特許第7322711号は、ナノファイバーを添加して低油脂食品の食感を改善する方法に関する。新規性・進歩性の欠如及びサポート要件違反の理由で異議申立てられたが、ナノファイバーの種類を限定する訂正することによって、権利維持された。
味の素株式会社の特許第7322711号“油脂感が増強された食品”を通り上げる。
特許第7322711号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7322711/15/ja)。
【請求項1】セルロースナノファイバーおよびキチンナノファイバーからなる群より選択される少なくとも1種のナノファイバーを、低油脂食品またはその原料に、
低油脂食品中の前記ナノファイバーの含有量が0.01重量%~10重量%となるように添加することを含む、
低油脂食品の油脂感を増強する方法。
【請求項2】~【請求項6】省略
本特許明細書には、本発明における”低油脂食品“として、ドレッシング類が例示されており、”ナノファイバー“は、”平均繊維径が500nm以下の微細繊維“であると記載されている。
また、“油脂感”とは、“油脂様の食感を意味し、例えば、粘性を有しつつ、付着性が低く、口どけがよいこと”であり、“油脂感が増強された”とは、“ナノファイバーを添加した食品の食感を、ナノファイバーを添加する前の食品の食感と比較したとき、粘性が増加し、べたつき(付着性)が低下していることをいう”と記載されている。
本特許発明は、“消費者の食品に対する低カロリー化志向が進むなか、マヨネーズ等の乳化食品も油脂配合量を低下させた低カロリータイプのものが求められるようになってきた。しかし、油脂配合量を低下させると、油脂由来の食感(粘性を有しつつ、付着性が低く、口どけがよい)が失われるという問題”に対して、ナノファイバーを、低油脂食品に配合することにより、粘性を有しつつ、付着性が低く、口どけがよいという油脂様の食感を付与または増強できることを見出し、本発明を完成するに至った“と記載されている。
そして、“キチンナノファイバーは消化されないので、食品のカロリーを増加することなく、油脂感を付与または増強することができる“と記載されている。
本特許は、2017年12月13日に国際出願され、2019年9月13日に国際公開、20年4月7日に国内移行の手続きがされている。
国際公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(WO-A1-2019/117197
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/WO-A-2019-117197/50/ja)。
【請求項1】セルロースナノファイバーおよびキチンナノファイバーからなる群より選択される少なくとも1種のナノファイバーを含有する、
油脂感が増強された低油脂食品または無油脂食品。
【請求項2】~【請求項14】省略
請求項1については、油脂感が増強された油脂食品が、低油脂食品に限定され、ナノファイバーの含有量が0.01重量%~10重量%の範囲に数値限定され、ならびにクレームが物特許から方法特許に変更されて、特許査定を受けている。
特許公報発行日(2023年8月8日)のほぼ半年後(2024年2月6日)、 一個人名で異議申立てがなされた(異議2024-700095、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2019-559171/10/ja)。
審理の結論は、以下のようであった。
“特許第7322711号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし3〕及び〔4ないし6〕について訂正することを認める。
特許第7322711号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。“
異議申立書に記載された異議申立理由は、以下の4点であった。
(1)“申立理由1(甲第1号証に基づく新規性)
本件特許発明1ないし6は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であ“る。
甲第1号証:特開平7-87935号公報(“低脂肪ソーセージ類及びその製造方法”)
(2)“申立理由2(甲第2号証に基づく新規性・進歩性)
本件特許発明1ないし6は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか、甲第2号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第2号証:特開2003-135030号公報
(3)“申立理由3(甲第3号証に基づく進歩性)
本件特許発明1ないし6は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであ“る。
甲第3号証:特開平2-109956号公報
(4)“申立理由4(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
具体的には、
“本件特許発明1、4には、「セルロースナノファイバー」が記載されるが、その粒子径についての規定がない。しかしながら、本件特許明細書の実施例で実際に効果が確認されたものは、繊維径20-50nm、10-50nm、3-15nmのものしかなく、当業者が全てのナノファイバーにおいて課題を解決できることが認識できない。
したがって、本件特許発明1、4は、当業者がその課題を解決できることが認識できる範囲として、平均繊維径50nm以下、拡張するとしてもせいぜい100nm以下程度に限定されるべきものである。
上述のとおり、本件特許発明1、4は、本件特許発明1、4の課題を解決できない範囲を含むものであり、本件特許明細書に記載された発明ではない。“
異議申立日の約2か月後(2024年4月15日付)、取消理由が通知された。
通知された取消理由は、以下の2点であった。
1.“取消理由1(甲1に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明であり、甲1に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。 甲1は、異議申立理由で引用された甲第1号証である。
2.“取消理由2(甲2に基づく新規性・進歩性)
本件特許の請求項4ないし6に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか、甲2に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、同法同条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項4ないし6に係る特許は、同法同条の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。“
取消理由通知に対して、特許権者は訂正請求し、訂正は認められた。
訂正後の特許請求の範囲は、以下の通りである。
【請求項1】キチンナノファイバーを、低油脂食品またはその原料に、
低油脂食品中の前記キチンナノファイバーの含有量が0.01重量%~10重量%となるように添加することを含む、
低油脂食品の油脂感を増強する方法。
【請求項2】~【請求項6】 省略
訂正は、ナノファイバーを“キチンナノファイバー”に限定したものであった。
以下、本特許請求項1に係る発明(本件発明1)に絞って、その後の審理結果を紹介する
。
本件発明1についての取消理由は、甲第一号証(甲1)に基づく新規性及び進歩性の欠如であった。
審判官は、甲1には、実施例1について整理すると、以下の発明(甲1方法発明)が記載されていると認めた。
<甲1方法発明>“表1に示す配合処方の低脂肪処方I又は低脂肪処方IIのソーセージに、表2に示す原料配合で、MFC添加処方を行うことにより、MFC添加処方を行わない場合よりも、食感を良くする方法。”(MFC:ミクロフィブリル化セルロース)
そして、本件特許発明1と甲1方法発明を対比すると、以下の一致点及び相違点が認められると判断した。
“<一致点>「ナノファイバーを、低油脂食品またはその原料に、低油脂食品中の前記ナノファイバーの含有量が0.01重量%~10重量%となるように添加することを含む、低油脂食品の油脂感を増強する方法。」”
“<相違点1-1>「ナノファイバー」に関し、本件特許発明1においては「キチンナノファイバー」と特定されているのに対し、甲1方法発明においては「MFC」、すなわち「ミクロフィブリル化セルロース」と特定されている点。”
審判官は、“本件特許発明1と甲1方法発明の間には、相違点1-1があることから、本件特許発明1は甲1方法発明であるとはいえない”と結論した。
また、“甲1には、甲1方法発明における「ミクロフィブリル化セルロース」に代えて、又は「ミクロフィブリル化セルロース」に加えて、「ナノファイバー」として「キチンナノファイバー」を用いる動機付けとなる記載はないし、他の証拠にもな”く、
“甲1発明において、相違点1-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない”と結論した。
取消理由に採用しなかった特許異議申立書に記載された申立理由について、審判官は、以下のように判断した。
・申立理由2(甲2に基づく新規性・進歩性)について
甲第2号証(甲2)は、“微細セルロース含有複合体を配合してなる食品組成物”に関するが、本件発明1と甲2方法発明を対比すると、以下の相違点が認められる。
“ <相違点2-1>「ナノファイバー」に関して、本件特許発明1においては「キチンナノファイバー」と特定されているのに対し、甲2方法発明においては「微細セルロース」と特定されている点。”
“本件特許発明1と甲2方法発明の間には、相違点2-1があることから、本件特許発明1は甲2方法発明であるとはいえないし、甲2及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、甲2方法発明において、相違点2-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。”
・申立理由3(甲3に基づく進歩性)について
甲第3号証(甲3)は、“緩下副作用に抵抗性の低カロリー脂肪代替品組成物”に関するが、本件特許発明1と甲3方法発明を対比すると、以下の相違点が認められる。
“<相違点3-1>「ナノファイバー」に関して、本件特許発明1においては「キチンナノファイバー」と特定されているのに対し、甲3方法発明においては「ミクロフィブリル化セルロース」と特定されている点。”
甲3には、“甲3方法発明における「ミクロフィブリル化セルロース」に代えて、又は「ミクロフィブリル化セルロース」に加えて、「ナノファイバー」として「キチンナノファイバー」を用いる動機付けとなる記載はないし、他の証拠にもな”く、“甲3及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、甲3方法発明において、相違点3-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない”と結論した。
・申立理由4(サポート要件)について
異議申立人の主張は、“発明の課題を解決できないことを示す理論的な説明や具体的な証拠を伴うものではない。また、特許異議申立人の上記主張は、本件訂正前の本件特許の請求項1ないし6に係る発明が「セルロースナノファイバー」をその発明特定事項としていたことに起因する理由であるところ、本件訂正により、本件特許発明1ないし6は「セルロースナノファイバー」をその発明特定事項としないものになった。したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない”と結論した。