【41】特許侵害を未然に防ぐための情報提供 ~出願人の後出しデータは認められるか(1)~ 

拒絶理由に対して、出願人が新たな実験データを実験成績証明書として提出し、反論する場合がある。しかし、出願後に新たな実験データを提出しても、明細書中に実施例による裏付けの記載がない場合には、後出しデータは認められない。

情報提供して、提供した情報が拒絶理由に採用されたとしても、出願人は、明細書の記載をもとに、意見書や実験成績証明書等を提出することによって、反論や釈明をすることができる。

新規性や進歩性の違反、あるいは記載不備違反があると指摘された特許出願に対して、出願人が新たな実験データを実験成績証明書として提出し、提出した実験データをもとに拒絶理由を解消しようとすることはよく行われることである。

例えば、「実験成績証明書」の形で、特許請求の範囲から外れる比較例を提出したり、数値限定特許の場合に臨界点付近の実験データを後出し提出する場合である。

ただし、出願後に新たな実験データを明細書に追加記載することは認められない。

(28 化学 Vol.74 No.8 (2019) http://www.setouchi-pat.jp/img/7408kagaku_nakatsukasa.pdf)。

以下に、出願人が、「実験成績証明書」などによって、実験データを後出しした場合の実例を2つ紹介する。

一つ目は、明細書に一行記載(実施例による裏付けがない記載)しか記載がない場合に、後出しで提出した実験データが認められるかどうかに関する判例である (平成27年(行ケ)第10052号 審決取消請求事件 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/819/085819_hanrei.pdf

特表2008-5124622「ナルメフェン及びそれの類似体を使用する疾患の処置」https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2008-512462/30E110D1C5838B5DF7BDEA5B8688852474657ADA737F0B5AAAA9E8AD5B464850/11/ja)は、

米国出願(US2005/031737)を基礎出願として国際出願され(国際公開WO2006/029167、(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/WO-A-2006-029167/D608FBB956E59EBE5C4DF4B1FC534D47F46F8159EC8E0341CD5D34EC0AF74AB2/50/ja)、

日本に移行手続きされた出願である。

本出願は拒絶査定になったため、出願人は拒絶査定不服審判請求(不服2012-20646)したが、同時に手続補正書により、特許請求の範囲等の補正を行った。

特許庁は、新規事項の追加や記載要件(サポート要件、実施可能要件)違反などの理由で、「本件審判の請求は,成り立たない。」と審決した。

出願人はこれを不服として、知財高裁に審決取消請求の訴訟を提起した。

以下、当該訴訟における記載要件に関する判決文を紹介する。

補正前の特許請求の範囲のうち、請求項1は以下の通りである。

【請求項1】

B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染,器官の損傷が肝臓の損傷,肺の損傷,及び腎臓の損傷であるところの器官の損傷,並びに,クローン病,潰瘍性大腸炎,及び肺繊維症からなる群より選択された,スーパーオキサイドアニオンラジカル,TNF-α,又はiNOS,の過剰生産と関連させられた疾患より選択された健康状態を予防する又は治療するための医薬において,

それは,式R-A-Xの化合物の治療的な量をそれを必要とするヒト又は動物へ投与することを具備すると共に,

Rは,H,・・・(中略)・・・と共に,

Aは,

【化1】(省略)

であると共に,

Xは,水素,・・・(中略)・・・構造

【化2】(省略)

からなる群より選択された構造であることができると共に,

・・・(中略)・・・,医薬

式R-A-Xの化合物は、ナルメフェンとその類似体を指している。

なお、ナルメフェン塩酸塩水和物は飲酒量の低減作用を発揮する飲酒量低減薬として認められているようである(https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00067881.pdf)。

争点は、式R-A-Xの化合物の“ウィルス性の感染”を予防又は治療するための医薬としての記載要件に関する。

原告(出願人)は、記載要件についての審決の判断手法及び判断の誤りを主張した。

記載要件の判断手法の誤りについての原告の主張は、以下のようである。

出願時の技術水準を考慮すれば、本願明細書中のナルメフェンを含む医薬がウィルス性の感染を予防又は治療することができるとする記載に基づき、“当該結論を得るために行った実施例及びその結果を想定することができる”。

しかし、審決では,審判請求書添付の試験結果や基礎出願である米国特許出願の試験結果の記載が、“当該想定された実施例及びその結果の範囲を超えるものであるかの判断を行う必要があるのに、これらの試験結果を参酌“しなかったと主張した。

具体的には、

出願当初の明細書等に何らの記載がないにもかかわらず,出願後に提出した試験結果等を提出して主張又は立証をすることは第三者との衡平を害する結果を招来するため特段の事情がない限りは許されないとしても,

本願明細書には,段落[0002]~[0026]の「背景技術」において,特許文献1~28及び非特許文献1~17を挙げて本願の優先日における技術水準が説明されており,本願の化合物であるナルメフェンだけでなく,類似構造のナルトレキソンの効力も記載されている(段落[0015],[0017]及び[0020])。”

したがって,当業者は,多種多様なナルメフェンの医学的な使用に基づく本願の優先日における技術水準に基づいて,ナルメフェンを含む医薬が,B型肝炎から選択されたウィルス性の感染を予防又は治療することができるとする本願明細書(請求項1,段落[0034],[0035],[0072])の記載に基づき,

当該結論を得るために行った実施例及びその結果を想定することができる

したがって,審決は,審判請求書添付の試験結果や基礎出願の試験結果の記載が,当該想定された実施例及びその結果の範囲を超えるものであるかの判断を行う必要があり,

本願明細書の記載から想定される範囲内であれば,これらの試験結果を参酌しても,出願人と第三者との公平を害するものでない。

と主張した。

そして、記載要件の判断の誤りについて、“審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌して審査すれば,本願は,特許法36条6項1号及び同条4項1号に規定する要件を満たす”と主張した。

原告が、ウィルス性の感染を予防又は治療することができるとする本願明細書の請求項1以外の記載、段落[0034]、[0035]、[0072]は、以下のようである。

【0034】 本発明に従って生産された処置又は医薬は,B型肝炎及びC型肝炎のようなウィルス感染,並びに,敗血症性ショック,・・・(中略)・・・,TNF-α 又はiNOSの過剰生産と関連した疾患のような健康状態を予防する又は処置するためのものを含む。

【0035】 本発明の他の実施形態に従って,本発明は,B型肝炎及びC型肝炎を伴った患者におけるウィルス感染並びに敗血症性ショック,器官の損傷,・・・(中略)・・・,TNF-α 又はiNOSの過剰生産と関連した疾患のような健康状態を予防する又は処置する方法であって,指定された化合物の一つ又はより多くの治療的に有効な量を含む薬学的な組成物を,それを必要とする主体へ,投与することを含む,方法に関係する。

【0072】 使用の方法 ここで記載した式の化合物に加えて,本発明は,有用な治療の方法もまた提供する。例えば,本発明は,ウィルス感染,並びに,敗血症性ショック,・・・(中略)・・・,TNF-α,及びiNOSの過剰生産と関連した疾患を処置する方法を提供する。いくつかの実施形態においては,ウィルス感染は,B型肝炎ウィルス及びC型肝炎ウィルスによる感染を含むが,しかし,それらに限定されるものではない。

一方、被告(特許庁)の主張は、以下のようであった。

判断手法及の誤りについては、

本願明細書に記載されていない事項が,基礎出願の明細書に記載されていたとしても,それは,あくまで本願明細書の記載外の事項であり,本願明細書に記載された事項とはいうことができない。

本願明細書には,B型肝炎の予防又は治療の機構について一切説明はなく,

「B型肝炎から選択された,ウィルス性の感染」を予防又は治療するための医薬としての有用性は示されておらず,

本願に係る意見書,手続補正書,回答書等の経緯においても,

一度も「B型肝炎から選択された,ウィルス性の感染」について客観的な根拠を伴った主張はされていない。

したがって,審決が,審判請求書添付の試験結果について認定しなかった点にも誤りはない“。

そして、判断の誤りについては、

“記載要件の判断手法に誤りがないことは前記(1)のとおりであるから,

記載要件の判断手法に誤りがあることを前提に,審決の判断に誤りがあるとする原告の主張は,その前提を欠く”などと主張した。

知財高裁の判決において、取消事由2(記載要件についての審決の判断手法及び判断の誤り)について、

“原告の取消事由2の主張には理由がなく,本願が特許法36条6項1号及び同条4項1号の規定を満たしていないことを理由として審判請求を不成立とした審決の結論に誤りはないものと判断する“と結論された。

判断手法の誤りに関する両者の主張に対して、以下のように判示した。

一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために,出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,

前記(3)のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物を,B型肝炎ウィルスの感染を予防又は治療するために用いるという用途が記載されているのみで,

当該用途における化合物の有用性について客観的な裏付けとなる記載が全くないのであり,

このような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果や基礎出願の試験結果を考慮することは,前記(3)アで述べた特許制度の趣旨から許されないというべきである。

“原告が,審判手続において,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌すべき旨を主張していたことからすれば(甲11,13),審決において,同主張を明示的に排斥することが相当であったとはいえるとしても,

出願後に提出された薬理試験結果である審判請求書添付の試験結果や,基礎出願の試験結果は,本願明細書に記載された本願発明の効果の範囲内で試験結果を補充するものということはできないから

(その上,後記イのとおり,これらの試験結果を考慮したとしても,式R-A-Xの化合物のB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に対する有用性を裏付けるものとは認められない。)

これらの資料を考慮しないで,サポート要件及び実施可能要件を満たさないとの判断をした審決の判断手法が違法であるということはできない。

また,その点が審決の判断を左右するものとは認められないから,審決の取消事由には当たらない。 “

そして、判断の誤りについては、

上記アで判示したところによれば,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌すべきであったとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,審決の判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。

また,“事案に鑑み,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果について念のため検討しても,以下のとおり,これらの試験結果は,「式R-A-Xの化合物」のB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に対する有用性を裏付けるものとは認められない。”

審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果は,

いずれも本願発明の式R-A-Xの化合物と,生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖を抑制することとの関係を示すものではなく,そのような関係を示す技術常識があるとも認められず,同化合物が,B型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療という医薬用途において有用であることを当業者が理解することができるものではないから,

仮に,これらの試験結果を考慮したとしても,審決の結論に誤りはない。

(続く)