特許を巡る争い<92>丸大食品vsプリマハム 食肉製品製造法特許(その1)

丸大食品株式会社の特許第6987918号は、食肉製品に、有機酸又はその塩を添加し、肉を高圧処理することで、乳酸菌の増殖を効率よく抑制できる方法に関する。プリマハム株式会社が、新規性欠如・進歩性欠如・明確性要件違反・サポート要件違反の理由で無効審判請求したが、丸大食品は訂正請求して認められ、訂正された特許請求の範囲について審理された。

丸大食品株式会社の特許第6987918号“食肉製品製造方法”を取り上げる。

特許公報に記載された特許第6987918号の特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6987918/783FD6346C6E0BA6D4A26BD2A936F4494354D77D0FA2C59BA8AB5CF56579643E/15/ja)。

【請求項1】

有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することを含む、

乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品の製造方法であり、

高圧が、100~1000MPaであり、

有機酸又はその塩が、フマル酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種であり、

食肉製品中、有機酸又はその塩の総量が、0.005~0.5質量%である、方法。

【請求項2】~【請求項3】省略

本特許明細書には、“食肉製品”として、“ハム、ソーセージ、ミートボール、ハンバーグ、唐揚げ(用)肉”が例示されている。

本特許発明の解決する課題について、“食肉製品(例えばハム、ソーセージ等)の製造現場においては、菌による汚染を防止することは非常に重要である。”“特に乳酸菌は、食肉製品の腐敗・変敗現象の原因となる主な菌であることから、乳酸菌の増殖を抑制することは重要である。”と記載されている。

上記課題の解決方法として、本特許発明者らは、“有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することで、乳酸菌の増殖を効率よく抑制できる可能性を見いだし、さらに改良を重ねた”と記載されている。

本特許発明で用いられる“有機酸“について、  ”フマル酸、プロピオン酸、安息香酸、乳酸、ソルビン酸、酢酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、及びグルコン酸“が例示され、”有機酸の塩“については、”ナトリウム塩、カリウム塩等が好まし“く、特に”フマル酸又はその塩が好ましい“と記載されている。

本特許発明の製造方法を用いることにより、“乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品を好ましく製造することができる。また、本開示の増殖抑制方法により、食肉製品における乳酸菌の増殖を好ましく抑制することができる”と記載されている。

本特許は、出願日(2020年4月2日)直後(2020年5月18日)に審査請求され、2021年11月2日に特許査定を受け、2021年12月3日に特許公報が発行された。

そのため、特許公報発行の約2か月前に公開された(公開日2021年10月11日)。

公開公報に記載された特許請求の範囲は以下である(特開2021-159038、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-159038/783FD6346C6E0BA6D4A26BD2A936F4494354D77D0FA2C59BA8AB5CF56579643E/11/ja)。

【請求項1】

有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することを含む、

乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品の製造方法。

【請求項2】~【請求項5】省略

請求項1については、高圧処理の条件、有機酸の種類、及び有機酸の総量を限定することにより、特許査定を受けている。

特許公報の発行日(2021年12月3日)の約3か月後(2022年2月28日)、プリマハム株式会社から無効審判請求された(無効2022-800018

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2020-066961/783FD6346C6E0BA6D4A26BD2A936F4494354D77D0FA2C59BA8AB5CF56579643E/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

特許第6987918号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし3〕について訂正することを認める。

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

審判請求の約5か月後(2022年7月29日)に、特許権者から、答弁書と訂正請求書が提出された。

訂正請求は認められ、訂正後の特許請求の範囲は、以下のようになった。

【請求項1】

有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することを含む、

乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品の製造方法であり、

高圧が、100~1000MPaであり、

高圧処理時の温度が4~35℃であり、

高圧処理時間が5分未満であり、

有機酸又はその塩が、フマル酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種であり、

食肉製品中、有機酸又はその塩の総量が、0.005~0.5質量%である

、方法。

【請求項2】~【請求項3】省略

請求項1は、高圧処理の温度条件及び処理時間の要件が追加された。

請求人が主張した無効理由は、以下の5点であった。

(1)無効理由1:新規性欠如

“本件発明1及び2は、甲第1号証(特開平2-255068号公報)に記載された発明である”。

(2)無効理由2-1:進歩性欠如

“本件発明1ないし3は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という)が容易に発明をすることができたものである”

(3)無効理由2-2:進歩性欠如

“本件発明1ないし3は、甲第2号証(特開2007-129948号公報)に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものである”

(4)無効理由3:明確性要件違反(無効審判請求対象の請求項1ないし3に係る発明)

(5)無効理由4:サポート要件違反(無効審判請求対象の請求項1ないし3に係る発明)

以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1)無効理由1及び(2)無効理由2-1(甲第1号証に基づく新規性・進歩性)につい

ての審理結果

甲第1号証(特開平2-255068号公報))は、【発明の名称】食品の処理方法、【出願人】マルハ株式会社であり、請求項1は、”食品を圧力500~10000kg/cm^2及び温度60~110℃で処理することを特徴とする食品の処理方法。”である。

審判官は、甲第1号証に記載された発明として、以下の甲1発明A及び甲1発明Bを認めた。

“ <甲1発明A>

「食品に抗菌剤を0.01~10重量%添加し、食品を圧力500~10000kg/cm2及び温度60~110℃で処理する、食品の処理方法。」

<甲1発明B>

「サンプルとして魚肉ソーセージを用い、これを圧力1000kg/cm2、加圧保持時間5分間、温度80℃の条件で処理し、ただし、用いた魚肉ソーセージには抗菌剤としてフマル酸が0.17重量%添加されているものを試作しサンプルとした、魚肉ソーセージの処理方法。」

審判官は、本件発明1と甲1発明Aとを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。。

<一致点>「添加剤含有の食品製品を高圧処理することを含む、食品製品の製造方法であり、高圧が、100~1000MPaである、方法。」

<相違点1-1A> 省略

<相違点1-2A> 省略

<相違点1-3A> 省略

<相違点1-4A>

“高圧処理時の温度条件に関し、本件発明1は「4~35℃」であるのに対し、甲1発明Aは、「60~110℃」である点“

<相違点1-5A> 省略

審判官は、相違点1-4Aについて、以下のように判断した。

(1)新規性について

高圧処理時の温度範囲について、本件発明1と甲1発明Aとが重複しないことは明らかであるから、相違点1-4Aは、実質的なものである。

そうすると、その余の相違点を検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明Aであるとはいえない。

(2)進歩性について

・“甲1の請求項1の「食品を圧力500~10000kg/cm2及び温度60~110℃で処理することを特徴とする食品の処理方法。」”及び発明の詳細な説明の記載から、“甲1発明Aは特定の圧力と特定の温度で処理することが必要なこととされているといえ、そのような甲1発明Aにおいて、必要とされる温度範囲外の温度とすることに阻害要因がある。

そうすると、甲1発明Aにおいて、相違点1-4Aとすることは当業者といえども容易に想到し得たこととはいえない。

請求人は、相違点1-4Aに関し、以下の点を主張している。

“「甲1発明は、従来必要とされているよりも低い温度で殺菌できることを見出したものであり、60℃よりもさらに低い温度で殺菌することを阻害するものではない。

そして、甲第2号証には、6~20℃、500~625MPaの条件で抗菌効果が認められることから(段落【0028】、【0029】)、甲1発明において、甲第2号証に記載された発明を適用して、6~20℃、500~625MPaの処理条件に変更してみることは当業者が容易になし得たことである。」“

“「甲第14号証には、上述したとおり、加工肉製品の抗菌処理における高圧処理の条件として、圧力は一般に約300から約900MPaであること(段落【0035】、【0036】)、温度は一般に約80℃未満であり、より好ましくは約20℃から約50℃であること(段落【0037】)、高圧加工時間は一般に約1から約20分であり、より典型的な場合は約3から約10分であること(段落【0038】)が記載されています。

また、甲第14号証に記載の発明は、乳酸桿菌(ラクトバチルス)に対して効果的であることが記載されています(段落【0044】)。

してみると、甲1発明Aにおいて、食肉製品に適用した際に、甲第14号証に記載の発明を参酌し、高圧処理の温度を約20℃から約50℃とすることは当業者が容易になし得ることであるといえます。」“

上記請求人の主張に対して、審判官は以下のように判断した。

甲2及び甲14に高圧処理条件として本件発明1の圧力範囲が記載されているとしても、甲1に記載された発明は、従来必要とされているよりも低い温度で殺菌できることを知見した発明であって、その温度として、60~110℃と特定したものであることを勘案すると、甲1発明Aが満たさなければならない処理の温度条件を逸脱することはできないから、請求人の上記主張は失当であって採用できない。

以上の理由から、審判官は、“その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明Aであるとはいえないし、甲1発明Aに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということもできない。”と結論した。

次に、審判官は、本件発明1と甲1発明Bとを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点> 「有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することを含む、

食肉製品の製造方法であり、

高圧が、100~1000MPaであり、

有機酸又はその塩が、フマル酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種であり、

食肉製品中、有機酸又はその塩の総量が、0.005~0.5質量%である、方法。」

<相違点1-1B> 省略

<相違点1-2B> 高圧処理時の温度条件に関し、本件発明1は「4~35℃」であるのに対し、甲1発明Bは「80℃」である点

<相違点1-3B> 省略

審判官は、上記相違点1-2Bについて、相違点1-2Bは、上記相違点1-4Aと同様の相違点であるから、上記相違点1-4Aと同様に判断されるとした。

そして、”その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明Bであるとはいえないし、甲1発明Bに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということもできない。“と結論した。

特許を巡る争い<93>丸大食品vsプリマハム 食肉製品製造法特許(その2)に続く