特許を巡る争い<70>キッコーマン・から揚げ等用調味液特許

キッコーマン株式会社の特許第6946258号は、味染みや加熱調理後のサクサク感を向上させるために、肉等の食品素材を漬け込む調味液において、果実ファイバーの含有及び粘度の調整をすることを特徴とする調味液の特許。2件の異議申立てがなされたが、いずれの主張も認められず、権利維持された。

キッコーマン株式会社の特許第6946258号“漬け込み用調味液”を取り上げる。

特許第6946258号の特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6946258/F5522857CAB827AB7E7741DF2D138F838C16CCFFE30C50C46AB4133F196B30AD/15/ja)。

【請求項1】

食品素材の漬け込みに用いる調味液であって、

果実ファイバーを調味液全体に対して0.03~2.0%(W/W)含有し、

粘度が200cp~1500cpであることを特徴とする

漬け込み用調味液。

【請求項2】~【請求項8】 省略

本特許明細書には、本特許発明の調味液は、肉類等の食品素材を用いてから揚げを調理する際に、食品素材を加熱調理前に漬け込む調味液であって、

素材を漬け込む際に長時間の漬け込みやもみ込みをすることなく簡便・短時間で素材に付着し、味の染み込みがよく、

また、加熱調理後は、衣がサクサクとした食感となる漬け込み用調味液”であると記載されている。

本特許発明における“果実ファイバー”について、“水溶性食物繊維と不溶性食物繊維からなる複合型食物繊維”であって、“水に対して完全に溶解はしないものの、膨潤により多量の水分を保持することで増粘させることが可能である”と記載されている。

また、本特許発明における”漬け込み用調味液”は、“畜肉、水産物を含む様々な食品素材に用いることができるが、鶏肉、豚肉、あるいは牛肉等の畜肉類をから揚げ調理する前に漬け込むための調味液として使用することが好適である”と記載されている。

公開特許公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2019-110898、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-110898/F5522857CAB827AB7E7741DF2D138F838C16CCFFE30C50C46AB4133F196B30AD/11/ja)。

【請求項1】

食品素材の漬け込みに用いる調味液であって、果実ファイバーを含有することを特徴とする漬け込み用調味液。

【請求項2】~【請求項10】 省略

請求項1について、特許公報に記載された請求項1と比較すると、果実ファイバーの含有量及び調味液の粘度を数値限定することによって、特許査定を受けている

特許公報発行日(2021年10月6日) 4か月後及び6か月後に、それぞれ一個人名(以下、「特許異議申立人A」及び「特許異議申立人B」)で異議申立てがなされた。

審理の結論は、以下のようであった(異議2022-700103

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-228662/F5522857CAB827AB7E7741DF2D138F838C16CCFFE30C50C46AB4133F196B30AD/10/ja)。

特許第6946258号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。

異議申立人Aが申し立てた特許異議申立理由は、以下の4つであった。

(1)申立理由A1(甲A1に基づく新規性欠如・進歩性欠如)

本特許請求項1に係る発明は甲A1号証に記載された発明であって、また、本特許請求項1~8は甲A1号証に記載された発明に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである。

甲A1号証:特開2001-148号公報

(2)申立理由A2(サポート要件違反)

(3)申立理由A3(実施可能要件違反)

(4)申立理由A4(明確性要件違反)

また、特許異議申立人Bが申し立てた特許異議申立理由は、以下の2つであった。

(5) 申立理由B1(甲B1に基づく進歩性欠如)

本特許請求項1~8に係る発明は、甲B1号証に記載された発明に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである。

甲B1号証:”Limited Edition Brazilian BBQ Sauce”,記録番号(ID#)3113333, Mintel GNPD, 2015年4月,製品情報掲載画面(第1、2頁),製品正面画像(第3頁),製品 背面画像(第4頁),[検索日2022年2月28日],インターネット<URL:https://www.gnpd.com/sinatra/recordpage/1841280/from_search/48idcX5QO6/?page=1>

(6)申立理由B2(甲B2に基づく進歩性欠如)

本特許請求項1~8に係る発明は、甲B2号証に記載された発明に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである。

甲B2号証:”Moroccan Marinade”,記録番号(ID#)1841280, Mintel GNPD, 2012年7月,製品情報掲載画面(第1、2頁),製品正面画像(第3頁),製品背面画像(第4頁),[検索日2022年2月28日],インターネット<URL:https://www.gnpd.com/sinatra/recordpage/3113333/from_search/70guACuUV4/?page=1>

以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)に絞って審理結果を紹介する。

(1)申立理由A1(甲A1に基づく新規性欠如・進歩性欠如)について

審判官は、本件発明1と甲A1号証(甲A1)に記載された発明(甲A1発明)とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:“「食品素材の漬け込みに用いる調味液であって、食物繊維を調味液全体に対して0.03~2.0%(W/W)含有する漬け込み用調味液。」“

相違点A1-1:“食物繊維について、本件発明1が「果実ファイバー」と特定するのに対し、甲A1発明は「水溶性大豆繊維」である点。

相違点A1-2:省略

審判官は、上記相違点A1-1について、“甲A1発明は水溶性大豆繊維を用いたものであるから、相違点A1-1は実質的な相違点である。したがって、本件発明1は、甲A1発明ではない。”と判断した。

また、甲A1には、“食物繊維として利用可能な植物性食物繊維が多数列挙されており、その中には果物類も含まれているものの、甲A1発明において、水溶性大豆繊維に代えて果実ファイバーを用いる動機となる記載は見当たらない。

また、他の証拠を見ても、甲A1発明において相違点A1-1に係る本件発明1の構成とすることが当業者にとって容易に想到し得たこととはいえない“と判断した。

上記の判断から、審判官は、“その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲A1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。

(2)申立理由A2(サポート要件違反)について

異議申立人Aは、以下の(a)~(d)を主張した。

(a)漬け込み用調味液:“油揚調理を行わない食品(例えば、漬物等)のための調味液を含む本件発明1は、本件発明の課題を解決するものではない。”

(b)食品素材:“本件発明1は、「焼肉や唐揚げの調理」に用いられ、「油揚調理後の衣の食感がサクサクと」なる食品素材以外の食品素材(例えば、野菜等)を含んでいるため、本件発明の課題を解決するものではない。”

(c)0.03~2.0%(W/W):“本件特許明細書の実施例で試験が成されたシトラスファイバーとアップルファイバーとは、その構成成分の含有量が大きく異なる他の全ての果実ファイバーを用いても、同様の効果を奏することは考えられないから、本件発明1における「果実ファイバー」に含まれる全ての果実ファイバーを用いた場合に、0.03~2.0%(W/W)の全域で本件発明の課題を解決できるかは明らかではない。”

(d)200cp~1500cp:“本件特許明細書の実施例で本件発明の課題を解決することを示した調味液の粘度は、350cp~762.5cpであり、この範囲外の粘度(200cp~350cp及び762.5cp~1500cp)でも本件発明の効果を奏するかは明らかではない。”

上記申立人Aの主張に対して、審判官は以下のように判断した。

(a)及び(b)について:”申立人Aは特定の調理法、特定の食品素材に用いる場合でなければ本件発明の課題を解決しないと主張するが、上記本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に鑑みれば、漬け込んだ後の調理法や漬け込まれる食品素材に関わらず、本件発明の特定事項を有する調味液は、それらを有しない調味液よりも、少なくとも「素材への味の付着や染み込みがよ」くなるとの効果を奏することは認識できる。”

(c)及び(d)について:“申立人Aは果実ファイバーの含有量及び調味液の粘度の数値範囲について、実施例で確認された数値範囲外でも本件発明の効果を奏するかが明らかでないと主張するが、上記本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載や技術常識に鑑みれば、実施例で確認された範囲から一定程度外れている範囲であっても効果を奏することは推認できるし、本件発明の数値範囲を満たす調味液は、それらを満たさない調味液よりも優れた効果を奏することは認識できる。”

これらの理由から、審判官は、“上記申立人Aの主張はいずれも採用できない“と結論した。

(3) 申立理由A3(実施可能要件違反)について

審判官は、以下のように判断した。

本件特許の明細書には、“本件発明1~8に係る調味液で用いられる果実ファイバーについて記載されており”、“「調味液の物性や風味を調整するために、調味液に様々な調味成分が配合されるが、本発明の漬け込み用調味液においては、漬け込み調味液としての粘度を適切な範囲に、好ましくは200~1500cpの範囲に調整されていれば、漬け込み用調味液に配合する調味液成分に特に限定はない」ことが記載され”、“粘度の調整方法も記載されている。”

・“さらに、本件特許の明細書には実施例の記載もある。”

これらの理由から、審判官は、“当業者は、発明の詳細な説明の記載内容及び出願時の技術常識に基づき、本件発明1~4及び7~8を生産し、使用することができるということができるものであ“り、”本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合するものといえる“と結論した。

(4)申立理由A4(明確性要件違反)について

審判官は、以下の理由から、申立人Aの主張を認めなかった。

申立人Aは、“本件発明1~4の「食品素材の漬け込みに用いる調味液」の漬け込み時間が特定されていないから、明確でない”と主張しているが、漬け込み時間は、“「調味液」の発明である本件発明1~4が明確であるか否かとは関係がなく、採用できない”

(5)申立理由B1(甲B1に基づく進歩性欠如)について

審判官は、本件発明1と甲B1号証(甲B1)に記載された発明(甲B1発明)とを

対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:“「食品素材の漬け込みに用いる調味液であって、果実ファイバーを含有する

漬け込み用調味液。」“

相違点B1-1:“果実ファイバーの含有量について、本件発明1が「調味液全体に対して0.03~2.0%」と特定するのに対し、甲B1発明はそのような特定を有しない点。

相違点1-2:省略

審判官は、上記相違点B1-1について“甲B1にはシトラスファイバーの具体的含有量が記載されていないところ、シトラスファイバーの含有量に着目し、それを相違点B1-1に係る本件発明1の構成のように調整する動機付けとなる記載もない”と判断した。

上記の判断から、審判官は、“その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲B1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。

(6)申立理由B2(甲B2に基づく進歩性欠如)について

審判官は、本件発明1と甲B2号証(甲B2)に記載された発明(甲B2発明)とを

対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

一致点:“「食品素材の漬け込みに用いる調味液であって、果実ファイバーを含有する

漬け込み用調味液。」“

相違点B2-1:“果実ファイバーの含有量について、本件発明1が「調味液全体に対して0.03~2.0%」と特定するのに対し、甲B2発明はそのような特定を有しない点。”

相違点B2-2:省略

審判官は、上記相違点B2-1について、“甲B2にはシトラスファイバーの具体的含有量が記載されていないところ、シトラスファイバーの含有量に着目し、それを相違点B2-1に係る本件発明1の構成のように調整する動機付けとなる記載もない”と判断した。

上記の判断から、審判官は、“その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲B2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。