とする動機付けもない。”