株式会社エル・エスコーポレーションの特許第7281031号は、キノコ成分を有効成分として含む、加齢に伴う注意力低下を改善する組成物に関する。進歩性欠如と記載不備の理由で異議申立されたが、いずれの主張も認められず、権利維持された。
株式会社エル・エスコーポレーションの特許第7281031号“加齢に伴う持続的注意力低下の改善用の組成物”を取り上げる。株式会社エル・エスコーポレーションは、食品等の製造販売会社である(https://www.ls-corporation.co.jp/)。
特許第7281031号の特許請求の範囲は、以下である( https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7281031/15/ja)。
【請求項1】 L-エルゴチオネインを有効成分として含有する、加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善用の組成物。
【請求項2】~【請求項8】省略
本特許明細書には、“L-エルゴチオネイン”はアミノ酸の一種であり、“食品用途や医薬品用途での消化性、安全性、味覚等の観点から、L-エルゴチオネインを含むキノコ類や酒粕などからの抽出物を用いることが好ましい”と記載されている。
そして、L-エルゴチオネインを抽出するキノコ類として、タモギタケやエノキタケなどが例示されており、“これらの中でも、タモギタケは、国内での採取が容易でもある”と記載されている。
また、本特許発明の“本改善用組成物”は、“加齢に伴う言語記憶力の改善、及び、加齢に伴う注意力(持続的注意力、単純注意力)の改善にも有用である。そのため、高齢者や中年層における言語記憶力、及び、注意力を改善することができる”と記載されている。
本特許は、公開日(2022年9月8日)の直前(2022年7月21日)に早期審査請求され、2023年2月21日に特許査定を受けている。
公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2022-132561 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-132561/11/ja)。
【請求項1】 L-エルゴチオネインを有効成分として含有する、加齢に伴う持続的注意力低下の改善用の組成物。
【請求項2】~【請求項8】省略
請求項1は、用途を“単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善用”に補正することによって、特許査定を受けている。
特許公報発行日(2023年5月25日)の約6か月後、一個人名で異議申立てがなされた(異議2023-701230 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7281031/15/ja)。
審理の結論は、以下のようであった。
“特許第7281031号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。”
特許異議申立人が主張した異議申立理由は、以下の7項目であった。
(1)“申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし8は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第1号証:三田村萌恵ほか、タモギタケ含有成分エルゴチオネインによる学習機能向上効果、日本食品科学工学会 第63回大会講演集、2016年、p.95(2Ep1)
(2 )“申立理由2(甲第2号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし8は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第2号証:「食品と開発」編集部、認知・ストレス・睡眠改善機能を持つ素材開発、食品と開発、2016年、Vol.51、No.10、p.20~30
(3)“申立理由3(甲第3号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし8は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第3号証:Food and Chemical Toxicology、2012年,Vol.50、p.3902~3911
(4)“申立理由4(甲第4号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし8は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第4号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第4号証:FOOD STYLE 21、2017年、Vol.21、No.2、p.21~24
(5 )“申立理由5(サポート要件)
“本件特許明細書の図11には、コグニトラックス検査で評価した持続的注意力の結果が示されているが、エルゴチオネインを摂取した群と、摂取しなかったプラセボ群において、12週の時点での持続的注力のスコアに差がない。そして、図11の結果からは、エルゴチオネインを含有する組成物が、加齢に伴う、持続的注意力に基づく注意力低下の改善作用を有意に有することを客観的に確認できない。よって、本件特許発明1ないし8は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない。”
(6)“申立理由6(実施可能要件)
申立理由5と同様な根拠で、“当業者は、エルゴチオネインを含有する組成物を実際に用いた場合に、加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善効果が発揮されるか否かについてさらに検討を要し、当業者にとって過度の負担を強いるものである。よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1ないし8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。”
(7)“申立理由7(明確性要件)
“本件特許発明1は「加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善用の組成物」であるが、「単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力」とは、具体的にどのような注意力や症状であるのか、その外延が不明である。したがって、本件特許発明1はその範囲が不明確である。本件特許発明2ないし8についても同様に、その範囲が不明確である。“
以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
(1) 申立理由1(甲1に基づく進歩性)についての審理
審判官は、申立理由1について、以下のように判断した。
・甲第1号証(甲1)には、以下の“甲1発明”が記載されている。
“<甲1発明>「タモギダケ含有成分エルゴチオネインによる学習機能向上のための、タモギダケエキス末を含む組成物。」“
・本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。
“<一致点>「L―エルゴチオネインを有効成分として含有する、組成物。」
<相違点1-1> 本件特許発明1は、「加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善用」との特定を有するのに対し、甲1発明は、そのような特定がない点。“
・ 相違点1-1について、“甲1及び他の全ての証拠をみても、甲1発明の組成物が、加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善用に適するとの記載はなく、示唆もない。”
・特許異議申立人は、甲第1~4号証の記載から、“学習機能等の認知機能改善効果が知られているエルゴチオネインを摂取させて、コグニトラックス試験を行い、学習機能以外の認知機能が改善されるかを確認することも、当業者であれば容易であ”り、“甲第1~4号証に記載された脳機能改善等のためのエルゴチオネインを含む組成物を、本件出願時の技術常識に基づき”、“加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善のために用いることに容易に想到することができた。」と主張している。”
・しかし、甲1~4号証には、“甲1発明における、L-エルゴチオネインを有効成分として含む組成物が、「加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善」に寄与することは、いずれの証拠にも示されていないから、甲1発明の組成物を、相違点1-1に係る「加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下の改善用」とすることは、当業者をして容易に想起し得る事項であるとはいえない。”
・“本件特許発明1は、加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力低下を改善する、という効果を奏するものであり、このような効果は、甲1発明及び他のいずれの証拠からも、予測される範囲のものであるとはいえない。“
以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。
(2 ) 申立理由2(甲2に基づく進歩性)についての審理
審判官は、申立理由2について、以下のように判断した。
・甲第2号証(甲2)には、以下の“甲2発明”が記載されている。
“<甲2発明>「脳機能に着目した、タモギ茸由来のエキス粉末で、抗酸化活性の高いエルゴチオネインの含量を1%以上で含有するアミノチオネイン(R)。(当審注:(R)は丸囲みにRで登録商標を表す。)」“
・ 本件特許発明1と甲2発明との対比で認められる一致点及び相違点2-1(省略)は、“本件特許発明1と甲1発明との一致点、相違点1-1と同一であ”り、相違点2-1は、上記し申立理由1の“相違点1-1と同旨であるから、申立理由1と”同様に判断される“。
以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。
(3 ) 申立理由3(甲3に基づく進歩性)についての審理
審判官は、申立理由3について、以下のように判断した。
・甲第3号証(甲3)には、以下の“甲3発明”が記載されている。
“<甲3発明>「マウスの記憶力及び学習能力の低下に対する保護のためにマウスに投与されたEGT(エルゴチオネイン)」”
・ 本件特許発明1と甲3発明との対比で認められる一致点及び相違点3-1(省略)は、“本件特許発明1と甲1発明との一致点、相違点1-1と同一であ”り、相違点3-1は、上記し申立理由1の“相違点1-1と同旨であるから、申立理由1と”同様に判断される“。
以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。
(4) 申立理由4(甲4に基づく進歩性)についての審理
審判官は、申立理由4について、以下のように判断した。
・甲第4号証(甲4)には、以下の“甲4発明”が記載されている。
“<甲4発明>「神経分化の促進、神経障害の保護、老化促進動物における記憶障害の抑制のためのエルゴチオネイン。」“
・ 本件特許発明1と甲4発明との対比で認められる一致点及び相違点4-1(省略)は、“本件特許発明1と甲1発明との一致点、相違点1-1と同一であ”り、相違点4-1は、上記し申立理由1の“相違点1-1と同旨であるから、申立理由1と”同様に判断される“。
以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は甲4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。
(5)申立理由5(サポート要件)についての審理
審判官は、申立理由5について、以下のように判断した。
・“本件特許の発明の詳細な説明によると、本件特許発明の解決しようとする課題は、“記憶・学習以外の認知機能改善に有用な組成物、及び、その組成物の製造方法を提供することである。”
・“本件特許の発明の詳細な説明には、当該発明の課題を解決するための手段が記載され”、“L―エルゴチオネインを有効成分として含有するか、あるいは、タモギダケ抽出物を有効成分として含有する組成物により、加齢に伴う持続的注意力の改善、又は、加齢に伴う単純注意力の改善がされることが記載されている。”
そして、L―エルゴチオネインの摂取量及び組成物の製造方法について記載されている。
また、“エルゴチオネイン摂取群(被験食品群)とプラセボ摂取群(対照群)を用いたプラセボ対照ランダム化並行群間二重盲検比較試験を実施して”、 “コグニトラックス検査における持続的注意力及び単純注意力の変化量をエルゴチオネイン摂取群とプラセボ摂取群とで比較検討した結果が記載されている。”
・“そうすると、当業者はこれらの記載事項から、L-エルゴチオネイン又はタモギタケ抽出物を有効成分として含有する組成物は、加齢に伴う、単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力の低下を改善する機能を有し、記憶・学習以外の認知機能改善に有用であり、すなわち、発明の課題を解決できると認識できる。”
・特許異議申立人が指摘するように、“本件特許明細書の【図11】のコグニトラックス検査で評価した持続的注意力に関する評価結果において、エルゴチオネイン摂取群とプラセボ群とは、12週の時点でのスコアには差がないが、本件特許の発明の詳細な説明の【0071】においても記載されているとおり、4週時には有意傾向(p<0.1)が確認される。したがって、本件特許発明1ないし8は、発明の課題を解決するものであり、特許異議申立人の主張は採用し得ない。”
(6) 申立理由6(実施可能要件)についての審理
審判官は、申立理由6について、以下のように判断した。
・“本件特許の発明の詳細な説明の記載には、本件特許発明1ないし8の各発明特定事項について具体的に記載され、実施例についてもその製造方法を含め具体的に記載されている。
したがって、発明の詳細な説明において、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1ないし8を生産し、使用することができる程度の記載があるといえる。
よって、本件特許発明1ないし8に関して、発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を充足する。“
・特許異議申立人の主張は、申立理由5と同様であり、同様の理由で採用しない。
(7 )申立理由7(明確性要件)についての審理
審判官は、申立理由7について、以下のように判断した。
・ “本件特許の請求項1ないし8の記載は”、“それ自体に不明確な記載はなく、本件特許の明細書の記載及び図面とも整合する。”
・“したがって、本件特許発明1ないし8に関して、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。“
・特許異議申立人の主張については、“本件特許発明1ないし8の「単純注意力及び持続的注意力に基づく注意力」は、本件特許の発明の詳細な説明【0042】ないし【0072】において、その検証に使用されているコグニトラックス検査の単純注意力、持続的注意力の項目において試験される内容を参酌して理解されるとおりものであり、特許請求の範囲の記載に、その具体的症例等を付して特定をしなくても、第三者の利益が不当に解されるほどに不明確であるとはいえない。 よって、特許異議申立人の主張は採用し得ない。”