特許を巡る争い<108>日清製粉ウェルナ・ホットケーキミックス特許

日清製粉ウェルナの特許第7293113号は、不溶性食物繊維と非難消化性澱粉とを特定量含有することを特徴とする、ホットケーキなどの非発酵ベーカリー食品用ミックスに関する。進歩性欠如とサポート要件違反で異議申立てられたが、いずれの申立理由も認められず、そのまま権利維持された。

株式会社日清製粉ウェルナの特許第7293113号“非発酵ベーカリー食品用ミックス及びバッター”を取り上げる。

特許第7293113号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7293113/15/ja)。

【請求項1】

不溶性食物繊維25~55質量%と、非難消化性澱粉(ただし、小麦澱粉を除く)8~20質量%とを含有する非発酵ベーカリー食品用ミックス。

【請求項2】~【請求項6】 省略

本特許明細書には、本発明のベーカリー食品用ミックスは、“非発酵ベーカリー食品の製造に特に好適である。非発酵ベーカリー食品は、ベーカリー食品用ミックス(粉体原料)に液体を添加・混捏して得られた生地を、発酵させずに焼成等の加熱処理に供して製造される、即ち生地の発酵を伴わずに製造されるベーカリー食品である”と記載されている。

そして、本発明のベーカリー食品用ミックス又はバッターとして、“ワッフル、パンケーキ、ホットケーキ、バターケーキ、お好み焼、たこ焼き、大判焼、小判焼、たい焼き”が例示されている。

本特許発明で用いられる“不溶性食物繊維”は、“水に不溶な食物繊維であり、これらの不溶性食物繊維の中でも、特に難消化性澱粉は、ベーカリー食品用ミックスを用いて得られる生地ないしベーカリー食品の粉っぽさの低減効果が高いため、本発明で好ましく用いられる”と記載されている。

また、本特許発明で用いる“非難消化性澱粉”は、“前述した不溶性食物繊維の一種である難消化性澱粉(健常人の消化管で消化吸収されない澱粉)以外の澱粉であり、健常人の消化管で消化吸収され得る澱粉である”と記載されており、特に“ワキシーコーンスターチ又は地下系澱粉は、ベーカリー食品の柔らかな食感が高まるため、本発明で好ましく用いられる”と記載されている。

本特許は、国際出願されて国際公開(2019年1月17日)されたのち、国内移行(2019年10月23日)の手続きがされ審査請求された。

国際公開広報に記載された特許請求の範囲は、以下である( WO2019/013315、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/WO-A-2019-013315/50/ja)。

【請求項1】

不溶性食物繊維10~70質量%と、非難消化性澱粉3~20質量%とを含有するベーカリー食品用ミックス。

【請求項2】~【請求項7】 省略

請求項1については、不溶性食物繊維及び非消化性澱粉の含有量、非消化性澱粉として小麦澱粉を除く、並びにベーカリー食品用ミックスとして、非発酵ベーカリーに限定することによって、特許査定を受けている。

公報発行日(2023/06/19) の半年後(2023/12/19)、一個人名で異議申立てされた(

異議2023-701333、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2019-529796/10/ja)。

審理の結論は、以下であった。

“ 特許第7293113号の請求項1ないし6に係る特許を維持する”。

異議申立人が提出した特許異議申立書に記載された申立理由は、以下の2つであった。

(1)“ 申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性)

本件特許発明1ないし6は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証:特開2017-55662号公報

(2)“申立理由2(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである“。

具体的には、以下の内容であった。

・“非発酵食品には様々な食品が含まれ、それぞれの食品によって好まれる食感が異なるところ、本件特許明細書の実施例には、ホットケーキミックスに適用した実施例しかなく、他の全ての非発酵食品について、同様な効果が奏されるかは当業者であっても予測できない。”

・“また、不溶性食物繊維に関しても、様々な種類ものがあり、それぞれの食物繊維含有量は異なり、性状も著しく異なっている。この点、食物繊維含有量が大きく異なる不溶性食物繊維を包含していることが示されている。

・本件明細書の段落0017には、「非難消化性澱粉としては、ベーカリー食品に通常用いられる難消化性澱粉以外のいわゆる通常の澱粉を特に制限なく用いることができ“と記載されているが、”未加工澱粉や、加工澱粉は、澱粉の原料や加工方法の違いによって、それぞれの特性が大きく異なることは当業者の常識である。

・“してみると、本件特許明細書の実施例に記載された、ホットケーキミックスの配合において、不溶性食物繊維として、セルロース、タピオカ難消化性澱粉を用い、非難消化性澱粉として、ワキシーコーンスターチ、コーンスターチ、馬鈴薯澱粉を用いただけの実験データから、他の全ての非発酵ベーカリー食品に対して、他の全ての不溶性食物繊維と非難消化性澱粉との組合せにおいて、本件明細書の実施例に記載されたのと同様な食感改善効果が得られるとは、当業者であっても予測することができない。

以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理内容を紹介する。

(1)申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性)についての審理結果

甲第1号証(甲1)は、発明の名称が「食品用組成物」であり、請求項1は以下である。

【請求項1】バッター生地を調製し、該バッター生地を焼成、油ちょう又は蒸すことにより、食品を製造するための食品用組成物において、低糖質食品原料と、麹とを含有することを特徴とする食品用組成物。

また、請求項4、7及び8は、以下のようである。

【請求項4】前記低糖質食品原料が、難消化性澱粉、難消化性デキストリン、大豆粉、豆乳粉末、おから、フスマ、セルロース、ポリデキストロース、小麦食物繊維、大豆食物繊維、難消化性グルカン、寒天、こんにゃく粉、アーモンドプードル、ナッツ粉末、小麦蛋白、大豆蛋白、エンドウ豆蛋白、卵蛋白から選ばれた少なくとも1種である請求項1~3のいずれか1つに記載の食品用組成物。

【請求項7】乾燥物換算にて、更に、小麦粉を5~50質量%含有する請求項1~6のいずれか1つに記載の食品用組成物。

【請求項8】たこ焼き、お好み焼き、鯛焼き、ホットケーキ、ドーナツ、マフィン、カップケーキ、パウンドケーキ、スポンジケーキ、シュー、蒸しパンから選ばれた1種からなる食品を製造するために用いられる請求項1~7のいずれか1つに記載の食品用組成物。

審判官は、進歩性について、以下のように判断した。

甲第1号証(甲1)には、実施例として、特定の配合で調製されたミックス粉(甲1発明1)が開示されている。

本件特許発明1と甲1発明1を対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。

“<一致点> 「不溶性食物繊維25~55質量%と、非難消化性澱粉を含有する非発酵ベーカリー食品用ミックス。」

<相違点1-1>「非難消化性澱粉」に関して、本件特許発明1においては、「(ただし、小麦澱粉を除く)」と特定されているのに対し、甲1発明1においては、「ミックス粉」に含まれる「小麦澱粉」である点。“

<相違点1-2> 省略

相違点1-1について検討すると、“甲1には、甲1発明1において、「ミックス粉」に含まれる「小麦澱粉」に代えて、他の「非難消化性澱粉」を用いることの動機付けとなる記載はない。”

甲第2号証(甲2)には、食物繊維を35~65質量%、ならびにコーンスターチ、タピオカ澱粉、馬鈴薯澱粉、甘藷澱粉、サゴ澱粉、及びこれらの改質澱粉である澱粉を20~53質量%含有する食物繊維含有食品が記載されている。

甲第2号証:特開2011-41487号公報

甲第3号証(甲3)には、不溶性食物繊維を5.0~20.0質量%、小麦澱粉などからなる群から選ばれる1種又は2種以上からなる澱粉を20~45質量%含有する焼き菓子が記載されている。

甲第3号証:特開2014-140363号公報

しかし、甲2及び甲3のいずれにも、“甲1発明1において、「ミックス粉」に含まれる「小麦澱粉」に代えて、他の「非難消化性澱粉」を用いる動機付けとなる記載はない。”

“したがって、甲1発明1において、甲1ないし3に記載された事項を考慮しても、相違点1-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。”

以上の理由で、審判官は、“相違点1-2について検討するまでもなく、本件特許発明1は甲1発明1及び甲1ないし3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。

(2)申立理由2(サポート要件)についての審理結果

審判官は、サポート要件について、以下のように判断した。

・本特許明細書の発明の詳細な説明によると、“件特許発明1ないし5の解決しようとする課題は「食物繊維を含有し低糖質且つ低カロリーでありながらも、食感に優れた非発酵ベーカリー食品を製造可能な非発酵ベーカリー食品用ミックスを提供すること」である”。

“発明の詳細な説明には、本件特許発明1ないし6に対応する記載があり”、“「不溶性食物繊維」及び「非難消化性澱粉」の具体例並びにそれらの含有量の技術的意義が記載されている。また、発明の詳細な説明において、実施例及び参考例が、そうでない比較例と比べて、ホットケーキの食感に優れていることを確認している。“

そうすると、発明の詳細な説明の上記記載から、当業者は「不溶性食物繊維10~70質量%と、非難消化性澱粉3~20質量%とを含有する非発酵ベーカリー食品用ミックス」及び「ベーカリー食品用ミックス100質量部と、60質量部を超える液体との混合物を含み、前記ベーカリー食品用ミックスが、不溶性食物繊維10~70質量%と、非難消化性澱粉3~20質量%とを含有する、バッター」は、発明の課題を解決できると認識できる。

異議申立人の主張については、以下の理由で採用できない。

「ホットケーキ」は「ベーカリー食品」又は「非発酵ベーカリー食品」として、特殊なものではないから、「ホットケーキ」において奏される効果は、程度の差はあれ、他の「ベーカリー食品」又は「非発酵ベーカリー食品」においても奏されると当業者は理解するし、そうでないとする具体的な証拠が示されている訳でもない。

セルロース」及び「タピオカ難消化性澱粉」は、「不溶性食物繊維」として、特殊なものではないから、これらを用いることで奏される効果は、程度の差はあれ、他の「不溶性食物繊維」を用いることでも奏されると当業者は理解するし、そうでないとする具体的な証拠が示されている訳でもない。

「ワキシーコーンスターチ」、「コーンスターチ」及び「馬鈴薯澱粉」は、「非難消化性澱粉」として、特殊なものではないから、これらを用いることで奏される効果は、程度の差はあれ、他の「非難消化性澱粉」を用いることでも奏されると当業者は理解するし、そうでないとする具体的な証拠が示されている訳でもない。

以上の理由で、審判官は、“本件特許発明1ないし6は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえ、本件特許発明1ないし6に関して、特許請求の範囲はサポート要件に適合する”と結論した。