特許を巡る争い<38>キリン・難消化性デキストリン含有容器詰め飲料特許

キリンビバレッジ株式会社とキリンホールディングス株式会社の特許第6664929号は、飲料中に含有させた難消化性デキストリンの光劣化による香味劣化を、乳酸菌を共存させて抑制した飲料に関する。新規性欠如、進歩性欠如およびサポート要件違反の理由で異議申立されたが、いずれの申立理由も採用されず、そのまま権利された。

キリンビバレッジ株式会社とキリンホールディングス株式会社の特許第6664929号“難消化性デキストリン含有容器詰め飲料”を取り上げる。

特許第6664929号の特許公報の特許請求の範囲は、以下の通りであるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6664929/FF6A6C6519188630F1A7E516E71FC99B99D486C1A1B72FB0DE1995641E33409E/15/ja

【請求項1】

難消化性デキストリンを5g/L以上含有する難消化性デキストリン含有容器詰め飲料であって、乳酸菌の死菌をさらに含んでなり、かつ、

乳酸菌発酵物非含有飲料である、容器詰め飲料

(但し、大麦の葉および/または茎を含有する飲料並びに大麦の葉および/または茎の加工処理物を含有する飲料を除く)。

【請求項2】~【請求項8】省略

本特許明細書には、本特許発明における“「難消化性デキストリン」とは、とうもろこし、小麦、米、豆類、イモ類、タピオカなどの植物由来の澱粉を加酸および/または加熱して得た焙焼デキストリンを、必要に応じてαアミラーゼおよび/またはグルコアミラーゼで処理した後、必要に応じて脱塩、脱色した水溶性食物繊維であり、難消化性の特徴を持つものをいう”と記載されている。

また、本特許発明を用いれば、“ 難消化性デキストリンを比較的高濃度で含有する容器詰め飲料において難消化性デキストリンが光劣化することにより香味劣化が生じる”が、“難消化性デキストリンに乳酸菌を共存させることで難消化性デキストリンの光劣化による香味劣化を抑制できる”と記載されている。

本特許の公開時の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2017-79683、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-079683/FF6A6C6519188630F1A7E516E71FC99B99D486C1A1B72FB0DE1995641E33409E/11/ja)。

【請求項1】

難消化性デキストリンを5g/L以上含有する難消化性デキストリン含有容器詰め飲料であって、乳酸菌をさらに含んでなる、容器詰め飲料。

【請求項2】~【請求項9】省略

請求項1については、乳酸菌を“死菌“に限定し、飲料を“乳酸菌発酵物非含有飲料”に限定し、ならびに、飲料として“大麦の葉および/または茎を含有する飲料並びに大麦の葉および/または茎の加工処理物を含有する飲料”を除くクレームとすることで特許査定を受けている。

特許公報発行日(2020年3月13日)の3か月後(6月11日)に一個人名で異議申立てがなされた(異議2020-700406、特許決定公報 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2015-214342/FF6A6C6519188630F1A7E516E71FC99B99D486C1A1B72FB0DE1995641E33409E/10/ja)。

結論は、以下のようであった。

特許第6664929号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。

異議申立人の申立理由は、(1)新規性欠如(請求項1~3、7、8)、(2)進歩性欠如(請求項1~8)および(3)サポート要件違反(請求項1~3、7、8)であった。

以下、請求項1に係る発明(本件特許発明1)の審理結果を紹介する。

(1)新規性欠如

異議申立人の申立理由は、以下の1-1、1-2および1-3であった。

申立理由1-1:本件特許発明1は、”甲第1号証に記載されるとおりの本件特許の出願前に公然実施された発明”である。

申立理由1-2:本件特許発明1は、”甲第3号証に記載されるとおりの本件特許の出願前に公然実施された発明”である。

申立理由1-3:本件特許発明1は、”甲第4号証に記載されるとおりの本件特許の出願前に公然実施された発明”である。

まず、申立理由1-1の審理結果を説明する。

なお、甲第1号証は、森永乳業株式会社の2015年8月付けNEWS RELEASE文書であって、以下のような記載がある。

“「飲みきりサイズ125mlで200kcal! エネルギー摂取をおいしくサポートする総合栄養飲料

「エンジョイ climeal」がラインアップ拡充

「エンジョイclimeal ミルクティー味/みかん味/くり味」

9月1日(火)より順次新発売のお知らせ

販売中の商品もさらにおいしくリニューアルします!」

を表題(但し、摘記した記載「エンジョイclimeal」の2つめには、その「climeal」直上に振り仮名「クリミール」が付けられている。)とする2015年8月付けNEWS RELEASE文書“

審判官は、本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、以下の一致点と相違点があると認めた。

(一致点)両者は容器詰め飲料である点で一致し、

(相違点1-1)本件特許発明1では「難消化性デキストリンを5g/L以上含有する」ものであるのに対し、甲1発明では「食物繊維」を配合したものである点

(相違点1-2)甲1発明では「死菌」か否かが不明である「モラック乳酸菌」を配合したものである点

(相違点1-3)甲1発明では「乳酸菌発酵物」の含有の有無は不明である点

(相違点1-4)甲1発明では大麦の葉および/または茎並びに大麦の葉および/または茎の加工処理物の有無は不明である点

しかし、審判官は、甲1の記載事項からは、“「エンジョイ climeal」との名称の飲料が森永乳業株式会社および株式会社クリニコにより2013年から販売されていたことが認められるとともに”、“「今回新たに、……“モラック乳酸菌※”を配合しました。」との記載があることから、「エンジョイ climeal」との名称の飲料は、名称が変更されなくても少なくとも配合組成が変更されることのあったことが認められる“とした。

そして、

特許異議申立人の提出した証拠によっては、2015年9月1日より全国にて新発売する計画があった「エンジョイ climeal」を名称とする飲料が、

2019年7月の時点における「エンジョイ クリミール」を名称とする飲料と、全く同じ成分組成を有するものであるとすることはできず、

本件特許発明1と甲1発明との上記相違点1-1~相違点1-4がいずれも実質的な相違点ではないとすることもできない

と判断した。

さらに、

“2015年9月1日より全国にて新発売する計画のあった「エンジョイ climeal」を名称とする飲料が、現実に、本件特許の出願前に公然実施されたものであること(いつ、どこで、誰に、どのような状態で譲渡された等)を示す証拠は、特許異議申立人から提出されておらず、特許異議申立人の提出した証拠によっては、2015年9月1日より全国にて新発売する計画のあった「エンジョイ climeal」を名称とする飲料が、本件特許の出願前に公然実施されたものであるとすることはできない”とも判断した。

これらの理由で、審判官は“本件特許発明1が、本件特許の出願前に公然実施された発明であるとすることはできない”と結論した。

次に、申立理由1-2および申立理由1-3について説明する。

申立理由1-2における甲第3号証は、以下の新聞記事である。

甲第3号証:食品産業新聞,「「クリミール」に乳酸菌配合 森永乳業 Ca・食物繊維など強化」を見出しとする記載,2015年08月31日付け朝刊,7面(以下、「甲3」という。)

また、申立理由1-3における甲第4号証は、以下の新聞記事である。

甲第4号証:日本食糧新聞,「エンジョイclimeal(クリミール)〈ミルクティー味〉」を見出しとする記載,2015年10月19日付け朝刊,11面

審判官は、申立理由1-2および申立理由1-3についても、申立理由1-1と同様に、

甲第3号証の“「エンジョイ クリミール」”を名称とする飲料および甲第4号証の”「エンジョイ climeal」“を名称とする飲料は、いずれも特許異議申立人の提出した証拠によっては、“2019年7月の時点における「エンジョイ クリミール」を名称とする飲料と、全く同じ成分組成を有するものであるとすることはでき”ないと判断した。

また、甲第3号証および甲第4号証について、“本件特許の出願前に公然実施されたものであることを示す証拠は、特許異議申立人から提出されておらず“、”本件特許の出願前に公然実施されたものであるとすることはできない“と結論した。

(2)進歩性欠如

異議申立人の申立理由は、以下の2-1および2-2であった。

申立理由2-1:本件特許発明1は、甲第1号証、甲第3号証、甲第4号証に記載されるとおりの本件特許の出願前に公然実施された発明及び甲第8号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたもの

(甲第8号証:特開2014-93945号公報)

申立理由2-2:本件特許発明1は、甲第5号証に記載された発明並びに甲第6号証及び甲第8号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたもの

(甲第5号証:特開2004-81105号公報)

申立理由2-1について、審判官は、新規性欠如の審理と同様に、

甲1、甲3及び甲4の記載を根拠にして本件特許発明1~3、7及び8を本件特許の出願前に公然実施された発明であるとすることはできない以上、

甲8の記載にかかわらず、本件特許発明1~3、7及び8並びに本件特許発明1の特定事項の全てを特定事項とする本件特許発明4~6を、本件特許の出願前に公然実施された発明及び甲8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない

と結論した。

また、申立理由2-2について、審判官は、

便秘改善を目的とする甲5発明において、食物繊維に注目し、さらにケールペーストに含まれる食物繊維、水溶性食物繊維及び不溶性食物繊維の中から特に不溶性食物繊維に注目し、さらに不溶性食物繊維として配合される粉末セルロースを難消化性デキストリンに変更することが、当業者に動機づけられるといえる根拠は見出せない”こと、

ならびに

乳酸菌により難消化性デキストリン含有飲料の光劣化による香味劣化を抑制するという本件特許発明1による効果が、甲5発明に配合された「不溶性食物繊維としての粉末セルロース0.1~10g」を「難消化性デキストリン5g/L以上」に変更することで奏されるものとして、当業者が甲5、甲6及び甲8の記載及び本件特許出願時の技術常識から予想し得た範囲のものとは認められない”こと、

これらの理由で、“本件特許発明1を、甲5発明並びに甲6及び甲8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない”と結論した。

(3)サポート要件違反

異議申立人は、

請求項1の”構成要件である「乳酸菌」”について、“あらゆる種類の乳酸菌にまで拡張ないし一般化することができない”こと、

”構成要件の「容器」”について、“あらゆる種類の容器にまで拡張ないし一般化することができない”、ならびに

“「糖類2.5g/100ml未満」との要件が必須であると考えるべきもの”であると理由を申立て、サポート要件違反を主張した。

しかし、

審判官は、“本件特許発明1~3、7、8は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであると認められる”と結論し、異議申立人の主張を採用しなかった。