特許を巡る争い<54>ハウス食品・ルウ製造法特許

ハウス食品株式会社の特許第6785357号“ルウの製造方法及びルウ”は、カレーなどの調理材料ルウの、固化後の外観を良好にする製造方法に関する。進歩性欠如とサポート要件違反の理由で一個人名で異議申立てがなされたが、そのまま権利維持された。

ハウス食品株式会社の特許第6785357号“ルウの製造方法及びルウ”を取り上げる。

特許第6785357号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6785357/AA7A119BBF6FB9BCB1C54FA5A23B143DDCDF9CCF6EDC8F481FE5FB12DEA13DD7/15/ja)。

【請求項1】

ルウの製造方法であって、

塩及び/又は砂糖を粉砕し、粉砕原料を調製する工程、

第1の澱粉質原料と、油脂と、前記粉砕原料と、風味原料とを含む混合物を加熱処理して、

溶融状のルウを調製する工程、及び、

前記溶融状のルウを固化する工程、を含み、

前記ルウ中の油脂の含有量が、前記ルウの全質量に対して26質量%以上であり、

前記ルウの油脂量に対する水分量の質量比が、0.04~0.13である、

ルウの製造方法。

【請求項2】~【請求項8】 省略

本特許明細書によれば、“「ルウ」”は、“カレー、シチュー、ハヤシライスソース、ハッシュドビーフ、スープ、及びその他各種ソースを調理する際に使用する調理材料のことをいう。前記ルウを、肉や野菜などの食材を水と一緒に煮込んだところに投入することで、各料理を手軽に作ることができる”と記載されている。

本特許発明における“「澱粉質原料」”とは、“澱粉を主成分とする食品原料のことをいう”と定義されており、コーンスターチや小麦粉が例示されている。

また、“「風味原料」”とは、“前記ルウに対して所望の風味を付与する原料であって、前記塩及び前記砂糖以外の原料のことをいう”と定義されており、香辛料やオニオンパウダーなどの野菜パウダーが例示されている。

“ルウ”は、“澱粉質原料と、油脂と、塩や砂糖と、風味原料とを含む混合物を加熱処理して、溶融状のルウを調製する工程、及び、溶融状のルウを固化する工程を含む”方法で製造される。

ルウの製造において、“塩や砂糖を粉砕すると製造過程におけるルウの中での沈降分離が抑制される一方、溶融状のルウの粘度が上昇して、容器に充填、固化後のルウの表面が凸凹になってしまうことがある”。

そして、“ルウ中の油脂量と水分量の比率を調整することで、粉砕した塩や砂糖を使用した場合であっても、油浮きを抑えつつ固化後の表面が平坦なルウを製造できることを見出し、本発明を完成させた”と記載されている。

本特許は、出願日(令和1年10月3日)の約1か月後(令和1年11月12日)に早期審査請求された 。その結果、公開日(令和3年4月15日)より前に特許公報が発行された(令和2年11月18日)。

公開特許公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2021-58101、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2021-058101/AA7A119BBF6FB9BCB1C54FA5A23B143DDCDF9CCF6EDC8F481FE5FB12DEA13DD7/11/ja)。

【請求項1】

ルウの製造方法であって、

塩及び/又は砂糖を粉砕し、粉砕原料を調製する工程、

第1の澱粉質原料と、油脂と、前記粉砕原料と、風味原料とを含む混合物を加熱処理して、溶融状のルウを調製する工程、及び、

前記溶融状のルウを固化する工程、を含み、

前記ルウ中の油脂の含有量が、前記ルウの全質量に対して26質量%以上であり、

前記ルウの油脂量に対する水分量の質量比が、0.04~0.13である、

ルウの製造方法。

【請求項2】~【請求項8】省略

請求項1について見ると、公開公報に記載された請求項1は、そのまま特許査定を受けている。

特許公報発行日(令和2年11月18日)の半年後(令和3年5月17日)、一個人名で異議申立てがなされた(異議2021-700461、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2019-182861/AA7A119BBF6FB9BCB1C54FA5A23B143DDCDF9CCF6EDC8F481FE5FB12DEA13DD7/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

特許第6785357号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。

特許異議申立人が証拠として甲第1号証~甲第7号証を提出し、申し立てた理由は以下の2つであった。

(1)理由1:進歩性欠如

“本件の請求項1~8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の甲第1~6号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。”

(2)理由2:サポート要件違反

“本件の請求項1~8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しない。”

以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1)理由1:進歩性欠如

審判官は、本件発明1と甲1発明1(甲第1号証に記載された発明)とを対比し、以下の一致点及び相違点を認めた(甲第1号証:特開2008-271824公報)。

一致点:“「ルウの製造方法であって、

第1の澱粉質原料と、油脂と、塩及び/又は砂糖である原料と、

風味原料とを含む混合物を加熱処理して、溶融状のルウを調製する工程、及び、

前記溶融状のルウを固化する工程、

を含み、

前記ルウ中の油脂の含有量が、前記ルウの全質量に対して26質量%以上であり、

前記ルウの油脂量に対する水分量の質量比が、0.04~0.13である、

ルウの製造方法。」である点

相違点1:“本件発明1は「塩及び/又は砂糖を粉砕し、粉砕原料を調製する工程」を有し、油脂、風味原料を含む混合物が、該粉砕原料を含むものであるのに対し、

甲1発明1は、塩及び砂糖を粉砕し、粉砕原料を調製する工程を有しておらず、油脂、風味原料を含む混合物が、該粉砕原料を含むとしていない点

上記相違点1について、審判官は以下のように判断した。

“甲1には「更なる粉体原料としては、食塩、砂糖、粉乳、各種香辛料、オニオンパウダー、その他粉体の調味原料等がある。なお、食塩と砂糖は、予め粉砕処理しておく方が均一混合という点から好ましい。」との記載がある“

一方、甲3(甲第3号証:特許第3670986号公報)に記載された技術は、“ルウの製造方法に関する点で甲1に記載のものと共通する。“

そして、甲3には、“小麦粉ルウ、及び粉体原料等を配合し、これを加熱混合してなるルウ”や“食塩、砂糖等は高速粉砕機等で粉砕した場合”の記載がある。

したがって、甲1及び甲3に記載に基づいて、“甲1発明1において、塩及び/又は砂糖を粉砕し、粉砕原料を調製する工程を採用すること、油脂、風味原料を含む混合物が、該粉砕原料を含むものとすることは当業者が容易になし得た事項である”と、審判官は認めた。

その上で、本件発明1の奏する効果について言及した。

本件発明1は、製造されるルウにおいて、粉砕した塩や砂糖を使用した場合であっても、油浮きを抑えつつ表面の平滑さを向上することができ、したがって、外観の良好なルウを提供することが可能となる、という効果を奏するものであるといえる。”

“これに対し、甲1には、食塩と砂糖を予め粉砕処理しておく方が均一混合という点から好ましいことが記載されており”、

甲3には、“吸湿性粉体原料を澱粉系原料と共に粉砕した均一な粒度で加工適性が高い原料を用いることによって、粉体原料の沈降分離を回避して、製品中の粉体原料を均質化させることにより、従来製品と比べて、滑らかな粘度で優れた食感と風味を有するように改質された新しいタイプの高品質のルウを製造すること”等の記載がある。

したがって、

“甲1、甲3のいずれにも、製造されるルウにおいて、粉砕した塩や砂糖を使用した場合であっても、油浮きを抑えつつ表面の平滑さを向上し、外観の良好なルウを提供することが可能となることについての記載ないし示唆がされているとはいえない”。

また、甲2、4、5、6(詳細省略)の記載をみても、

“製造されるルウにおいて、粉砕した塩や砂糖を使用した場合であっても、油浮きを抑えつつ表面の平滑さを向上し、外観の良好なルウを提供することが可能となることについての記載ないし示唆があるとはいえない”。

特許異議申立人は、

塩及び/又は砂糖を粉砕したものを使用することは、

例えば、甲1及び甲3に開示されているように、既に公知であり、

そうとすれば、そのような工程を経て製造されたルウは、当然に沈降分離が抑制されるだけでなく油浮きも抑制されるという効果を奏することになる旨、

甲2、4~6の記載から、ルウの水分量と塩や砂糖の粒子の大きさを調整することでルウの粘度とブルーミングを調製できることは当業者であれば容易想到である旨主張“した。

この主張に対して、上記のように、審判官は、“塩及び/又は砂糖を粉砕したものを使用することが公知であったとしても、それによって沈降分離だけでなく油浮きも抑制されるという効果を奏するといえる技術的根拠が何ら示されておらず、

そのような効果を奏することが出願時の技術常識であったともいえず、

また、甲2、4~6の記載を参酌しても、製造されるルウにおいて、粉砕した塩や砂糖を使用した場合であっても、

油浮きを抑えつつ表面の平滑さを向上し、外観の良好なルウを提供することが可能となることについての記載ないし示唆があるとはいえない“と判断した。

そして、“本件発明1は甲1~6に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない”と結論した。

(2)理由2:サポート要件違反

特許異議申立人の主張は、理由(21)及び理由(22)であった。

理由“(21)本件発明1の「塩及び/又は砂糖を粉砕し」について”

審判官は、異議申立人の主張は、“概要、本件発明1は粉砕した塩と粉砕した砂糖のどちらか一方だけを使用する場合を含み、また、塩及び砂糖の粒子サイズが特定されていないが、かかる発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるというものである”と認めた。

理由“(22)本件発明1の「ルウの油脂量に対する水分量の質量比が、0.04~0.13である」について”

特許異議申立人は、“実施例1~5について、沈降分離や油浮きがなく、表面が平滑であった水分量と油脂量の質量比は最小が実施例2の0.043であり、最大が実施例4の0.125である一方、比較例2は水分量と油脂量の質量比が0.038であるが油浮きが認められており、比較例3は同質量比が0.143であり表面に凹凸が生じているところ、

実施例2と比較例2との差は0.005であり、実施例4と比較例3との差は0.018である。

このような僅かの質量比の違いであっても油浮きがや表面の平滑性に影響があることが示されているから、質量比が0.04の場合にも袖浮きが抑制されるかは定かではなく、質量比が0.13の場合にも表面の平滑性が維持されるかは定かではなくまた、実際に確認してみないとわからないといえる”と主張した。

理由(21)”本件発明1の「塩及び/又は砂糖を粉砕し」”についての審理は、以下のようであった。

審判官は、“塩及び砂糖はいわゆる調味料であって、それらの使用の有無は、目的とする食品の味に応じて適宜設定できることは技術常識であるところ、

発明の詳細な説明には、粉砕した塩と粉砕した砂糖のどちらか一方のみを使用した場合に、沈降分離、表面の平滑さ、油浮きに関して上記したような効果が得られないという記載、示唆はなく、出願時の技術常識を参酌してもそのような効果が得られないということはできないから、

粉砕した塩と粉砕した砂糖のどちらか一方のみを使用した場合においても、両方を使用した場合と同様の効果が得られるといえる。

粒子サイズについて、“発明の詳細な説明には、塩及び/又は砂糖の粉砕の程度は、前記ルウの中での沈降分離が抑制できる限り特に制限されないこと”が記載されており、及び粒子サイズについて詳細な説明に具体的に記載されている。

こうしたことなどから、審判官は、“かかる発明の詳細な説明の記載からは、塩、砂糖を粉砕することによって沈降分離が抑制でき、さらに、油脂量及び水分量を調整することにより、製造されるルウにおいて”、”外観の良好なルウを提供することが可能となることが理解でき、

また、好ましい粒子サイズの範囲が存在するものの、ルウ中での沈降分離が抑制できる限り特に制限されず、

塩及び砂糖の粉砕の程度を制限しなくとも、当業者は本件発明1が上記課題を解決できると理解できるといえる。

そして、粒子サイズが特定のものでないと本件発明1の上記課題が解決できないという技術的な根拠もない”と判断した。

これらのことから、審判官は、“本件発明1は、当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる”と結論した。

理由(22)本件発明1の「ルウの油脂量に対する水分量の質量比が、0.04~0.13である」についての審理は、以下のようであった。

審判官は、発明の詳細な説明の記載からは、

“ルウ中の油脂の含有量が、前記ルウの全質量に対して26質量%以上であり、かつ油脂量に対する水分量の質量比が約0.04~約0.13となるように油脂量及び水分量を調整することにより、製造されるルウにおいて、粉砕した塩や砂糖を使用した場合であっても、油浮きを抑えつつ表面の平滑さを向上することができ、外観の良好なルウを提供することが可能となるといえる一方、

油脂の含有量、油脂量に対する水分量の質量比が本件発明1の範囲外である場合には、かかる効果が奏されないことが理解できる”と認めた。

そして、実施例において、“具体的に示されていることに鑑みれば、程度の差こそあれ、本件発明1の全範囲において上記と同様の効果が奏されると当業者が理解できるといえ、したがって、本件発明1は、当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。”と結論した。