キッコーマン株式会社の特許第6207484号は、高リコピン含有ケチャップに関する。カゴメ株式会社が無効審判請求し、無効とする審決の予告が出されたが、キッコーマンは全請求項を削除する訂正を行ったため、審判請求の対象が存在しないものとなったことから、審判請求は却下された。
特許を巡る争い<33>キッコーマン vs カゴメ・トマトケチャップ特許(1)
(https://patent.mfworks.info/2020/12/14/post-3354/)からの続き
特許公報発行日(2017年10月4日)の約1年後(2018年9月19日)に、カゴメ株式会社から無効審判請求がなされた。
審理の結論は、以下のようであった(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-179276/D08629621052FC2C5FD3B7896FF2521DF23625A888987337915B10707EBD0829/10/ja)。
”特許第6207484号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~5〕について訂正することを認める。
本件審判の請求を却下する。 審判費用は、被請求人の負担とする。”
以下に審判の経過を紹介する。
審判請求書が提出された3カ月後(12月17日)、キッコーマン株式会社は、以下の内容を含む訂正請求書を提出した。
“1 本件訂正について
本件訂正の請求の趣旨は、特許第6207484号の特許請求の範囲を本請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~8について訂正することを求めるものである。
そして、本件特許無効審判の被請求人は、訂正後の請求項2から8については、当該請求項についての訂正が認められた場合には、一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求めるものである。“(その後、一部請求項については手続補正された。)
訂正請求内容の詳細は省略するが、訂正前の請求項1~5において、請求項2~5はいずれも請求項1の従属項であったが、訂正後の請求項1~8において、請求項2~8(請求項3は削除)は引用関係を解消する独立項となっている。
しかし、“訂正前の請求項1~5は、請求項2~5が、訂正請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、本件訂正は、一群の請求項1~5について請求されている”ことから(後記する“審決の予告“からの引用)、訂正された請求項は一体的に審理された。
(参考)
”38―01 P 一群の請求項” https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/sinpan-binran_18/38-01.pdf
“平成23年改正特許法における無効審判及び訂正審判の運用について”
http://www.tokugikon.jp/gikonshi/267/267tokusyu2-2.pdf
“一の請求項の記載を他の請求項が引用するような関係等がある請求項(一群の請求項)について訂正審判を請求するときには”、“それらの請求項を「一群の請求項」として一体的に扱うこととし、そのために、訂正審判を請求する際には、「一群の請求項」ごとに請求をしなければならない”と定められている。。
この訂正請求に対して、審判官は、訂正拒絶理由を通知した。
この後、口頭審理等が行われ、2019年12月4日に、以下にような“審決の予告”がなされた。
“上記当事者間の特許第6207484号発明「高リコピン含有ケチャップ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決することを予告する。
特許法第164条の2第2項に規定する訂正を請求するための期間は、この審決の予告の送達の日から60日とする。
結 論
特許第6207484号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は、被請求人の負担とする。“
予告の中で、以下のような理由で訂正請求については認められないと結論されている。
”上記12月17日付け訂正請求書による訂正は、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~8について訂正することを求めるものである。具体的な訂正事項は以下のとおりである。”
(1)訂正後の請求項1に係る訂正
”以下のとおりの請求項1とする(下線は訂正箇所を示す。)。
「【請求項1】
リコピンと、果実又は穀類の酵母発酵物を酢酸発酵した醸造酢と、を含有するトマトケチャップであって、
該リコピンの含有量が、25mg/100g以上50mg/100g以下であり、
該醸造酢には、エステル類および/またはアルコール類が含まれ、
該エステル類が、酢酸エチル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸イソアミル、酢酸フェニルエチルエステル、からなる群から選択された少なくとも1種であり、
該アルコール類が、イソアミルアルコール又はフェネチルアルコールであり、
かつ、トマトケチャップ中のこれらエステル類およびアルコール類の内部標準物質1ppbに対する相対含量が0.06~1.0であり、
食塩含有量が0.5重量%以上2.0重量%以下であり、
前記相対含量は、内部標準物質であるフェナントレン-d10(1ppbまたは0.1μg/100g)のGC-MS分析(スキャン分析)での検出面積を100とした場合の香気成分の検出面積を意味する、
高リコピン含有トマトケチャップ。」”
【請求項2】~【請求項8】 省略。
審理の結果、訂正後の請求項1、3、4、6、7に係る訂正は規定に適合すると判断された。
しかし、訂正後の請求項2、5、8に係る訂正は、認められないと判断された。
そして、
“訂正後の請求項2、5、8に係る訂正は認められないから、訂正後の請求項2、5、8についての別の訂正単位とする求めも認められず、対応する訂正前の請求項2、5と共に一群の請求項を構成する訂正前の請求項1~5に係る訂正(訂正後の請求項1~8に係る訂正)は一体的に認められない。
したがって、訂正後の請求項1~8に係る本件訂正は認められない。“
と結論された。
その結果、本件発明は、特許公報に記載された“特許請求の範囲の請求項1~5に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである”とした(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6207484/D08629621052FC2C5FD3B7896FF2521DF23625A888987337915B10707EBD0829/15/ja)。
(参考)
”51―14 P 訂正請求書提出後の審理”
https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/sinpan-binran_18/51-14.pdf
”最終的な訂正の適否判断については、訂正の請求の単位に応じて行う。
つまり、請求項ごとの請求については請求項ごとに、一群の請求項ごとの請求につ
いては一群の請求項ごとに、特許全体に対しての請求についてはその特許全体
に対して、それぞれ訂正の適否を判断する。”
”例えば、一群の請求項については、訂正要件違反が一部の請求項のみにあるときであっても、全体として訂正を認容しない。”
カゴメ株式会社が主張した無効理由は、以下の10項目である。
無効理由1~8(特許法36条4項1号、特許法36条6項1号)
無効理由3、9(特許法36条6項2号)
無効理由10 (特許法29条2項)
(上記各無効理由の詳細は省略)
審判官は、無効理由1、4、9、10は理由がないが、無効理由2、3、5~8により、請求項1~5についての特許は無効とすべきものであると結論した。
以下に、無効理由とはならかった無効理由10と、無効理由とされた無効理由2について紹介する。
無効理由10(特許法第29条2項)
カゴメ株式会社は、拒絶査定不服審判での引用文献(「ひとくちトマトのブログ」、甲8(http://hitokuchi-md.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-3e8e.html)を証拠として進歩性違反を主張した。
しかし、審判官は、甲8発明には、
”エステル類やアルコール類についての記載や示唆はない。
そうすると、甲8発明について、本件発明が対象とする6種類のエステル類及び2種類のアルコール類の含量を把握することはできないし、その含量を、本件発明1の範囲内とすることを当業者が容易に想到し得たということもできない。
よって、上記相違点に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到し得たということはできない。“として、カゴメ株式会社の主張を採用しなかった。
無効理由2
カゴメ株式会社は、
“香気成分の含有量を「相対含量」によって特定するものであるところ、「相対含量」からは一義的に香気成分の絶対量・濃度が特定できないから、「相対含量」なる概念をもって、特定の香気を実現しようとする本件発明の技術的意義が理解できず、「相対含量」という数値を一定範囲とすることで、課題を解決できるとは理解できない”と主張した。
これに対して、審判官は、
“本件発明の「相対含量」の技術的意義が理解できないため、本件発明の「該エステル類および/または該アルコール類の内部標準物質1ppbに対する相対含量が0.06~1.0である」と特定したことの技術的意義は理解できない。
よって、当業者は、技術的意義を有するものとして、本件発明の実施をすることができず、また、上記特定事項を含む本件発明は、本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということもできない“と判断した。
審決の予告後の2020年1月31日、キッコーマン株式会社は、訂正請求書を提出した。
その内容は、特許審決公報によれば、“特許請求の範囲の請求項1~5を削除するというものである”であった。
この訂正請求書の提出を受けて、審判官は、
“訂正後の請求項〔1~5〕について訂正を認める“とし、
“請求人は、本件特許の請求項1~5に係る発明についての特許を無効とすることを求めているところ、上記のとおり、請求項1~5を削除する本件訂正が認められるから、本件審判の請求は、その対象が存在しないものとなった。
したがって、本件審判の請求は、不適法な審判の請求であって、その補正をすることができないものであるから、特許法第135条の規定により却下すべきものである“と結論した。