(37)明細書の不備を突く ~サポート要件違反(2)~
サポート要件の理解のために、食品特許(特許第5813262号)における判例を紹介する(平成29年(行ケ)第10129号 特許取消決定取消請求事件)
異議申立においてサポート要件違反で取消された特許権者は、知財高裁に出訴した。裁判においては、発明の課題の判断、および課題を解決できると認識できる範囲の判断が争点になった。
発明課題は、発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れるのに、異議申立の審理においては、あえて、「出願時の技術水準」に基づいて、発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定しており、異議決定における課題の認定は妥当なものとはいえず、また、発明の詳細な説明の記載から、発明の課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるといえると判示した。
そして、異議申立における特許取消決定を取り消した。
前回の「ハイブリッドカー」の事例は理解しやすいが、類型(3)や類型(4)を無効理由として主張することは、実際には容易ではない。
また、特許権者は、明細書の記載をもとに、意見書や実験成績証明書等を提出することによって、反論や釈明をすることができるので、サポート要件違反で無効にすることはそう簡単ではない。
サポート要件の理解のために、食品特許における判例を以下に紹介する(平成30年5月24日判決言渡 平成29年(行ケ)第10129号 特許取消決定取消請求事件https://www.hokutopat.com/wp/wp-content/themes/hokutopat/pdf/H29_gyo-ke_10129.pdf)。
特許第5813262号(発明の名称『米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品』)は、特許権設定登録後、異議申立てされた。
特許庁の審理の結果は、訂正請求を認め、特許第5813262号の請求項1~4に係る特許を取り消すというものであった。
訂正後の特許請求の範囲は、以下のようであった。
【請求項1】米糖化物,及びγ-オリザノールを1~5質量%含有する米油を含有するライスミルクであって,当該米油を0.5~5質量%含有するライスミルク。
【請求項2】~【請求項4】は省略。
異議申立での取消理由は、
“本件発明1~4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないから、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものである。”であった。
特許権者は、この取消決定の取消を求めて知財高裁に出訴した。
判決の主文は、以下の通りであった。
“1 特許庁が異議2016-700420号事件について平成29年5月8日にした決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。“
異議申立における審理において、審判官は、
”本件明細書の記載からは,γ-オリザノールを1~5質量%含有する米油全てについて,それぞれライスミルクへの含有量が0.5~5質量%の全範囲にわたって,本件発明1の課題を解決できることまでは認識できず…”、
当該特許発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないと判断した。
裁判で争点となったのは、以下の3点である。
・取消事由1(判断手法の誤り)
・取消事由2(課題の認定の誤り)
・取消事由3(課題を解決できると認識できる範囲の判断の誤り)
取消事由1については、原告(特許権者)の主張は採用できないと結論された。
取消事由2(課題の認定の誤り)及び取消事由3(課題を解決できると認識できる範囲の判断の誤り)については、
“サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である”として、“課題の認定”および“課題を解決できると認識できる範囲”について検討された。
以下、長くなるが、判決文の関連部分を引用する(なお、一部省略している)。
(1)課題の認定について
”前記のとおり,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,
特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,
また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると 認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。“
“また,発明の詳細な説明は,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段」その他当業者が発明の意義を理解するために必要な事項の記載が義務付けられているものである(特許法施行規則24条の2)。”
“かかる観点から本件発明について検討するに,・・・・・・(中略)・・・・・・明細書の記載からすれば,本件発明は,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」それ自体を課題とするものであることが明確に読み取れるといえる。”
“これに対し,異議決定は,
「本件発明1の課題は,本件特許明細書の『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』(省略)との記載及び実施例(省略)において,
『コク(ミルク感)』,『甘み』及び『美味しさ』の各評価項目について評価を行っていることから,『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』と認められる。」と,一旦は上記アと同様に本件発明1の課題を認定しながら,
最終的なサポート要件の適否判断に際しては,
「本件発明1の課題は,上記aのとおり,具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供することであ(る)」とその課題を認定し直し,
課題の解決手段についても,
「本件発明1が課題を解決できると認識できるためには,…実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有することを認識できることが必要である。」としている(省略)。“
“この点について,被告は,発明が解決しようとする課題とは,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,
本件発明1の「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」という課題は,本件出願時の技術水準を構成する米糖化物含有食品(具体的には,実施例1-1のライスミルク)に比べて,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであり,
したがって,異議決定においては,本件発明1の課題について,「具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供すること」としたものである(したがって,異議決定の課題の認定に誤りはない)と主張する。“
“確かに,発明が解決しようとする課題は,一般的には,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,発明の詳細な説明に,課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合においては,技術水準から課題を認定するなどしてこれを補うことも全く許されないではないと考えられる。”
“しかしながら,記載要件の適否は,特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから,その判断は,第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり,課題の認定,抽出に関しても,上記のような例外的な事情がある場合でない限りは同様であるといえる。
したがって,出願時の技術水準等は,飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず,本来的には,課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない
(換言すれば,サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,
出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。
出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)。“
“これを本件発明に関していえば,異議決定も一旦は発明の詳細な説明の記載から,その課題を「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」と認定したように,発明の詳細な説明から課題が明確に把握できるのであるから,
あえて,「出願時の技術水準」に基づいて,課題を認定し直す(更に限定する)必要性は全くない
(さらにいえば,異議決定が技術水準であるとした実施例1-1は,そもそも公知の組成物ではない。)。“
“したがって,
異議決定が課題を「実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供すること」と認定し直したことは,
発明の詳細な説明から発明の課題が明確に読み取れるにもかかわらず,その記載を離れて(解決すべき水準を上げて)課題を再設定するものであり,相当でない。
以上によれば,異議決定における課題の認定は妥当なものとはいえず,被告の主張は採用できない。“
“(2) 課題を解決できると認識できる範囲について
ア 上記のとおり,本件発明の課題は,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであると認められるので,本件発明が,発明の詳細な説明の記載から,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供する」という課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるか否かについて検討する。“
“イ 発明の詳細な説明の記載について
発明の詳細な説明においては,ライスミルクに米油又はイノシトール,あるいは,その両方を添加することが課題の解決手段とされていることが理解できる。“
“エ 以上によれば,本件発明は,いずれも,発明の詳細な説明の記載から,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供する」という課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるといえる。”
そして、
“以上のとおり,異議決定は,サポート要件の判断の前提となる課題の認定自体を誤り,その結果,本件発明が発明の詳細な説明の記載から課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについての判断をも誤って,サポート要件違反を理由とする特許取消しの判断を導いたものである。したがって,その旨を指摘する取消事由2及び取消事由3は理由がある。”
と結論した。
参考として、食品特許における記載要件に関する研究を紹介する。
“特許法における記載要件について : 飲食物に関する発明の官能試験を素材として”
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/76024/4/54_04-Liu.pdf