特許を巡る争い<114>マルハニチロ・殻つきエビ製造法特許

特許第7368652号は、殻付き状態で喫食できるエビの製造方法に関する。異議申立され、記載不備の拒絶理由(実施可能要件、サポート要件、明確性要件)が通知されたが、エビの処理条件を数値限定することによって、権利維持された。

マルハニチロ株式会社の特許第7368652号“殻付きエビ及びその製造方法”を取り上げる。

特許第7368652号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7368652/15/ja)。

【請求項1】

腹部の身と、腹部の身を被覆する殻とを有し、加熱調理用又は加熱済みであり且つ殻付き状態で喫食できる殻付きエビの製造方法であって、

頭胸部の殻の厚さが0.09mm以上0.21mm以下である未加熱状態のエビを、

頭胸部を除去するか又は頭胸部を除去せずに、

酢酸、クエン酸及びアスコルビン酸から選ばれる少なくとも一種のアルカリ金属塩を

2.0~10.0質量%含有する、pH10.0以下の水溶液に浸漬する、

殻付きエビの製造方法。

【請求項2】~【請求項7】省略

本特許明細書には、本特許発明の技術的開発の背景について、“ 一般にエビは殻を外して喫食され、そのぷりぷりとした食感が親しまれている。一方でエビ殻はカルシウム豊富であり、殻付きエビを喫食できれば、殻を除去するコストを低減できるうえ、ボリューム感の付与効果もあって経済的に有利であり、更に、カルシウムなどのミネラル豊富な健康食品としての付加価値も付与できる。従って、殻付きエビを低コストで美味しく喫食できるようにする技術への要望は強い”と記載されている。

そして、本特許発明は、“従来の殻付きエビの殻の食感を鋭意検討したところ、特に奥歯で咀嚼したときの殻の硬さやエビを飲み込んだ後の殻が口内に残る感覚が、殻付きエビの食べにくさに大きく影響することを見出した。そして、特定の厚さのエビ殻を特定の塩で処理することで、驚くべきことに、奥歯で咀嚼したときの殻の硬さを効果的に低減でき、エビを飲み込んだ後の殻が口内に残る感覚(殻の口残り感)も抑制できることを見出し”て完成したと記載されている。

具体的には、“エビの頭胸部の殻の厚さが0.09mm以上0.21mm以下であるエビを、頭胸部を除去するか又は頭胸部を除去せずに”、“酢酸、クエン酸、アスコルビン酸及びリン酸から選ばれるすくなくとも一種のアルカリ金属塩の水溶液(以下、「浸漬液」ともいう。)に浸漬させることで、奥歯で咀嚼したときの殻の硬さやエビを飲み込んだ後の殻が口内に残る感覚を効果的に低減でき”、本発明を用いれば、“身の食感の劣化を抑制しつつ、殻ごと喫食したときに奥歯で咀嚼したときの殻の硬さが効果的に低減され、殻の口残り感が抑制された殻付きエビが提供”できると記載されている。

本特許は、2023年5月11日に出願され、直後の2023年5月17日に早期審査請求され、2023年9月26日に特許査定を受けている。

そのため、特許公報(発行日2023年10月24日)の発行後に公開されている(公開日2023年12月1日)。

公開公報に記載されている特許請求の範囲は、以下である(特開2023-171291、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2023-171291/11/ja)。

【請求項1】

腹部の身と、腹部の身を被覆する殻とを有し、殻付き状態で喫食できる殻付きエビであって、

頭胸部の殻の厚さが0.09mm以上0.21mm以下であるエビを、頭胸部を除去するか又は頭胸部を除去せずに、

酢酸、クエン酸、アスコルビン酸及びリン酸から選ばれる少なくとも一種のアルカリ金属塩のpH10.0以下の水溶液に浸漬してなる、殻付きエビ。

【請求項2】~【請求項9】 省略

請求項1については、

殻付きエビが、“加熱調理用又は加熱済み“の殻付きエビに限定され、水溶液に浸漬するエビが、”未加熱状態“のエビに限定され、アルカリ金属塩の含有量が数値限定され、並びに物の発明(殻付きエビ)から方法の発明(殻付きエビの製造方法)に形式変更され、特許査定を受けている。

公報発行日(2023年10月24日)の半年後(2024年4月24日)に一個人名で異議申立された(異議2024-700392、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2023-078412/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第7368652号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし6〕及び7について訂正することを認める。

特許第7368652号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。“

異議申立人が申立てた異議申立ての理由は、以下の4つであった。

申立理由1(甲第1号証に基づく新規性・進歩性)

本件特許発明7は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり”、”本件特許発明1ないし7は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証:特開2020-150932号公報

申立理由2(実施可能要件)

本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。

具体的には、“本件特許発明1~6を頭胸部を除去せずに実施するためには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等を要することとなる”。

申立理由3(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし7に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。 具体的には、

(1)請求項1ないし6

本件特許発明1ないし6を頭胸部を除去せずに実施することは不可能であるから、本件特許明細書に記載の実施例はいずれも実施可能でない。本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例以外に、本件特許発明1ないし6の発明特定事項を満たせば、課題を解決できることについて説明した記載はない。

(2)請求項1ないし7

浸漬時間が8時間よりも短い場合において課題が解決されるとは認められない。エビとして実施例として用いられたバナメイエビ以外のエビを用いた場合においても、本件特許発明1ないし7において規定された条件を満たしさえすれば課題を解決されるとは認められない。“

申立理由4(明確性要件)

本件特許の請求項1ないし7に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。

具体的には、

(1)請求項1ないし7

本件特許発明1ないし7における頭胸部の殻の厚さは、厚み計をどのような条件で用いて測定して得られる値を指すのか不明である。

(2)請求項4

「製造方法」が「得られたものである」とは、何を意味するのか判然としない。

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理内容を紹介する、

異議申立日(2024年4月24日)の3か月後、取消理由通知書が発送された(2024年7月11日付け)。

取消理由は、以下の2つであった。

取消理由1(実施可能要件)

本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。

具体的には、本特許明細書の“発明の詳細な説明の記載によると、指定箇所のエビ殻を予め約5~7mm角に切り出し、エビ殻の厚さを測定した後に、頭胸部を未除去の殻付きエビを浸漬液に浸漬することになるが、どのようにすれば、そのようなことが実施できるのか、発明の詳細な説明には記載されていないし、当業者の出願時の技術常識であったともいえない”

取消理由2(サポート要件)

本件特許の請求項1及び3ないし7に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。

具体的には、

当業者は、本特許明細書の“発明の詳細な説明の記載から、「頭胸部の殻の厚さが0.09mm以上0.21mm以下である未加熱状態のエビを、頭胸部を除去するか又は頭胸部を除去せずに、酢酸、クエン酸及びアスコルビン酸から選ばれる少なくとも一種のアルカリ金属塩を2.0~10.0質量%含有する、pH6.5以上10.0以下の水溶液に浸漬する、殻付きエビの製造方法」及びそれに使用する「浸漬液」は発明の課題を解決できると認識できる。

しかし、本件特許発明1及び3ないし6は、「水溶液」の「pH」の下限が「6.5以上」に特定されていない。

したがって、本件特許発明1及び3ないし6は発明の課題を解決できる範囲のものであるとはいえない。“

取消理由通知に対して、特許権者は意見書及び訂正請求書を提出した(2024年9月13日)。訂正請求は認められ、特許請求の範囲は、以下のように訂正された。

【請求項1】

腹部の身と、腹部の身を被覆する殻とを有し、加熱調理用又は加熱済みであり且つ殻付き状態で喫食できる殻付きエビの製造方法であって、

頭胸部の殻の厚さが0.09mm以上0.21mm以下である未加熱状態のエビを、頭胸部を除去するか又は頭胸部を除去せずに、

酢酸、クエン酸及びアスコルビン酸から選ばれる少なくとも一種のアルカリ金属塩を2.0~10.0質量%含有する、pH6.5以上10.0以下の水溶液に浸漬する、殻付きエビの製造方法。

【請求項2】~【請求項7】 省略

請求項1については、殻付きエビを浸漬する水溶液のpHの下限値を6.5と限定した。

審判官は、訂正された請求項1に係る発明(本件特許発明1)について、取消理由通知書に記載された各取消理由に関して、以下のように判断した。

取消理由1(実施可能要件)について

・“令和6年9月13日に特許権者から提出された意見書に添付された下記参考資料1ないし3によると、甲殻類の殻の厚さをノギスで測定できることは、当業者の技術常識である。また、下記参考資料5に示されるように、本件特許の出願前に甲殻類の殻の厚さを測定可能な小型のノギスがあることも、当業者の技術常識である。

さらに、エビ殻を切り出さずに殻の厚さを測定する場合に、上記意見書に添付された証拠説明書で示されるような方法で行うことは、当業者に過度の試行錯誤を要するものではないといえる。

・ “そうすると、指定箇所のエビ殻を予め約5~7mm角に切り出すことなしに、エビ殻の厚さを測定する方法について、発明の詳細な説明には記載されているとはいえないものの、当業者の技術常識を考慮すれば、指定箇所のエビ殻を予め約5~7mm角に切り出すことなく、エビ殻の厚さを測定した後に、頭胸部を未除去の殻付きエビを浸漬液に浸漬することは、当業者であれば過度の試行錯誤を要することなく実施することができるといえる

・“したがって、取消理由1は解消したといえる。

取消理由2(サポート要件)について”

・本特許明細書の発明の詳細な説明において、“条件を満たす実施例の製造方法(なお、実施例で使用された水溶液のpHは8.4、7.48、8.25、8.9及び8.3のいずれかである。)により製造された殻付きエビが、上記条件を満たさない製造方法により製造された殻付きエビよりも、奥歯で咀嚼したときの殻の硬さ、殻の口残り感、殻の食感及び身の食感が優れていることを確認している。

そうすると、当業者は発明の詳細な説明の記載から、「頭胸部の殻の厚さが0.09mm以上0.21mm以下である未加熱状態のエビを、頭胸部を除去するか又は頭胸部を除去せずに、酢酸、クエン酸及びアスコルビン酸から選ばれる少なくとも一種のアルカリ金属塩を2.0~10.0質量%含有する、pH6.5以上10.0以下の水溶液に浸漬する、殻付きエビの製造方法」及びそれに使用する「浸漬液」は発明の課題を解決できると認識できる。

・したがって、本件特許発明1は、“発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえ”、本件特許発明1に関して、“特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する”。

なお、取消理由として採用しなかった申立理由1(甲1に基づく新規性・進歩性)について、審判官は、以下のように判断した。

・甲第1号証(甲1)には、以下の発明(“甲1エビの漬込み液発明“)が記載されていると認められる。

<甲1エビの漬け込み方法発明>

「表1-1の配合1ないし7、表1-2の配合8ないし12、表2の配合1ないし5及び表3の配合1ないし7に示すいずれかの配合で調整したpHが10を超えないエビの漬込み液に解凍した冷凍バナメイエビ(むきエビ)を漬け込む方法。」

・  本件特許発明1と甲1エビの漬け込み方法発明を対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。

<一致点> 「エビの製造方法であって、エビを酢酸、クエン酸及びアスコルビン酸から選ばれる少なくとも一種のアルカリ金属塩を2.0~10.0質量%含有する、pH10.0以下の水溶液に浸漬する、エビの製造方法。」”

<相違点1-1> 本件特許発明1においては「腹部の身と、腹部の身を被覆する殻とを有し、加熱調理用又は加熱済みであり且つ殻付き状態で喫食できる殻付きエビの製造方法であって、頭胸部の殻の厚さが0.09mm以上0.21mm以下である未加熱状態のエビを、頭胸部を除去するか又は頭胸部を除去せずに」「水溶液に浸漬する」と特定されているのに対し、甲1エビの漬け込み方法発明においてはそのようには特定されていない点。

<相違点1-2> 省略

相違点1-1について検討すると、

甲1には、【0010】にエビの種類及び【0014】に殻付きのエビを用いる場合に関する記載があるものの、「頭胸部の殻の厚さ」については何ら記載されていないし、示唆もされていない。

また、甲1には、甲1エビの漬け込み方法発明において、相違点1-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載はないし、他の証拠にもない。

・“本件特許発明1の奏する「身の食感の劣化を抑制しつつ、殻ごと喫食したときに奥歯で咀嚼したときの殻の硬さが効果的に低減され、殻の口残り感が抑制された殻付きエビが提供される」(発明の詳細な説明の【0011】)という効果は、甲1エビの漬け込み方法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明1の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである。

・“したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲1エビの漬け込み方法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。