特許を巡る争い<46>昭和産業・ドーナツシュガー特許

昭和産業株式会社の特許第6719871号は、良好な口どけと、しっとり感を有することを特徴とするドーナツ等の表面に付着させるドーナツシュガーに関する。進歩性欠如等の理由で異議申立されたが、いずれの申立理由も採用されず、権利維持された。

昭和産業株式会社の特許第6719871号“ドーナツシュガー、及びその製造方法”を取り上げる。

特許第6719871号の特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6719871/9FDCA752D2BDC0C2E3D1EE0A93C0E67292EA875D14F62970F553BD7DA6D479E6/15/ja)。

【請求項1】

油脂でコーティングした結晶ぶどう糖を含むドーナツシュガーであって、

前記結晶ぶどう糖の水分が、5.0~10.0質量%であり、

前記油脂は、品温70℃から冷却した際に粘度が0.1Pa・sとなる温度(T0.1Pa・s)が20℃以上、40.5℃未満であり、

前記ドーナツシュガーが良好な口どけを有し、且つ良好なしっとり感を有することを特徴とするドーナツシュガー。

【請求項2】 省略

本特許明細書によれば、“ドーナツシュガー”とは、“ドーナツ等の揚げ菓子、ケーキ等の洋菓子類、揚げパン等のパン類等の表面に付着させて、その外観や風味を改善するために使用される粉末製品であり、

一般に、グルコース、フルクロース、シュクロース、マルトース、ラクトース、デキストリン、粉飴等の粉末糖を油脂でコーティングする等により調製されている”

と記載されている。

従来の“ドーナツシュガーは、ドーナツ等に付着させた後、時間の経過とともに潮解する現象(以下、「泣き」と称する)が生じると、商品価値が損なわれるため、高い泣き耐性が求められている。

一方、泣き耐性を向上するために高融点の油脂を用いて、粉末糖をコーティングすると、喫食時のドーナツシュガーの口どけの悪化、しっとり感の悪化、ドーナツ等への付着性の低下等が生じる問題がある”と記載されている。

本特許発明の“ドーナツシュガー”は、“油脂でコーティングした結晶ぶどう糖を含み、前記結晶ぶどう糖の水分が、5.0~10.0質量%であることを特徴とするドーナツシュガーである”と記載されている。

本特許発明は、“良好な口どけや付着性”には、“使用する結晶ぶどう糖の水分が、口どけに大きな影響を与えることを見出し”、この知見をもとにしたもので、本特許の“ドーナツシュガーは、”特に泣き耐性に優れ、且つ良好な口どけを有するドーナツシュガー“であると記載されている。

本特許の公開時の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2017-18040、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-018040/9FDCA752D2BDC0C2E3D1EE0A93C0E67292EA875D14F62970F553BD7DA6D479E6/11/ja)。

【請求項1】
油脂でコーティングした結晶ぶどう糖を含むドーナツシュガーであって、
前記結晶ぶどう糖の水分が、5.0~10.0質量%であることを特徴とするドーナツシュガー。
【請求項2】~【請求項5】 省略

上記特許公報に記載された請求項1と比較すると、公開時の請求項1に、油脂の物性の数値限定及び発明の作用効果が追加されている。

特許公報発行日(2020年7月8日) の約半年後(2021年1月7日)、一個人によって異議申立てがなされた(異議2021-700015、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2015-139186/9FDCA752D2BDC0C2E3D1EE0A93C0E67292EA875D14F62970F553BD7DA6D479E6/10/ja)。

結論は、以下であった。

特許第6719871号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。

異議申立理由は、以下の5つであった。

(1)申立理由1-1(進歩性違反)

本特許請求項1~2に係る発明(本件特許発明1~2)は、甲第1号証(特開2014-39506号公報)に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明及び周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。

(2)申立理由1-2(進歩性違反)

本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)は、甲第5号証(特開平9-201166号公報)に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明及び周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである

さらに、本件特許発明1~2について、以下の異議理由を申し立てた。

(3)申立理由2(サポート要件違反)

(4)申立理由3(実施可能要件違反)

(5)申立理由4(明確性要件違反)

なお、異議申立人は、証拠として甲第1号証~甲第7号証を提出した。

以下、本件特許発明1に絞って、審理結果を紹介する。

(1)申立理由1-1(進歩性違反)

審判官は、本件特許発明1と甲1発明Aとを対比して、以下の一致点及び相違点A1~A3を有すると認めた。

一致点:“「油脂でコーティングした結晶ぶどう糖を含むドーナツシュガーであって、前記油脂は、品温70℃から冷却した際に粘度が0.1Pa・sとなる温度(T0.1Pa・s)が20℃以上、40.5℃未満であるドーナツシュガー。」である点。”

相違点A1:“本件特許発明1は、「結晶ぶどう糖の水分が、5.0~10.0質量%」であると特定されているのに対し、甲1発明Aは、「無水結晶ぶどう糖(昭和産業製)」であって、水分が特定されていない点。

相違点A2及び相違点A3は、省略。

審判官は、上記相違点A1について、以下のように判断した。

ア.甲1は、“油脂被覆粉末糖の油脂由来の油っこいぬめり感が発生せず、ベーカリー製品の生地のパサつきも発生させない油脂被覆粉末糖を提供することを目的とし、”

粉末糖を被覆する2層の油脂の融点範囲を特定のものとすることで、「油っこいぬめり感」、「生地のパサつき」に加え「泣き」に優れた油脂被覆粉末糖が得られていることが理解でき”る。

イ.甲1には、油脂被覆粉末糖を得るための粉末糖については、ぶどう糖の他、フルクトース、シュクロース、マルトース、ラクトース、トレハロース等を用いることができることや、ぶどう糖を用いることが好ましいことは記載されているが(上記(甲1d))、粉末糖の水分について記載したところはない。

したがって、“甲1発明Aについて、さらに「無水結晶ぶどう糖(昭和産業製)」の水分に着目して、5.0~10.0質量%のものとすることを動機付けるところはない。

ウ.甲2~5(省略)には、 “結晶ぶどう糖の水分と油脂被覆粉末糖の泣き耐性との関係について示したものではないから、甲2~5の記載を検討しても、甲1発明Aの油脂被覆粉末糖について、結晶ぶどう糖として、水分が、5.0~10.0質量%のものとする理由がない。

エ.本件特許発明1は、“結晶ぶどう糖の水分が、5.0~10.0質量%の範囲内であり、品温70℃から冷却した際に粘度が0.1Pa・sとなる温度(T0.1Pa・s)が20℃以上、40.5℃未満である油脂でコーティングした結晶ぶどう糖を含むドーナツシュガーとしたことで、油脂のコーティングによる泣き耐性を有するとともに、良好な口どけを有し、且つ良好なしっとり感を有するドーナツシュガーが得られるという、甲1発明Aからは予測できない効果を奏するものである。

以上から、審判官は、

相違点A1は当業者が容易になし得たことではないから、相違点A2及びA3について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明A及び甲2~5に示される周知技術によって、当業者が容易に発明をすることができたものではない。”と結論した。

(2)申立理由1-2(進歩性違反)について

審判官は、本件特許発明1と甲5発明とを対比して、以下の一致点及び相違点1~4を有すると認めた。

一致点:“「油脂でコーティングしたぶどう糖を含むドーナツシュガー。」である点。”

相違点1:“本件特許発明1は、ぶどう糖が「結晶ぶどう糖」であって「水分が、5.0~10.0質量%」であると特定されているのに対し、甲5発明は、「ぶどう糖」である点。

相違点2~相違点4は、省略。

審判官は、相違点1について、以下のように判断した。

ア.甲5は、糖類としてぶどう糖とデキストリンを併用し、かつ油脂として融点が各々45~55℃と55~65℃の異なる範囲にあり、かつ両者の融点の差が5℃以上である2種のものを均一混合状態で併用することで、長時間吸湿せずに商品形状を保持することができ、極めて良い結果が得られたものである(上記(甲5b))”

イ.甲5には、ぶどう糖については、無水ぶどう糖と含水ぶどう糖の混合物が好ましいものとして挙げられることが記載されているだけで(上記(甲5c))”、“甲5発明の「ぶどう糖」の水分は不明である

“したがって、甲5の記載から、甲5発明のコーティングシュガー組成物中の糖類からぶどう糖にのみ着目して、「結晶ぶどう糖」であって「水分が、5.0~10.0質量%」のものとする動機付けがない。

ウ.甲2~3(省略)には、“結晶ぶどう糖の溶解性や水分が記載されているにすぎず、甲2~3の記載を検討しても、甲5発明のコーティングシュガー組成物中の糖類からぶどう糖にのみ着目して、「結晶ぶどう糖」であって「水分が、5.0~10.0質量%」のものとする理由がない。

エ.本件特許発明1は、油脂のコーティングによる泣き耐性を有するとともに、良好な口どけを有し、且つ良好なしっとり感を有するドーナツシュガーを製造することができるという、本件特許明細書記載の効果を奏するものである。”

以上から、審判官は、

相違点1は当業者が容易になし得たことではないから、相違点2~4について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲5発明及び甲2~3に示される周知技術によって、当業者が容易に発明をすることができたものではない。”と結論した。

また、申立理由2(サポート要件違反)、申立理由3(実施可能要件違反)及び申立理由4(明確性要件)についても、詳細は省略するが、申立人の主張は採用できないとして結論した。