特許を巡る争い<36>サントリー・低糖質ビールテイスト飲料特許

サントリーホールディングス株式会社の特許第6605033号は、ビールテイスト飲料における糖質カットがもたらす味わい低減を、酵母エキス由来のプリン体を含有させることによって、改善する方法に関する。進歩性違反および記載不備を理由として異議申立てされたが、いずれの申立て理由も採用されず、権利維持された。

サントリーホールディングス株式会社の特許第6605033号“ビールテイスト飲料”を取り上げる。

特許第6605033号公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6605033/2D6E0A5FB9AD67FAEA0DD44759E38F1DCCC931602C673F05A08AAFEF263C031A/15/ja)。

【請求項1】

プリン体含有量が0.5~5mg/100mL、

糖質含有量が0.5g/100mL以下、

pHが3.0~4.0であることを特徴とするビールテイスト飲料(但し、大豆ペプチドを含有するものを除く)であって、

前記プリン体が、酵母エキス由来のプリン体を含む、

ビールテイスト飲料。

【請求項2】~【請求項3】 省略

本特許明細書には、“「ビールテイスト飲料」とは、ビール様の風味をもつ炭酸飲料をいう。

つまり、本明細書のビールテイスト飲料は、特に断わりがない場合、ビール風味の炭酸飲料を全て包含する。

本発明は、この飲料の内の、アルコール含有量が1v/v%(単に「%」と記載することもある)未満の飲料、特に実質的にノンアルコールタイプの飲料であることが好ましく、そのアルコール度数は、好ましくは0.005%以下であり、より好ましくは、アルコールを実質的に含まない”と記載されている。

そして、本特許の発明の効果について、

“消費者の健康志向が高まる中、ビール、発泡酒、ビールテイスト飲料などの嗜好性飲料においても低カロリーや低糖質といった商品の需要が高まっている”が、

ビールテイスト飲料の糖質をカットすると、味わいが減ってしまうことから、糖質をカットしたビールテイスト飲料については、さらなる味の改善が求められるところである。”

“本発明者らが鋭意研究を進めたところ、ビールテイスト飲料のプリン体、糖質、pHを特定範囲内とすることで、糖質を抑え、かつ味わいを付与しながらも後味のスッキリさを損なわず、飲料のバランスを良くする知見を見出した”と記載されている。

なお、“プリン体”は、本特許明細書の記載によれば、核酸の構成成分である“アデニン、キサンチン、グアニン、ヒポキサンチンのプリン体塩基4種を指す”と記載されている。

そして、プリン体含有量の調整は、“香味の観点から、酵母エキス由来のプリン体を含むものが好ましい”と記載されている。

本特許は国際出願され(出願日平成27年9月7日)、平成29年3月16日に国際公開された(

W O 2017/042870 https://patentimages.storage.googleapis.com/e9/2f/f3/3bcb3b5111ae0d/WO2017042870A1.pdf)。

国際公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りである。

【請求項1】

プリン体含有量が0.5~5mg/100mL、

糖質含有量が0.5g/100mL以下、

pHが3.0~4.0であることを特徴とするビールテイスト飲料。

【請求項2】~【請求項5】省略

特許公報に記載された請求項1と比較すると、

“ビールテイスト飲料“に、”(但し、大豆ペプチドを含有するものを除く)“の限定と、

プリン体が、“酵母エキス由来のプリン体を含む”の限定が追加されている。

なお、再公表特許公報は、平成30年2月15日に発行されている

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-042870/2D6E0A5FB9AD67FAEA0DD44759E38F1DCCC931602C673F05A08AAFEF263C031A/19/ja)。

平成29年10月26日に国内書面が提出され、同時に審査請求された。

拒絶査定となったが、拒絶査定不服審判請求し、審査前置で特許査定となった。

特許公報の発行日(令和1年11月13日(2019.11.13))の半年後(令和2年5月13日)に、一個人名で異議申し立てされた(異議2020-700338)。

審理の結論は、以下のようであった(特許決定公報、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-538494/2D6E0A5FB9AD67FAEA0DD44759E38F1DCCC931602C673F05A08AAFEF263C031A/10/ja

“特許第6605033号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。“

異議申立人は、以下の4つの理由を申し立てた。

(1)理由1A(進歩性違反)

甲1(特許第5694615号公報)に記載された発明並びに甲2~8の記載及び本件特許の出願時の技術常識を組み合わせることによって容易に発明をすることができたものである。

甲1:(平成27年4月1日発行)

(2)理由1B(進歩性違反)

甲8(特開2013-188221号公報)に記載された発明並びに甲3、5~7の記載及び本件特許の出願時の技術常識を組み合わせることによって容易に発明をすることができたものである。

(3)理由2(実施可能要件違反)

(4)理由3(サポート要件違反)

以下、本特許請求項1(本特許発明1)に関する審理について説明する。

(1)理由1A(進歩性違反)

審判官は、本件特許発明1と甲1(特許第5694615号公報)に記載された発明とを対比すると、以下の一致点と相違点があると認めた。

“一致点:「pHが3.5であるビールテイスト飲料。」である点。

相違点A1:本件特許発明1は、「プリン体含有量が0.5~5mg/100mL」であって「前記プリン体が、酵母エキス由来のプリン体」を含むのに対し、

甲1発明は、酵母エキス由来のプリン体を含んでいない点。

相違点A2:本件特許発明1は、「糖質含有量が0.5g/100mL以下」であると特定されているのに対し、甲1発明はそのように特定されていない点。

相違点A3:本件特許発明1は、「大豆ペプチドを含有する」ビールテイスト飲料を除くと特定されているのに対し、甲1発明は、「大豆タンパク質分解物」を含む非発酵ビール風味飲料である点。“

審判官は、上記した相違点A2及びA3は“実質的な相違点ではないか当業者が容易になし得たことといえる“と判断した。

しかし、相違点A1は、以下の理由から、“当業者が容易になし得たことであるとはいえない“と判断した。

“甲1発明の非発酵ビール風味飲料は、難消化性デキストリンを含有することで、飲んだときの好ましさを提供すると同時に、低カロリーであり、血中中性脂肪の上昇を抑制するという健康志向への要望にも沿うことを目的としているものといえる。“

“甲1には、非発酵ビール風味飲料に酵母エキスなどの原料を併用できることが記載されている“

“そして、甲5には、酵母エキスにプリン体が含まれていることが記載されている“ “しかしながら、甲5には、プリン体は体内に蓄積し痛風の原因となること、酵母エキスを摂取することによりプリン体も摂取してしまうことも記載されている“(甲5:特開2011-152058号公報)

甲3にも、プリン体を減らしたりゼロにした発泡酒やビール風味飲料が発売されていることや、プリン体が痛風の原因であることが記載されている

(甲3:一般財団法人日本食品分析センターJFRLニュース編集委員会,“飲料中のプリン体の微量分析について”,JFRLニュース,第4巻,第23号,[online],2013年8月,日本食品分析センター,インターネット<URL:https://www.jfrl.or.jp/storage/file/news_vol4_no23.pdf>

そうすると、健康志向への要望にも沿うことを目的としている甲1発明において、プリン体が含まれているという理由で酵母エキスを含有させる動機付けはなく、

また、酵母エキスを含有させるとしても、本件特許発明1で特定されているプリン体含有量となる量で酵母エキスを配合することを動機付けるところもなく、

相違点A1は、当業者が容易になし得たことではない。

また、その他の甲2~8の記載及び本件特許の出願時の技術常識を組み合わせたとしても、甲1発明において、本件特許発明1で特定されているプリン体含有量となる量で酵母エキスを配合することを動機付けるところはない。“

“本件特許発明1は、「糖質を抑え、かつ味わいを付与しながらも、後味のスッキリさを損なわず、良好な香味を有するビールテイスト飲料を提供する」という、甲1からは予測もし得ない効果を奏するものである。“

(2)理由1B(進歩性違反)

審判官は、本件特許発明1と甲8(特開2013-188221号公報)に記載された発明とを対比すると、以下の一致点と相違点があると認めた。

“一致点:「糖質含有量が0.5g/100mL以下、pHが3.5であるビールテイスト飲料(但し、大豆ペプチドを含有するものを除く)。」である点。“

“相違点B1:本件特許発明1は、「プリン体含有量が0.5~5mg/100mL」であって「前記プリン体が、酵母エキス由来のプリン体」を含むのに対し、甲8発明は、酵母エキス由来のプリン体を含んでいない点。“

審判官は、相違点B1について

甲8は、“低カロリーや低糖質である、エキス分の総量が低いビールテイスト飲料であって、飲み応え感が付与された飲料を提供することを目的とするものである“

“甲8発明において、非発酵のノンアルコールのビールテイスト飲料に酵母エキスなどの成分を添加できることは記載されている“

しかし、“プリン体が含まれているという理由で酵母エキスを含有させる動機付けはなく、また、酵母エキスを含有させるとしても、本件特許発明1で特定されているプリン体含有量となる量で酵母エキスを配合することを動機付けるところもな“い

“その他の甲3、5~7の記載及び本件特許の出願時の技術常識を組み合わせたとしても、甲8発明において、本件特許発明1で特定されているプリン体含有量となる量で酵母エキスを配合することを動機付けるところはない“

“本件特許発明1は、「糖質を抑え、かつ味わいを付与しながらも、後味のスッキリさを損なわず、良好な香味を有するビールテイスト飲料を提供する」という、甲8からは予測もし得ない効果を奏するものである。“

以上の理由で、審判官は、“本件特許発明1は、甲8発明並びに甲3、5~7の記載及び本件特許の出願時の技術常識を組み合わせることによって、当業者が容易に発明をすることができたものではない“と判断した。

(3)理由2(実施可能要件違反)及び(4)理由3(サポート要件違反)

特許決定公報の関連部分を以下に引用する。

“本件特許発明1~3の解決しようとする課題は、「糖質を抑え、かつ味わいを付与しながらも、後味のスッキリさを損なわず、良好な香味を有するビールテイスト飲料を提供すること」にあると認める。“

本件特許明細書の一般記載及び実施例の記載から、本件特許発明1~3の課題は、ビールテイスト飲料のプリン体、糖質、pHを特定範囲内とすることで解決できることが理解できる。

本件特許明細書には、本件特許発明1~3のビールテイスト飲料及びその製造方法について、上記(2)ウに実施例を伴い記載されており、その効果も確認されている。

“したがって、本件特許発明1~3は、本件特許明細書の発明の詳細な説明において、本件特許発明1~3の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内 また、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである“。