特許を巡る争い<26>サントリーホールディングス・炭酸飲料特許

サントリーホールディングスの特許第6494901号は、低乳脂肪分の炭酸飲料において、飲料中の無脂乳固形分の量と炭酸ガス圧を所定の範囲に調整することによって、泡立ちと泡持ちを向上させる方法に関する。進歩性欠如、サポート要件違反および実施可能要件違反の理由で異議申立されたが、訂正を行うことによって、権利維持された。

サントリーホールディングス株式会社の特許第6494901号『炭酸飲料』を取り上げる。

特許第6494901号の特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6494901/E7752917007AE2771A4AF0C0ED57B2F39A50515AAA559B3CA77B01F776B040BF/15/ja)。

【請求項1】

乳脂肪分が0.5重量%以下、

無脂乳固形分が1.2~4.0重量%、

pHが6.5以下、

炭酸ガス圧が2.5~4.0kg/cm2である、

発酵乳および乳酸を含む清涼飲料水。

【請求項2】以下、省略

本特許明細書によれば、“無脂乳固形分”とは、“乳を構成する成分のうち、乳から水分と乳脂肪分を除いた値である。すなわち、乳脂肪分と無脂乳固形分とを合計すると乳固形分となる”と定義されている。

また、“炭酸飲料のpH”は、“保存・流通における変敗抑制がなされる範囲であれば特に限定はされないが、好ましくは6.5以下であり、より好ましくは4.5以下、さらに好ましくは3.0~4.0である”と説明されている。

炭酸ガス圧”は、“本発明の炭酸(二酸化炭素)ガスは、炭酸ガスの圧入、炭酸水などのあらかじめ炭酸ガスを含む液の混合など、通常の方法により飲料に含ませることができる。本明細書におけるガス圧とは、20℃における容器内ガス圧をいう”と説明されている。

本特許発明の効果は、“低乳脂肪分にもかかわらず、良好な泡立ちと泡持ち、乳のまろやかな味わいを有する、従来にない炭酸飲料を提供”できることである。

効果に関連して、“乳成分を含む炭酸飲料は、保管中の乳化状態の安定性の観点から、乳脂肪分を低くすること、具体的には0.5重量%以下にすることが望ましい。しかし、乳脂肪分の量が少なくなると、炭酸飲料における泡の形成に悪影響を及ぼし、従来の乳成分を含む炭酸飲料では、グラスに注ぐ際の泡立ちが悪く、さらに注ぐと同時に泡が消えてしまい、飲用時の爽快感や口当たり、乳の味わいを十分に楽しむことができなかった。”

“ 本発明者らは、上記目的を達成するため、鋭意研究を行った結果、驚くべきことに、飲料中の無脂乳固形分の量と炭酸ガス圧を所定の範囲にすることによって、泡立ちと泡持ちの向上が実現できることが明らかとなった。”と説明されている。

公開特許公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2014-183771、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-183771/E7752917007AE2771A4AF0C0ED57B2F39A50515AAA559B3CA77B01F776B040BF/11/ja)。

【請求項1】

乳脂肪分が0.5重量%以下、

無脂乳固形分が1.2~4.0重量%であり、

炭酸ガス圧が1.5~4.0kg/cm2である炭酸飲料。

【請求項2】以下、省略

本特許出願は拒絶査定となったが、拒絶査定不服審判(不服2018-3436)請求し、特許査定された (https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2013-060711/E7752917007AE2771A4AF0C0ED57B2F39A50515AAA559B3CA77B01F776B040BF/10/ja)。

特許査定された請求項1と公開時請求項1とを比較する、pHの追加、炭酸ガス圧の数値範囲減縮、対象飲料の変更がなされている。

特許公報発行日(平成31年4月3日)の半年後(令和1年10月3日)、一個人により特許異議申立された(異議2019-700798、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2013-060711/E7752917007AE2771A4AF0C0ED57B2F39A50515AAA559B3CA77B01F776B040BF/10/ja)。

審理の結論は、以下の通りであった。

特許第6494901号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-3〕、4について訂正することを認める。

特許第6494901号の請求項1~4に係る特許を維持する。

特許異議申立人が申し立てた取消理由は、進歩性欠如、サポート要件違反、および実施可能要件違反であった。

進歩性に関する異議申立人の主張は、本件特許の請求項1~4に係る発明は、甲第1号証(甲1、特公昭49-20508号公報)に記載された発明及び同甲第2号証~甲第7号証に記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるというものであった。

審理の経緯を以下に説明する。

異議申立てに対して、審判官は令和1年12月13日付けで取消理由通知を送付した。

取消理由は、以下のようであった。

“本件特許の請求項1~2、4に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである”

“下記の刊行物”は、特許異議申立人が提出した甲第1号証(特公昭49-20508号公報)であった。

取消理由通知に対して、特許権者は令和2年2月6日に意見書とともに、訂正請求書を提出し、訂正は認められた。

訂正後の特許請求の範囲は、以下の通りである。

【請求項1】

乳脂肪分が0.5重量%以下、

無脂乳固形分が1.2~4.0重量%、

pHが6.5以下、

炭酸ガス圧が2.5~4.0kg/cm2である、

発酵乳、脱脂粉乳および乳酸を含む清涼飲料水。

【請求項2】以下、省略

特許公報に記載された請求項1と比較すると、“脱脂粉乳”の要件が追加されている。

以下、訂正請求項1(本件発明1)の審理について説明する。

審判官は、本件発明1と甲1発明1とを対比して、

“本件発明1と甲1発明1とは、「pHが6.5以下である、炭酸ガス、発酵乳を含む清涼飲料水」である点で一致しする。

しかし、“本件発明1が脱脂粉乳を含むのに対し、甲1発明1は脱脂粉乳を含むことについて記載がない点”(相違点5)などで相違すると認めた。

審判官は、相違点5について、

“甲1には、醗酵乳性飲料に脱脂粉乳を含有させることを示唆する記載はない。”

また、甲1の記載から、

“甲1発明1は、脱脂粉乳ではなく醗酵乳を使用する発明であって、醗酵乳の風味を完全にいかした醗酵乳性飲料であると当業者が理解するものであるから、醗酵乳に加えて風味に影響することが明らかな脱脂粉乳をあえて含有させる動機付けがあるとはいえない。”とした。

そして、相違点5は、“当業者が容易に想到し得たものではない”と結論した。

異議申立人は、以下の主張も行った。

“甲8及び甲9に記載されているように、脱脂粉乳、糖類、安定剤、発酵乳、酸味料を含有した乳性飲料は、非常に一般的であったから、甲1発明に係る醗酵乳性飲料において、脱脂粉乳をさらに含有させることは、甲1発明に単に技術常識を組み合わせたにすぎず、またその組み合わせを阻害する要因もない”

第8号証:社団法人 全国清涼飲料工業会及び財団法人 日本炭酸飲料検査協会監修、最新・ソフトドリンクス編集委員会編纂,「最新・ソフトドリンクス」,株式会社 光琳,2003年9月30日発行,p.371~376頁

甲第9号証:社団法人 日本果汁協会監修,「最新 果汁・果実飲料事典」,株式会社 朝倉書店,1997年10月1日発行,p.278~281

しかし、審判官は、甲8及び甲9に示された製造工程図をもとに、以下のように判断した。

“甲8に記載された図は、脱脂粉乳を使用して乳性飲料を製造する工程において「酸味料(発酵乳)」を添加することを示すものであり、発酵乳を使用する乳性飲料に脱脂粉乳を添加することが一般的であることを示すものとはいえない”、

また、“甲9に記載された図は、脱脂粉乳と発酵乳などを調合して果汁入り乳性飲料を製造する工程を示すものであるが、乳性飲料の製造方法の一例に過ぎず、発酵乳を使用する乳性飲料に脱脂粉乳を添加することが一般的であることを示すとまではいえない”などの理由で、特許異議申立人の主張は採用することができないとした。

また、異議申立人は、無脂乳固形分の数値範囲を裏付ける実施例の記載がないこと、および乳化剤が特定されていない点を根拠に、ポート要件違反及び実施可能要件違反を主張したが、いずれの主張も採用されなかった。