ヤマサ醤油の特許第6716616号は、液状調味料の具材に適した粒状大豆たんぱく加工食品の製造方法に関する。進歩性欠如とサポート要件違反を理由として異議申立てされたが、いずれの申立理由も認められず、権利維持された。
ヤマサ醤油株式会社の特許第6716616号“ 粒状大豆たんぱく加工食品を含む液状調味料”を取り上げる。
特許第6716616号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6716616/257E7C075F729B8AA48A036EEC07D4BFF46864A04A2B16C178B9352F509DA718/15/ja)。
【請求項1】
前処理済粒状大豆たんぱく加工食品の製造方法であって、
前処理として、醤油と乳酸を配合し、
塩分濃度を4~12%(w/v)に調整することで得られる前処理液に
粒状大豆たんぱく加工食品を浸漬する工程を含むことを特徴とする、
前処理済粒状大豆たんぱく加工食品の製造方法。
【請求項2】~【請求項3】 省略
本特許明細書には、“本発明において用いる「粒状大豆たんぱく加工食品」とは、典型的には「植物性たん白の日本農林規格」(平成28年2月24日農林水産省告示第489号)に規定される粒状植物性たん白のうち、植物性たん白の主原料が、大豆又は脱脂大豆であるものをいう”と記載されている。
また、“粒状大豆たんぱく加工食品”として、“原料として脱脂大豆、大豆粉、豆乳粉末、脱脂豆乳粉末、濃縮大豆たんぱく、分離大豆たんぱくなどから選択される一種以上を用い、これを二軸エクストルーダー等によって組織化し、成形したものを挙げることができる。
形状としては、粒状又はフレーク状に成形したものであって、かつ、肉様の組織を有するものである“と記載されている。
本特許発明は、“粒状大豆たんぱくを、醤油および乳酸を含有する前処理液に浸漬することを特徴とし”、本特許発明の方法で得られた“粒状大豆たんぱく加工食品は、風味や味のバランスがよく、大豆由来のきな粉様の異味も十分に抑えられ、さらに食感もふっくらとしていて適度な硬さを有し、具材の存在感が感じられるというすぐれた性質を有し、液状調味料への配合に適したものである”と記載されている。
そして、“液状調味料に具材として配合して例えば肉みそだれなどのようにして用いたときに、すぐれた官能を発揮するものである。配合対象である液状調味料は、任意のたれ類、つゆ類、ソース類などから選ぶことができる”と記載されている。
本特許の公開特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2019-122347、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-122347/257E7C075F729B8AA48A036EEC07D4BFF46864A04A2B16C178B9352F509DA718/11/ja)。
【請求項1】
醤油および乳酸を含有する前処理液に浸漬した粒状大豆たんぱく加工食品を配合することを特徴とする、液状調味料。
【請求項2】~【請求項6】省略
【請求項1】は、物の発明(液状調味料)ではなく、方法の発明(前処理済粒状大豆たんぱく加工食品の製造方法)として、特許査定を受けている。
特許公報発行日(2020年7月1日)の約6カ月後(12月22日)、一個人によって異議申立てされた(異議2020-700998、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2018-007229/257E7C075F729B8AA48A036EEC07D4BFF46864A04A2B16C178B9352F509DA718/10/ja)。
審理の結論は、以下のようであった。
“特許第6716616号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。”
申立人は、異議申立理由は、以下の2つであった。
理由1:進歩性欠如
“本件発明1~3は、甲1に記載された発明及び甲1~5に記載された技術的事項から当業者が容易に発明することができたものである”
甲第1号証:特許第6612035号公報
理由2:サポート要件違反
“本件発明1~3は発明の詳細な説明に記載したものでなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものである。”
以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)について審理結果を紹介する。
(1)進歩性欠如
審判官は、甲第1号証の公知性について、“甲1に係る特許公報は、令和元年11月27日すなわち本件特許出願の後に発行されたものである。このため、甲1をその証拠の一つとして本件発明が進歩性を有さないということはできない。したがって、その余の記載を検討するまでもなく、申立ての理由1には理由がない”とした。
(本特許出願日 平成30年(2018年)1月19日)
しかし、“甲1特許出願は、平成28年8月22日に公開されており(特開2016-149967号公報。以下「甲1A」という。)、申立ての理由1を「本件発明1~3は、甲1Aに記載された発明及び甲1A並びに2~5に記載された技術的事項から当業者が容易に発明することができたものであるから…」と読み替えて、以下検討する”とした。
審判官は、本件発明1と甲1A発明(特開2016-149967号公報に開示された発明)との一致点および相違点を以下のように認めた。
一致点:“「前処理済粒状大豆たんぱく加工食品の製造方法であって、
前処理として、醤油と有機酸を配合し、塩分濃度を5%(w/v)に調整することで得られる前処理液に粒状大豆たんぱく加工食品を浸漬する工程を含むことを特徴とする、
前処理済粒状大豆たんぱく加工食品の製造方法。」”
“相違点:前処理の処理液中の有機酸において、本件発明1は乳酸を用いるのに対し、甲1A発明は酢酸を用いる点。”
審判官は、上記相違点について、以下のように判断した。
“甲1Aの記載からは、酢酸を他の酸に置換することも、追加しうる酸として乳酸を選択することも想起できない。
“仮に甲1A発明に乳酸を導入できるとしても”、本件発明1は、特許明細書の実施例の記載から、“酢酸を用いるよりも乳酸を用いる方が優れた結果が得られると認識できる。特に、「きな粉様異味」については、甲各号証には認識がない。”
“よって、本件発明1は、甲1A発明及び他の甲各号証に記載された技術的事項から当業者が容易に発明することができたものとはいえない。”
(2)サポート要件違反
申立人の主張は2つあり、ひとつめの主張は、以下のようであった。
“「本件明細書には、醤油と乳酸のみからなり塩分濃度を8%、pHを4に調整することで得られる前処理液に粒状大豆たんぱく質加工食品を浸漬する工程を含む態様の本件発明しか記載されていない。…
仮に、本件発明1~3の全般にわたり、甲第1および2号証の記載から予測できない効果が奏されているとして進歩性が認められるのであれば、
当業者でも予測できない効果であるのであるから、
醤油と乳酸のみからなり塩分濃度を8%、pHを4に調整した前処理液以外の本件発明1の前処理液を用いた場合には、本件出願時の技術常識を参酌しても、その効果が予測できない、すなわちその課題が解決されることを当業者が認識できない部分が含まれていることになる。“
この主張に対して、審判官は以下のように判断した。
“本件発明の解決しようとする課題は、「風味や味のバランスがよく、大豆由来のきな粉様の異味も抑えられ、さらに食感も適当である」(【0007】)ことにあると認められる。”
“本件発明の詳細な説明には、本件発明の塩分濃度及びpHの規定に関し”、それらの好適な数値域についての根拠が示されており、“実施例ではその代表的な値である「塩分濃度を8%、pHを4」として、本件発明の優位な作用効果が確認されている。”
“そうすると、当業者は、本件発明に係る前処理液の「塩分濃度を4~12%(w/v)」、「pHが3.0~5.5」とすることで本件発明の課題を解決できることは、本件発明の詳細な説明の記載から理解することができる。
したがって、申立人の上記主張を採用することはできない。“
二つめの主張は、以下のようであった。
実施例の記載に関して、「きな粉様異味の評価の結果」は、“パネラーの評価にバラツキが大きい。味覚、食感および硬さに関する評価でこのようなバラツキのあるパネラーによって、【表2】の各官能評価が行われており、その評価が平均値で示されている。この平均値で示された結果を根拠とする本件発明の効果は信ぴょう性が低いといわざるを得ない。」”
この主張に対して、審判官は以下のように判断した。
“パネラーの評価がばらついていることをもって、その評価の信ぴょう性が低いとする根拠がない。”
“また、バラツキがあるからといってそれが信ぴょう性が低い根拠とはならず、申立人はバラツキがあることと信ぴょう性が低いことの関連性について何ら説明しない。
したがって、申立人の上記主張を採用することはできない。“