【42】特許侵害を未然に防ぐための情報提供 ~出願人の後出しデータは認められるか(2)~ 

(42)特許侵害を未然に防ぐための情報提供 ~出願人の後出しデータは認められるか(2)~ 

審査の過程で、拒絶理由に対して、出願人が新たな実験データを実験成績証明書の形で提出して反論する場合がある。比較例や数値限定特許の場合に臨界点付近の実験データを後出しで提出することが有効な場合がある。

2つ目は、特許権者が、拒絶理由に対して実験データを実験成績証明書として提出して拒絶理由を解消して特許査定された事例を紹介する。

特許第6301208号「高活性な酸化マグネシウム系添加剤、及びその用途」の特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6301208/CC47EDCD0C676A45245812DF91B98C58AFBCED4F12D862001355C0029A411045/15/ja)。

【請求項1】

BET比表面積が80m2/g以上300m2/g以下であり、かつCAA40%が30秒以下であり、

乾式粒度分布の平均粒子径が5μm以上6.4μm以下である酸化マグネシウム粒子、又はその表面処理物を含む酸化マグネシウム系添加剤。

【請求項2】以下、省略

一方、公開公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2016-3174、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-003174/CC47EDCD0C676A45245812DF91B98C58AFBCED4F12D862001355C0029A411045/11/ja)。

【請求項1】

BET比表面積が80m2/g以上300m2/g以下であり、かつCAA40%が30秒以下である酸化マグネシウム粒子、又はその表面処理物を含む酸化マグネシウム系添加剤。

【請求項2】

前記酸化マグネシウム粒子は、乾式粒度分布の平均粒子径が5μm以上10μm以下である請求項1に記載の酸化マグネシウム系添加剤。

【請求項3】以下、省略。

本出願に対して、以下のような拒絶理由が通知された。

サポート要件(特許法第36条第6項第1号)違反、明確性(特許法第36条第6項第2号)違反、新規性(特許法第29条第1項第3号)違反、進歩性(特許法第29条第2項)違反

拒絶理由で引用された主引用文献は、以下の2つである。

(1)1.3.2 酸化マグネシウム,フィラーハンドブック,1987年 6月

25日,再版第2刷,165~168ページ

(2)キョーワマグ150カタログ,2012年12月 1日

拒絶理由書の備考には、以下の記載がある。

[請求項1]

引用文献1には、高活性MgOキョーワマグ150のCAA40%が、20秒である旨記載されている(特に表2)。

また、引用文献2には、キョーワマグ150のBET比表面積が144m2/gであると記載されている([分析一例])。

してみると、引用文献1、2に記載のキョーワマグ150は、本願請求項1の規定を充足するから、本願請求項1に係る発明は、引用文献1、2に記載された発明であるか、あるいは当該発明より当業者であれば容易に想到し得るものである。

[請求項2、3]

引用文献3には、キョーワマグ150の平均粒径が5.6μmであると記載されている([0074])。

してみると、「乾式粒度分布」の平均粒径であるか否かは明示されていないものの、本願発明と同等のBET比表面積、CAA40%を併せ持つことから、平均粒子径についても同等である蓋然性が高い。

また、本願請求項3の規定についても、同様に物性に相違がないことから、同等である蓋然性が高い。

拒絶理由通知に対して、出願人は意見書と実験成績証明書とを提出し、同時に手続補正書を提出し、上記した特許公報に記載された形に特許請求の範囲を補正した。

実験成績証明書の結果を引用した出願人の意見書の一部を引用する。

2)進歩性について

・請求項1~8について

相違点1に関して、審査官殿は、「引用文献3には、キョーワマグ150の平均粒径が5.6μmであると記載されている(0074)。「乾式粒度分布」の平均粒径であるか否かは明示されていないものの、本願発明と同等のBET比表面積、CAA40%を併せ持つことから、平均粒子径についても同等である蓋然性が高い」とのご指摘です。

しかしながら、本意見書と同日付けで提出した実験成績証明書に示す通り、キョーワマグ150について、乾式粒度分布の平均粒子径を測定したところ、7.5μmであり、引用文献3の平均粒径5.6μmとは異なる値でした。

この理由は、引用文献3には平均粒径の測定方法の記載がないため、詳細は不明ではありますが、測定方法の違いによるものと思料します。

従って、キョーワマグ150の乾式粒度分布の平均粒子径は、本願発明1の乾式粒度分布の平均粒子径の範囲外であると言えます。

さらに、実験成績証明書に示す通り、ゴム物性や樹脂物性等の効果にも顕著な差があります。キョーワマグ150のゴム物性については、スコーチタイムを多少確保することができているものの、引張強度を十分確保することができていません。

つまり、引張強度については、本願明細書の比較例1(表1)と同程度の値となり、ゴム物性全体としての効果が十分ではありません。

また、キョーワマグ150の樹脂物性については、色目は○であるものの、アイゾット衝撃強度を十分確保することができていません。

つまり、アイゾット衝撃強度については、本願明細書の比較例2(表1)と同程度の値となり、樹脂物性全体としての効果が十分ではありません。

このように、キョーワマグ150では、本願発明の効果を達成することはできません。

審査官殿におきましては、この実験成績証明書の結果も考慮して、ご判断頂きますよう宜しくお願い申し上げます。

“本願発明は、『BET比表面積が80m2/g以上300m2/g以下であり、かつCAA40%が30秒以下であり、乾式粒度分布の平均粒子径が5μm以上6.4μm以下である酸化マグネシウム粒子、又はその表面処理物を含む酸化マグネシウム系添加剤』であることが特徴であり、これらの構成によって、『高活性であり、受酸剤やスコーチ防止剤としての機能を十分に発揮でき、ゴム等と組み合わせた後でもその材料物性の低下をきたさない』という特有の効果を奏します

このような効果は本願明細書の実施例に裏付けられています。

即ち、本願明細書の表1に示すように、実施例1~3では、ゴム組成物として十分なスコーチ時間を確保することができ、引張強度も十分な強度を確保することができ、樹脂組成物の受酸剤としての効果も良好です。

このような効果は、本願発明によって、はじめて見出されたものであり、当業者の予測を超えた顕著な効果であり、本願発明1は当業者の通常の創作能力の範囲を超えたものと言えます。

さらに、本願発明2(相違点3)に関して、実験成績証明書に示す通り、キョーワマグ150の湿式粒度分布の平均粒子径は7.1μmであり、本願発明2の範囲外でした。

本願発明2については、さらに、引用文献1~3の内容から本願発明を想到する動機付けとなり得るものが無いと言えると思料します。

従って、本願発明1は、引用文献1~3や他の周知技術に基づいて、当業者に容易に想到することができた発明とは言えず、特許法第29条第2項に該当するものではありません。また、請求項1の従属項である請求項2~8についても、同様に、特許法第29条第1項第3号に該当するものではありません。”

出願人の応答に対して、審査官は、実験成績証明書の結果を考慮した特許メモを残し、特許査定した。

“<<特許メモ>>

平成30年1月18日付け刊行物等提出書にて提示された刊行物1~9のうち、特に主たるものと考えられる刊行物1、2について、以下のとおり検討した。

・・・(中略)・・・

●刊行物2(フィラーハンドブック)

刊行物2に記載のキョーワマグ150は、CAA40%20秒、BET比表面積144m2/g、平均粒径5.6μmを有すると認められる。

しかしながら、「乾式粒度分布の平均粒子径」については、出願人が提出した実験成績証明書(平成29年12月8日付け手続補足書)によると、本願請求項1の範囲外である7.5μmであり、上記刊行物等提出書においてもこの実験成績証明を覆すような証拠は示されていない。

また、「乾式粒度分布の平均粒子径」を変更すれば、CAA40%等の値も変化するものと認められるから、刊行物2記載の発明より本願発明に想到することが、当業者にとって容易であるともいうこともできない。

なお、本特許の審査過程においては、3回の情報提供(刊行物等提出書)がなされていた。

また、特許公報発行日の半年後、一法人によって異議申立された(異議2018-700788、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-125535/CC47EDCD0C676A45245812DF91B98C58AFBCED4F12D862001355C0029A411045/10/ja)。

しかし、審査過程で特許権者によって提出された実験成績証明書などを根拠として、“特許第6301208号の請求項1ないし8に係る特許を維持する”と結論された。