特許を巡る争い<27>キユーピー株式会社・酸性液状調味料特許

キユーピーの特許第6546011号は、キノコとして凍結乾燥粉末キノコを用い、特定の糖類を特定の割合で含有させることによって、キノコ由来の不快臭が抑制された、ドレッシングなどの酸性液状調味料に関する。進歩性違反およびサポート要件違反の理由で一特許業務法人から異議申立されたが、異議申立人の主張は採用されず、そのまま権利維持された。

キユーピー株式会社の特許第6546011号「酸性液状調味料」を取り上げる。

特許第6546011号の特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6546011/15B5C8D335F7ACECA1A0169005BC7D1E02C1792A46E68BC4E99E5827DAA294DC/15/ja)。

【請求項1】

凍結乾燥キノコ粉末(但し、エノキタケの凍結乾燥粉末を除く。)と

2糖類及び/又は異性化糖とを配合し、

前記凍結乾燥キノコ粉末1部に対し、

前記2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量が7部以上である酸性液状調味料。

【請求項2】

請求項1記載の酸性液状調味料であって、

前記凍結乾燥キノコ粉末のキノコが、ポルチーニである酸性液状調味料。

本特許明細書によれば、本特許発明における“酸性液状調味料”とは、“常温流通を可能ならしめるためにpHを4.6以下に調整された液状調味料”を指し、マヨネーズや各種ドレッシングが例示されている。

従来、“キノコを配合すると良好な香りと同時にキノコ特有の不快臭も発生してしまうという課題があった。これは特に酸性環境下で顕著に感じられるものであ”った。

本特許発明を用いれば、“凍結乾燥キノコ粉末と2糖類及び/又は異性化糖とを配合することにより、保存後においてもキノコ特有の不快臭を抑制され、良好な風味を有することができる”と記載されている。

また、その作用機序として、“凍結乾燥キノコ粉末は、凍結乾燥工程の特徴上、水分が抜けスポンジ状の構造になっており、そこに2糖類及び/又は異性化糖が浸み込みやすくなっているためか、凍結乾燥キノコ粉末に不快臭が残存している、又は保存中に不快臭が発生したとしても、キノコ粉末中に浸み込んだ2糖類及び/又は異性化糖によって、不快臭を抑制することができるものと推測される”と記載されている。

本特許発明における“凍結乾燥キノコ粉末”は、“キノコを常法により凍結乾燥させ得られた凍結乾燥キノコを砕いて粉末状にしたものの他、キノコを乾燥前に適宜カットした後凍結乾燥させて粉末状にしたもの等が挙げられる”と記載されており、“特に、良好な香りと共に不快臭を生じやすいポルチーニにおいて、本発明は好適である”と記載されている。

また、本特許発明における“2糖類”として、“砂糖、乳糖、麦芽糖、トレハロース”が例示されており、“異性化糖”として、ブドウ糖果糖液糖や高果糖液糖が例示されている。

酸性液状調味料への“凍結乾燥キノコ粉末”の配合量は、“0.1%以上1%以下であるとよく、0.2以上0.8%以下であると更によ”く、“2糖類及び/又は異性化糖”の合計配合量は、“1%以上がよく、2%以上がさらによく”、“上限の合計配合量は、酸性液状調味料全体の味のバランスを考慮し、10%以下がよく、9%以下が更によい”と記載されている。

凍結乾燥キノコ粉末1部に対する2糖類及び/又は異性化糖の配合割合”は、“凍結乾燥キノコ粉末1部に対し、2糖類及び/又は異性化糖を7部以上であるとよく、更に10部以上であると、保存後においてもキノコ由来の不快臭が抑制され、良好なキノコ風味を維持することができる”と記載されている。

公開公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2016-220625、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2016-220625/15B5C8D335F7ACECA1A0169005BC7D1E02C1792A46E68BC4E99E5827DAA294DC/11/ja)。

【請求項1】

凍結乾燥キノコ粉末と2糖類及び/又は異性化糖とを配合する、酸性液状調味料。

【請求項2】

請求項1記載の酸性液状調味料であって、

凍結乾燥キノコ粉末1部に対し、2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量が7部以上である酸性液状調味料。

【請求項3】

請求項1又は2記載の酸性液状調味料であって、

前記凍結乾燥キノコ粉末のキノコが、ポルチーニである酸性液状調味料。

請求項1を削除し、請求項2に、凍結乾燥キノコとして、”エノキタケを除く”とすることで特許査定を受けている。

特許公報発行日(2019年7月17日)の約半年後(2020年1月15日)、一特許業務法人によって、異議申立された(異議2020-700018、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2015-110846/15B5C8D335F7ACECA1A0169005BC7D1E02C1792A46E68BC4E99E5827DAA294DC/10/ja)。

結論は、以下の通りであった。

“特許第6546011号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。”

異議申立人の申立理由は、進歩性違反とサポート要件違反の2点だった。

異議申立人の主張に対する審判官の判断は、以下のようであった。

なお、以下の説明は、請求項1に関してである。

進歩性に関する審理において、審判官は

甲第1号証(特開昭60-47657号公報)を主引用文献とした場合、

および

甲第3号証(特開平11-196817号公報)を主引用文献とした場合の

2つのケースについて検討した。

まず、甲第1号証(特開昭60-47657号公報)を主引用文献とした場合を説明する。

本特許発明1(請求項1記載の発明)と甲1発明(甲第1号証記載の発明)と対比して、以下の一致点と相違点があると認めた。

一致点;”「2糖類及び/又は異性化糖を配合した酸性液状調味料」である点”

相違点(相違点1);”本件発明1が「凍結乾燥キノコ粉末(但し、エノキタケの凍結乾燥粉末を除く。)」を配合するものであり、「前記凍結乾燥キノコ粉末1部に対し」、「2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量が7部以上である」と特定するものであるのに対し、”

甲1発明は、、粗砕スパイス類などを含有するものの、凍結乾燥キノコ粉末を配合するものでなく、その2糖類及び/又は異性化糖との配合比も特定されていない点

相違点1について、審判官の判断は、以下のようであった。

甲2に、キノコ類を野菜等と同様の食材として捕らえることが記載されていたとしても、”甲1に記載のスパイス類として凍結乾燥キノコ粉末を用いることは、当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。”

また、甲1、甲2には、“凍結乾燥キノコ粉末“と”2糖類及び/又は異性化糖“とを特定の配合割合で配合することの記載や示唆はないことから、”当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。”

甲3には、実施例として、酸性調味料全体に対して、砂糖を7.0%、果糖ぶどう糖液糖を10.0%配合すること、甲5には、ごまを素材とする風味成分を含有する液体調味料に、トレハロースを2~10質量%添加すること、の記載があるものの、”凍結乾燥キノコ粉末に対する2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量について記載や示唆するものではない。”

甲4には、きのこ子実体の乾燥物を粉砕して得られる乾燥粉末に糖類を添加することによって、きのこ子実体の乾燥粉末のえぐ味を緩和すること、

甲5には、液体調味料において、ごまとトレハロースとを組み合わせることにより、ごまの風味が維持されることの記載がある。

しかし、”凍結乾燥キノコ粉末と2糖類及び/又は異性化糖を特定の配合割合で配合した場合に、保存後においてもキノコ由来の不快臭が抑制され、良好なキノコ風味を維持した酸性液状調味料を提供することができることは、甲1~5のいずれにも記載も示唆もされていない。

次に、甲第3号証(特開平11-196817号公報)を主引用文献とした場合を説明する。

本特許発明1(請求項1記載の発明)と甲3発明(甲第3号証記載の発明)と対比して、以下の一致点と相違点があると認めた。

一致点;”「乾燥キノコ(但し、エノキタケの凍結乾燥粉末を除く。)と2糖類及び/又は異性化糖とを配合した酸性液状調味料」である点”

相違点(相違点2)キノコについて、本件発明1が「凍結乾燥キノコ粉末」と特定しているのに対し、甲3発明は、「絶乾品」であり、その形状が特定されていない点

相違点(相違点3);”本件発明1が「凍結乾燥キノコ粉末1部に対し」、「2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量が7部以上である」と特定しているのに対し、

甲3発明は、ヤマドリタケ(ポルチーニ)を全体に対して絶乾品として0.005~30重量配合するとされているものの、ヤマドリタケ(ポルチーニ)と果糖ぶどう糖液糖との配合割合が特定されていない点”

相違点2についての審判官の判断は、以下のようであった。

甲3には、ヤマドリタケ(ポルチーニ)等のイグチ科の茸について、配合する際の形態は特に制限されるものではなく、加工方法も粉末等のいずれであっても良い旨が記載されており、”甲3発明のヤマドリタケ(ポルチーニ)を凍結乾燥粉末とすることは当業者が容易になし得た事項である。

しかし、相違点3については、以下のような判断であった。

甲3には、実施例1に、ヤマドリタケエキス1.0%に対して、砂糖7.0%を配合した例が記載されている。

しかし、実施例1のヤマドリタケエキスは、凍結乾燥キノコ粉末とはその形態や成分が大きく異なる。

したがって、”エキスの配合量を以て、凍結乾燥キノコ粉末1部に対して2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量を7部以上とすることが記載乃至示唆されているとはいえない”と判断した。

上記の甲1発明や甲3発明との対比をもとに、進歩性に関して、“本件発明1は甲1~5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。”と結論した。

次に、サポート要件について説明する。

異議申立人の主張は、以下のようであると認めた。

“本件発明1~2では、「前記凍結乾燥キノコ粉末1部に対し、前記2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量が7部以上である」とされ、凍結乾燥キノコ粉末1部に対する2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量の下限のみが7部と特定され、上限は特定されていない。”

しかし、本件明細書では、具体的に、凍結乾燥キノコ粉末の配合量0.5~1%に対して、2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量の配合割合では10~20部、2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量では、5~12%の範囲のものだけが記載されている

”一方、酸性調味料において甘味が多すぎると味のバランスが失われること、マスキング剤の量が多すぎると、マスキング対象の素材そのものの風味を抑えてしまうことは、本件出願前の技術常識である。”

そうすると、”本件出願時の技術常識を考慮すると、2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量の配合割合が7部以上であるという数値範囲で特定されている本件発明には、キノコの風味が維持できないものや、甘味が多すぎて酸性調味料の味のバランスが失われているものや、マスキング効果が及ばないほどキノコ粉末量が多い酸性液状調味料が包含されており、

本件発明に含まれる数値範囲全体にわたり当該発明の課題を解決できるとはいえない。

この主張に対する、審判官の主な判断は、以下のようであった。

発明の詳細な説明の記載や実施例比較例の記載は、酸性液状調味料の味のバランスを考慮した際の望ましい上限値を述べているに過ぎず、

こに記載されている数値範囲よりも2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量が多い場合に、保存後においてもキノコ由来の不快臭が抑制され、良好なキノコ風味を維持した酸性液状調味料を提供することができないことを示すものとはいえない。”

実施例の記載は、いずれも、キノコの良好な風味、キノコ由来の不快臭等を考慮した望ましい数値範囲が記載されている程度であり、

そこで記載されている数値範囲以外である場合に、保存後においてもキノコ由来の不快臭が抑制され、良好なキノコ風味を維持した酸性液状調味料を提供することができないことを示しているとはいえない。

”たしかに、2糖類及び/又は異性化糖の合計配合量が多くなると、甘味が多すぎて味のバランスが崩れる場合や、マスキング作用が強くなる場合があるともいえる。”

しかし、本件発明の課題は、「保存後においてもキノコ由来の不快臭が抑制され、良好なキノコ風味を維持した酸性液状調味料を提供すること」であり、

保存後の不快臭抑制、風味の維持に関するものであるから、甘味が強いからといって、当業者が当該課題を解決できると認識できないとはいえない。”

キノコ粉末量が多い場合であっても、上記配合割合で2糖類及び/又は異性化糖を配合するのであるから、本件発明が、マスキング効果が及ばないほどキノコ粉末量が多く、当業者が上記課題を解決できると認識できない場合を含むとはいえない。

以上のとおりであるから、本件発明は、当業者が上記課題を解決できると認識できるといえ、発明の詳細な説明に記載したものであるといえると、審判官は結論した。

上記したように、進歩性およびサポート要件に関する特許異議申立人の主張は、いずれも採用されず、権利維持された。