特許を巡る争い<92>丸大食品vsプリマハム 食肉製品製造法特許 (その1)の続き
丸大食品は訂正請求した認められた特許請求の範囲について審理され、プリマハムが主張した新規性欠如・進歩性欠如・記載不備の無効理由はいずれも採用されず、訂正された請求項は権利維持された。
(3)無効理由2-2(甲第2号証に基づく進歩性)についての審理結果
甲第2号証(特開2007-129948号公報)は、【発明の名称】食肉の加工方法、【出願人】伊藤ハム株式会社で、請求項1は、“発色剤を含まない調味剤と共に漬け込みを行った原料肉を加熱し、および、加熱をした原料肉を密閉系内で加圧する、工程を含むことを特徴とする食肉の加工方法。”である。
審判官は、甲第2号証に記載された発明として、以下の甲2発明を認めた。
“<甲2発明>
「発色剤を含まない調味剤と共に漬け込みを行った原料肉を加熱し、および
、加熱をした原料肉を、密閉系内で5~15分間、500MPa~625M
Pa、約6~20℃で加圧する、工程を含む食肉の加工方法。」“
審判官は、本件発明1と甲2発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
<一致点>”「肉を高圧処理することを含む、食肉製品の製造方法であり、
高圧が、100~1000MPaであり、高圧処理時の温度が4~35℃である、
方法。」”
<相違点2-1> 省略
”<相違点2-2> 製造方法に関し、本件発明1は「乳酸菌の増殖が抑制された」ものであるのに対し、甲2発明はこの点を特定しない点
<相違点2-3>食肉製品に関し、
本件発明1は、肉に「有機酸又はその塩」を「添加」し、「有機酸又はその塩が、フマル酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種であり、食肉製品中、有機酸又はその塩の総量が、0.005~0.5質量%である」のに対し、
甲2発明は、「発色剤を含まない調味剤と共に漬け込みを行った原料肉」である点”
上記相違点2-2及び2-3について、審判官は以下のように判断した。
・“甲7には、グラム陽性菌に対する抗菌剤としてフマル酸を利用すること、及び、その添加量は、通常1ppm以上であり、10~8000ppm程度であることは周知の事項であるとしても、
甲2発明の発色剤を含まない調味剤と共に漬け込みを行った原料肉に対して、多種多様に存在する抗菌剤の中から、フマル酸を総量が、0.005~0.5質量%であるように添加する動機付けはない。“
・“請求人の提示する証拠には、フマル酸により乳酸菌の増殖が抑制されたことを示すものはない。”
・請求人は、上記相違点2-2及び2-3に関し、
甲第14号証には、
“加工肉製品の抗菌処理において、高圧加工(HPP)が使用されていること“、
”高圧処理の条件として、圧力は一般に約300から約900MPaであること“
“温度は一般に約80℃未満であり、より好ましくは約20℃から約50℃であること”
“高圧加工時間は一般に約1から約20分であり、より典型的な場合は約3から約10分であること”
“甲第14号証に記載の発明は、リステア菌、乳酸桿菌(ラクトバチルス)等に対して効果的であること”が記載されており、
“甲2発明と甲第14号証に記載された発明は、いずれも食品の殺菌処理に関するものであ”り、“甲2発明においても、甲第14号証に記載された発明と同様に、リステア菌や乳酸桿菌等の増殖を抑制するという課題が存在するといえ”ることから、
“甲2発明において、甲第14号証に記載された発明を参酌して、乳酸菌の増殖を抑制することは当業者が容易に想到し得ることで”ある等を主張する。
・また、相違点2-3について、”高圧処理において、抗菌剤を添加することにより相乗的に抗菌作用が向上することは本願出願日前に広く知られた技術であり“、”抗菌剤としてフマル酸がグラム陽性菌(乳酸菌)に対して発育を阻止することも本願出願日前に広く知られた技術であることから、
“甲2発明において、高圧処理との相乗作用を期待して、抗菌剤を添加することは当業者が容易になし得ることであり、その際に、抗菌剤としてフマル酸を選択することに格別な困難性も”なく、“本件特許発明の明細書を参酌しても、抗菌剤として、フマル酸を使用することが、他の抗菌剤を使用した場合と比較して特段優れた効果も認められ”ないと主張する。
・しかし、甲14の特許請求の範囲の請求項1に記載されているのは、”「食品を処理して該食品中に存在する可能性のある微生物を不活性化する方法であって、食用フェノール系化合物を含む組成物で前記食品を処理すること、および前記処理した食品を少なくとも約300MPaの圧力にかけることを含むことを特徴とする方法」が、様々な微生物に対して効果的であることを述べているのであって、様々な微生物が存在するなかで、乳酸菌に特に着目しているものではない。”
・また、甲1には、“抗菌剤として所定量のフマル酸を添加することは記載されているが、抗菌剤との記載にとどまり、甲1における抗菌剤が対象とする菌が、乳酸菌であることが記載されているものでもなく、乳酸菌であるという技術常識もない。”
・“一方で、本件特許明細書の実施例及び比較例において、フマル酸製剤を0.2質量%付与しただけの乳酸菌の推移とフマル酸製剤を0.2質量%付与すると共に高圧も付与したときの乳酸菌の推移を比較すると、高圧を付与すると共にフマル酸製剤を添加することによる乳酸菌増殖抑制に対しての相乗効果が確認できる。そうすると、請求人の上記主張はいずれも失当であって採用できない。”
以上の理由から、審判官は、“相違点2-2及び2-3は、当業者が容易に想到し得たものということはできない。
よって、相違点2-1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない“と結論した。
(4)無効理由4(サポート要件)についての審理結果
請求人は、訂正請求により、“請求項1及び2に、「高圧処理時間が5分未満であり」という発明特定事項が追加された”が、“「高圧処理時間」の下限値が設定されていないことから、例えば、高圧処理時間が1秒間の場合も含んでいる。そして、高圧処理時間が不十分であれば、殺菌作用が低下することは例示するまでもなく技術常識である”と主張する。
請求人の主張に対して、審判官は以下のように判断した。
・本件特許の特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載には、本件発明の解決しようとする課題は“「簡便且つ高効率な食肉製品における乳酸菌増殖抑制方法を見いだす」ことである”と記載されている。
そして、本件特許の発明の詳細な説明には、“本件発明の各発明特定事項に対応する記載があり”、また、“実施例及び比較例が記載されている”。
そうすると、当業者は、「有機酸又はその塩添加肉を高圧処理する」ことで、発明の課題を解決できると認識できる。”
“したがって、本件発明は発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。”
・“当業者は、本件発明1又は2は、発明の課題を解決できると理解するので、高圧処理時間の下限が設定されていないことは、サポート要件の判断に関係がない。
・“本件発明1は、「乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品の製造方法」であるから、乳酸菌の増殖が抑制されていないものは本件発明1に包含されないし、
また、処理時間が1秒であったとしても、処理されないものと比較すれば、乳酸菌の増殖が抑制されると当業者は理解するから、請求人の主張は失当である。“
以上の理由から、審判官は、“ 本件発明に関して、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する“と結論した。