特許を巡る争い<102>ハウス食品・卵加熱調理用調味料特許

ハウス食品株式会社の特許第7219556号は、オムレツなどの卵加熱料理において、パセリなどの鉄分を含む香辛料を使用して加熱調理した時に生じる色調の変化を抑制できる食品調味料に関する。新規性及び進歩性欠如の理由で異議申立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

ハウス食品株式会社の特許第7219556号“卵加熱調理食品用調味料”を取り上げる。

特許第7219556号の特許請求の範囲は、以下である

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-7219556/AA024C525C5E37A931A0944696D4AB1450C9BCC90B2B61BCADFC05565F44BAC6/15/ja)。

【請求項1】

香辛料100gあたり20mgより多くの鉄分を含む香辛料、

酸味料、及び、澱粉又は加工澱粉を含む、卵加熱調理食品用調味料であって、

前記卵加熱調理食品が、オムレツ、卵焼き、厚焼き卵、フラン、スクランブルエッグ、プリン、又はキッシュであり、

前記香辛料が、タラゴン、ディル、バジル、パセリ、タイム、マジョラム、チャイブ、ターメリック、クミンシード、ローレル、オレガノ、パクチー、セイボリー、及びセージからなる群より選択される1種以上である、調味料。

【請求項2】~【請求項6】省略

本特許明細書には、本特許発明の解決する課題に関して、“鉄分を含む香辛料を卵の加熱調理に使用すると、卵中の硫黄分と鉄分とが反応して硫化鉄が生じるため、卵加熱調理食品全体の色が黒緑色になりやすく、卵らしい黄色にはならない。加熱前の卵液のpHを下げると、卵加熱時の色調の変化を抑えることができるが、この場合には、卵液が固まりにくく成形性が悪くなり、ふっくらとした食品を作製することができない”と記載されている。

そして、“本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、鉄分を含む香辛料に加えて、酸味料及び澱粉又は加工澱粉を使用することで、卵加熱時の色調の変化が抑制され、かつ良好な成形性が維持された卵加熱調理食品を作製できることを見出し、本発明を完成させた。”と記載されている。

本特許発明における“酸味料”について、“酸味を付与したり、酸化を防止したり、pHを低下させたりするために通常使用される食品添加物のことをいう。前記酸味料としては、当技術分野で通常使用されるものを特に制限されることなく採用することができ、例えば、前記酸味料は、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、酢酸、及び乳酸、並びにこれらの塩からなる群より選択される1種以上であってもよい”と記載されている。

本特許発明における“澱粉又は加工澱粉”について、“当技術分野で通常使用されるものを特に制限されることなく採用することができ、例えば、前記澱粉又は前記加工澱粉は、α化されたものであってもよく、β化されたものであってもよい。また、前記加工澱粉は、リン酸架橋澱粉又はヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉であってもよい。前記澱粉又は前記加工澱粉が卵液中に添加されると、卵液のpHの低下により成形性が損なわれるような場合であっても、pH低下前の水準まで成形性を改善することができる”と記載されている。

なお、本特許発明における“成形性”について、加熱調理時の卵液の固まりやすさのことをいい、卵液の成形性が高いと、前記加熱調理食品の成形が容易になる” と記載されている。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2019-216611、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-216611/AA024C525C5E37A931A0944696D4AB1450C9BCC90B2B61BCADFC05565F44BAC6/11/ja)。

【請求項1】

鉄分を含む香辛料、酸味料、及び、澱粉又は加工澱粉を含む、卵加熱調理食品用調味料。

【請求項2】~【請求項8】 省略

請求項1についてみると、含有する香辛料の種類及び含有量並びに卵加熱調理食品の種類を限定することによって、特許査定を受けている。

公報発行日(2023年2月8日)の約6か月後、一個人名で異議申立てがされた。

審理の結論は、以下のようであった(異議2023-700773、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-114205/AA024C525C5E37A931A0944696D4AB1450C9BCC90B2B61BCADFC05565F44BAC6/10/ja)。

特許第7219556号の請求項1に係る特許を維持する。

異議申立人が特許異議申立書に記載した申立理由は、いずれも本特許請求項1に係る発明(本件特許発明)に関してであり、以下の2点であった。

1  申立理由1(甲第1ないし3号証いずれかに基づく新規性)

本件特許発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1ないし3号証いずれかに記載された発明であ“る。

甲第1号証:特開2019-37162号公報

【発明の名称】イソアミルアルコール高含有調味料組成物およびその製造方法(出願人;テーブルマーク株式会社)

甲第2号証:特開2010-172315号公報

【発明の名称】卵焼き用加工液卵及び卵焼き(出願人;キユーピー株式会社、株式会社カナエフーズ)

甲第3号証:甲第3号証:特開平10-276713号公報

【発明の名称】卵料理用調味料組成物(出願人;ライオン株式会社)

2  申立理由2(甲第5号証に基づく進歩性)

本件特許発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第5号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第5号証:特開2002-360200号公報

【発明の名称】スパイス・ハーブ入り冷凍揚げ物およびその冷凍揚げ物用衣材(出願人;株式会社カネカサンスパイス)

各申立理由に対する審判官の判断は、以下のようであった。

(1)甲第1号証(甲1)に基づく新規性について

・“ 本件特許の出願日は平成30年6月15日であるところ、甲1は、平成31年3月14日に公開されたものであるから、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものではない。

したがって、甲1に基づく新規性の理由は採用できない。

異議申立人が主張するように、“甲1を特許法第29条の2(いわゆる拡大先願)の証拠としてみても、甲1に、特許異議申立人が特許異議申立書第8ページで認定するような発明が記載されているとは認められず、本件特許発明は甲1に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえない。”

(2)甲第2号証(甲2)に基づく新規性について

・甲2には、以下の発明(甲2発明)が記載されていると認められる。

<甲2発明>  “クエン酸撹拌混合し60℃で加熱後、500g容ポリエチレン製パウチに500gずつ充填密封し、-20℃の保冷庫に1日保管することで、得た卵焼き用加工液卵”

・本件特許発明と甲2発明を対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。

<一致点>「酸味料を含む、卵加熱調理食品用の材料であって、前記卵加熱調理食品が、オムレツ、卵焼き、厚焼き卵、フラン、スクランブルエッグ、プリン、又はキッシュである、材料。」

<相違点2a>本件特許発明においては、「タラゴン、ディル、バジル、パセリ、タイム、マジョラム、チャイブ、ターメリック、クミンシード、ローレル、オレガノ、パクチー、セイボリー、及びセージからなる群より選択される1種以上である」「香辛料100gあたり20mgより多くの鉄分を含む香辛料」「を含む」と特定されているのに対し、甲2発明においては、そのようには特定されていない点。

<相違点2b>本件特許発明においては、「澱粉又は加工澱粉を含む」と特定されているのに対し、甲2発明においては、そのようには特定されていない点。“

<相違点2c>「オムレツ、卵焼き、厚焼き卵、フラン、スクランブルエッグ、プリン、又はキッシュ」である「卵加熱調理食品」の「材料」に関して、本件特許発明においては、「卵加熱調理食品用調味料」と特定されているのに対し、甲2発明においては、「卵焼き用加工液卵」と特定されている点。

・“甲2には、「卵焼き用加工液卵」に配合することができるものとして、「食酢」等の酸味料(甲2の【0016】)、「馬鈴薯澱粉、トウモロコシ澱粉、うるち米澱粉、小麦澱粉、タピオカ澱粉、ワキシコーンスターチ、もち米澱粉」等の澱粉(同【0016】)、「カレー粉」及び「パセリ、バジル」等の香辛料(同【0027】)が記載されているが、いずれも「適宜選択し配合することができる」ものの例として他の多くのものと共に挙げられているにすぎないから、特許異議申立人が特許異議申立書第9及び10ページでするような発明の認定はできない。

・“本件特許発明と甲2発明の間に相違点2aないし2cがある以上、本件特許発明は甲2発明であるとはいえない。

(3)甲第3号証(甲3)に基づく新規性について

甲3には、以下の発明(甲3発明)が記載されていると認められる。

<甲3発明>「そぼろ卵やスクランブルエッグ等のそぼろ状の卵加熱料理用調味料組成物。」

本件特許発明と甲3発明を対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。

<一致点>「卵加熱調理食品用の卵加熱調理食品用調味料であって、前記卵加熱調理食品が、オムレツ、卵焼き、厚焼き卵、フラン、スクランブルエッグ、プリン、又はキッシュである、調味料。」

<相違点3a>本件特許発明においては、「タラゴン、ディル、バジル、パセリ、タイム、マジョラム、チャイブ、ターメリック、クミンシード、ローレル、オレガノ、パクチー、セイボリー、及びセージからなる群より選択される1種以上である」「香辛料100gあたり20mgより多くの鉄分を含む香辛料」「を含む」と特定されているのに対し、甲3発明においては、「カレー粉,サフラン,ガーリック,パプリカ,バジル,パセリ等の各種香辛料などを1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて配合し」と特定されているものの、「カレー粉」、「バジル」又は「パセリ」が必ず配合されているとは特定されていない点。

<相違点3b>本件特許発明においては、「酸味料」「を含む」と特定されているのに対し、甲3発明においては、「酸味料」「などを1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて配合し」と特定されているものの、「酸味料」が必ず配合されているとは特定されていない点。

<相違点3c>本件特許発明においては、「澱粉又は加工澱粉を含む」と特定されているのに対し、甲3発明においては、「澱粉」「などを1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて配合し」と特定されているものの、「澱粉」が必ず配合されているとは特定されていない点。“

甲3には、「卵加熱料理用調味料組成物」に配合できるものとして、「酸味料」、「澱粉」、「カレー粉」及び「バジル,パセリ等の各種香辛料」が記載されているが、いずれも「1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて配合することができ」るものの例として他の多くのものと共に挙げられているにすぎず、また、同【0037】には、実施例8として、「パセリフレーク」が配合された「卵加熱料理用調味料組成物」が記載されているものの、該「卵加熱料理用調味料組成物」には「酸味料」及び「澱粉」は配合されていないことから、特許異議申立人が特許異議申立書第10ページでするような発明の認定はできない。”

・“上記のとおり、本件特許発明と甲3発明の間に相違点3aないし3cがある以上、本件特許発明は甲3発明であるとはいえない。

(4)甲第5号証(甲5)に基づく進歩性について

甲5には、以下の発明(甲5発明)が記載されていると認められる。

<甲5発明>「卵焼き・厚焼き卵・錦糸卵・オムレツ等の卵製品に適用できるクローブ、オールスパイス、オレガノ等のスパイス・ハーブ。」

本件特許発明と甲5発明を対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。

<一致点>「香辛料100gあたり20mgより多くの鉄分を含む香辛料を含む、卵加熱調理食品用の卵加熱調理食品用調味料であって、前記卵加熱調理食品が、オムレツ、卵焼き、厚焼き卵、フラン、スクランブルエッグ、プリン、又はキッシュである、調味料。」 

<相違点5a> 省略

<相違点5b>本件特許発明においては「澱粉又は加工澱粉を含む」と特定されているのに対し、甲5発明においてはそのようには特定されていない点。

・“相違点5bについて検討する”と、“甲5には、「澱粉を用いるのが好ましい」旨の記載がある(甲5の【0008】)が、該記載は「揚げ物」をする際に用いる「まぶし粉」に関する記載であって、衣を有さない「卵焼き・厚焼き卵・錦糸卵・オムレツ等の卵製品」に適用する場合に関する記載ではないから、特許異議申立人が特許異議申立書第11ページでするような発明の認定はできない。”

・“甲5には、揚げ物の衣の材料として澱粉を用いることが記載されている(甲5の【0007】及び【0008】)ものの、衣を有さない食品である「卵焼き・厚焼き卵・錦糸卵・オムレツ等の卵製品」に澱粉を用いることは記載も示唆もされていない。

そうすると、甲5には、甲5発明において、相違点5bに係る本件特許発明の発明特定事項を採用する動機付けとなる記載があるとはいえないし、他の証拠にもあるとはいえない“ことから、”甲5発明において、甲5及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点5bに係る本件特許発明の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

本件特許発明の奏する「卵加熱時の色調の変化を抑えつつ、卵加熱調理食品の成形性を維持することができる。したがって、卵らしい黄色の色調を有しつつ、容易に成形可能な卵加熱調理食品を作製することが可能となる。」(本件特許の発明の詳細な説明の【0006】)という効果は、甲5発明並びに甲5及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明の構成から当業者が予測することのできる範囲の効果を超える顕著なものである。

・“したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明は、甲5発明並びに甲5及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。