(28)特許権の不安定さを生む要因 その3;審査基準は変更される

特許庁の審査基準は、技術開発成果の十分な保護推進や法改正などに応じて、都度、変更されるものである。裁判所の判決によって審査基準が改訂された例に、プロダクト・バイ・プロセス形式の発明があり、最高裁判決を受けて、より厳格に審査されるようになった。

特許庁に出願された特許は、「特許・実用新案審査基準」を指針として、特許庁審査官によって審査される。

審査基準は、例えば、特許庁の判断と司法(裁判)の判断とが違う場合には、見直しされ、改訂もされてきている。

その一例が、”プロダクト・バイ・プロセス・クレーム“(product by processclaim、PBPクレーム)の審査である。

PBPクレームとは、製造方法Aによって製造される高分子化合物Bのように、物の発明についての特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合を指す。

PBPクレームは、それまで発明の表現形式として一般的に認められていたが、平成27年の特許第3737801号の特許権侵害差止請求事件に対する最高裁判決に基づいて、審査基準が改訂され、判断基準が変更された。

特許第3737801号は、「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物」という名称の発明で、プラバスタチンナトリウムは、高脂血症及び家族性高コレステロール血症の治療薬である。

この発明の請求項1は、以下のようであり、特定の製造方法によって製造されることを特徴とする高純度のプラバスタチンナトリウム、つまり、製法で限定された「物」(PBPクレーム)の形式になっている。

【請求項1】

次の段階:

a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、

c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、

d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして

e)プラバスタチンナトリウム単離すること、

を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

特許権侵害の疑いのある製品は、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウムを含有しているが,その製造方法は,少なくとも本件特許請求の範囲に記載されている「a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」することを含むものではな」いとされている。

判決は、「原判決を破棄する。本件を知的財産高等裁判所に差し戻す。」というものであり、その理由として、「本件特許が無効でない限り,本件特許発明の技術的範囲に属するものであると考えられるものであるが,果たしてそのとおりか,また,その出願の経緯等からしてこれを限定的に解釈する可能性はないか等について審理を尽くさせるという意味で,本件を原審に差し戻すことに賛成するものである。」というものである。

判決では、PBT形式のクレームが特許要件のうちの明確性要件(「発明が明確であること」)に適合するためには、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限定されるとし、“「発明が明確であること」という要件に適合し認められるものであるか否か等について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。“としている。

判決文には特許庁の審査についても触れられており、「これまで,PBPクレームの出願時の審査においては,不可能・困難・不適切事情を緩く解してこの点の実質的な審査をしないまま出願を認めてきているが,今後は,審査の段階では,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合には,それがPBPクレームの出願である点を確認した上で,不可能・非実際的事情の有無については,出願人に主張・立証を促し,それが十分にされない場合には拒絶査定をすることになる。このような事態を避けたいのであれば,物を生産する方法の発明についての特許(特許法2条3項3号)としても出願しておくことで対応することとなろう。」と記されている。

最高裁判決後の平成28年9月に特許庁からPBPクレームの審査基準の変更が発表された。

それまでの「特許・実用新案審査基準」では、

「発明の対象となる物の構成を,製造方法とは無関係に,物性等(構造等)により直接的に特定することが,不可能,困難,あるいは何らかの意味で不適切(例えば,不可能でも困難でもないものの,理解しにくくなる度合が大きい場合など)であるという事情(以下「不可能・困難・不適切事情」という。)が存在するときは,その製造方法によって物自体を特定することができる。また,請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には,最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する。」となっていた。

平成28年9月28日発表の特許庁の「プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する審査の取扱いについて」(https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/product_process_C151125.htm)は以下である。

「平成27年6月5日に、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合)に関する最高裁判決(平成24年(受)1204号、同2658号)がありました。本件最高裁判決の判示内容を踏まえた審査の概要は、以下のとおりです。

○物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合は、審査官が「不可能・非実際的事情」があると判断できるときを除き、当該物の発明は不明確であるという拒絶理由を通知します。

※「不可能・非実際的事情」とは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情をいいます。」

そして、「特許・実用新案審査基準」と「特許・実用新案審査ハンドブック」の当該部分が改訂された。

以後、PBTクレームの審査では、原則、「不明確」な発明であると判断され、明確性違反の拒絶理由が出され、その解消策の一つとして、物の製造方法が助言されるようになった。

「物」に関するクレームは、特別な事情がない限り、原則、構造や特性によって物の特定が要求されるということに変化したことになる。

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引用文献

平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件

平成27年6月5日 第二小法廷判決 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/145/085145_hanrei.pdf

平成24年(受)第2658号 特許権侵害差止請求事件

平成27年6月5日 第二小法廷判決 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/144/085144_hanrei.pdf

プロダクト・バイ・プロセス・クレームに係る最高裁判決

http://www.inpit.go.jp/content/100762396.pdf

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈について判断した最高裁判決

http://www.soei.com/wordpress/wp-content/uploads/2015/06/%EF%BC%88PBP%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%9C%80%E9%AB%98%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%EF%BC%89.pdf

プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する審査の取扱いについて

https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/product_process_C151125.htm

プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する特許審査の運用について

http://www.tokugikon.jp/gikonshi/282/282tokusyu1-3.pdf

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの明確性に係る審査ハンドブック関連箇所の改訂の背景及び要点

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/pdf/product_process_C151125/c15_01.pdf

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