特許第7267768号は、紅茶抽出物を含有する飲料のカフェイン由来の苦味を軽減する方法に関する。異議申立てられ、新規性・進歩性欠如の取消理由通知されたが、カフェイン含有量を減縮する訂正がなされ、権利維持された。
サントリーホールディングス株式会社の特許第7267768号“カフェイン由来の苦味が軽減された飲料”を取り上げる。
特許第7267768号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7267768/15/ja)。
【請求項1】
カフェインを1~80ppm、
フェネチルアルコールを0.4ppb以上含有し、
pHが5.0~8.0である、
紅茶抽出物を含有する飲料。
【請求項2】~【請求項6】省略
“フェネチルアルコール“について、本特許明細書には、”天然に広く存在し、バラ、カーネーション、ヒヤシンス、アレッポマツ、イランイラン、ゼラニウム、ネロリ、キンコウボクなどの精油に含まれる成分である。
また、フェネチルアルコールは、清酒やワインなどの酒類にも含まれることが知られている“と記載されている。
本特許明細書には、本特許発明の解決しようとする課題について、“本発明は、カフェインを含有するpH5.0以上の飲料において、飲用時に感じられるカフェイン由来の刺激的な苦味を軽減することを目的と”し、“本発明者は、飲料に関し、カフェイン由来の苦味の軽減に有効な成分を探索した。
鋭意検討の結果、フェネチルアルコールが当該苦味の軽減に寄与し得ることを見出した。このような知見に基づいて、本発明を完成させた”と記載されている。
なお、本発明における“苦味”について、“本明細書において「苦味」というときは、飲用時に瞬間的に感じる、舌を刺すような刺激的な苦味を意味する”と記載されている。
本特許の公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2020―130100 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2020-130100/11/ja)。
【請求項1】
(a)カフェインを1~150ppm含有し、
(b)フェネチルアルコールを0.4ppb以上含有し、
(c)pHが5.0~8.0である、
飲料。
【請求項2】~【請求項3】
請求項1については、カフェイン含有量の数値範囲の減縮及び“飲料”を“紅茶抽出物を含有する飲料に限定することによって、特許査定を受けている。
特許公報発行日(2023年5月2日)の約半年後(2023年10月30日)に異議申立された。
審理の結論は、以下のようであった(異議2023-701152 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2019-031059/10/ja)。
“特許第7267768号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。
特許第7267768号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。“
異議申立人が主張する特許異議申立理由は、以下の3点であった。
(1)“申立理由1(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第1号証:特開2008-113569号公報 発明の名称「茶飲料」
(2)“申立理由2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願“である。
具体的には、
“甲第5号証に記載されるように、フェネチルアルコールが苦みを有する成分であるから、本件特許発明の飲料におけるフェネチルアルコールの含有量が大きい場合は、本件特許発明の課題である苦味軽減効果を損ない、飲みにくくすることは自明である。
そのため、本件特許発明においてフェネチルアルコール含有量が5ppbを超える飲料については、本件特許発明の課題を解決できるとは当業者は認識することができない。
よって、本件特許の明細書の記載からは、本件特許発明1における「フェネチルアルコールを0.4ppb以上に含有し」のように上限が規定されていない含有量の範囲まで一般化して拡張することができない“というものであった。
(3)“申立理由3(実施可能要件)
本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願“である。
具体的には、
“本件特許の明細書は、フェネチルアルコール含有量が最大5ppbまで含有したサンプルを用いて苦味軽減効果を確認した官能評価結果を開示するだけであるから、フェネチルアルコールの含有量の上限が規定されていない本件特許発明を実施できる程度に明確且つ十分に記載されたものではない“というものであった。
異議申立(2023年10月30日)の約3か月後(2024年1月26日付け)、取消理由通知書が送付された。
取消理由は、以下の2点であった。
a.“取消理由1(新規性)
本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないもの“である。
b.“取消理由2(進歩性)
本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないもの“である。
なお、甲第1号証は、異議申立書に記載された甲第1号証である。
以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
上記取消理由通知書に記載された具体的な取消理由1及び2は、以下のようなものであった。
・甲第1号証に記載された発明(甲1発明)は、以下であると認められる。
“「カフェイン含有量が0.22mg/100mlであり、紅茶の抽出液を含有する茶飲料であって、ビタミンCを含み、重曹でpH調整が行われ、砂糖を4%と紅茶香料を添加したものであり、PETボトルに充填された、茶飲料。」”
・本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、以下の一致点・相違点が認められる。
(一致点)“「カフェインを1~80ppm含有する、紅茶抽出物を含有する飲料。」”
(相違点1-1)“飲料において、本件特許発明1は「フェネチルアルコールを0.4ppb以上含有」と特定されるのに対して、甲1発明にはそのような特定がない点。”
(相違点1-2)“飲料において、本件特許発明1は「pHが4.0~8.0である」と特定されるのに対して、甲1発明にはそのような特定がない点。”
・相違点1-1に関して、甲第2号証に茶飲料に関する記載によれば、“茶飲料には、通常、数質量ppb~600質量ppb程度の2-フェニルエタノール(フェネチルアルコール)が含まれるものであるから、甲1発明の茶飲料においても、測定すれば、相違点1-1に係る本件特許発明1の発明特定事項である「0.4ppb以上」との条件を満たす蓋然性が極めて高いものといえる。
してみると、相違点1-1は、実質的な相違点とはならない。“
甲第2号証:特開2016-15924号公報
・相違点1-2に関して、“甲第3号証のTable1(Sample 1~10の酸味料が添加されていないもの)や甲第4号証の【0019】に記載されているように、紅茶飲料は通常「pHが5.0以上」であるといえる。
つまり、甲1発明の茶飲料においても、測定すれば、pHが5.0以上、すなわち、相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たす蓋然性が極めて高いものといえる。
してみると、相違点1-2もまた、実質的な相違点とはならない。
甲第3号証:川井秀雄、他4名、「紅茶浸出液に添加したビタミンCに及ぼす加熱殺菌の影響」、日本食品工業学会誌、第41巻、第7号、第493頁~第497頁、1994年7月発行
甲第4号証:特開2003-102385号公報
・そして、“以上のとおりであるから、本件特許発明1は甲1発明であるか、そうではない
としても、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである”と結論された。
取消理由通知の約2か月後、特許権者は、意見書及び訂正請求書を提出した。
訂正請求は認められ、請求項〔1-4〕は、以下のように訂正された。
【請求項1】
カフェインを5~80ppm、
フェネチルアルコールを0.4ppb以上含有し、
pHが5.0~8.0である、
紅茶抽出物を含有する飲料。
【請求項2】~【請求項4】 省略
訂正によって、請求項1は、カフェイン含有量の数値範囲が1~80ppmから5~80ppmに減縮された。
訂正後の請求項1に係る発明についての審判官の判断は、以下のようであった。
・訂正後の本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、以下の一致点及び相違点が認められる。
(一致点)“「紅茶抽出物を含有する飲料。」”
(相違点1-1)“飲料において、本件特許発明1は「カフェインを5~80ppm」含有することを特定するのに対し、甲1発明にはそのような特定がない点。
(相違点1-2)省略
(相違点1-3)省略
・(相違点1-1)について検討すると、“甲1発明の茶飲料のカフェイン含有量は「0.22mg/100ml」、すなわち、「2.2ppm」であるから、相違点1-1は実質的な相違点である。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明ではない”。
・“甲第1号証及び他の全ての証拠の記載をみても、甲1発明においてカフェイン含有量を増大させて、5~80ppmとする動機付けがない。よって、甲1発明において、相違点1-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易になし得たことではない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
審判官は、異議申立人が異議申立書で主張した申立理由3及び申立理由4について、以下の理由で採用しなかった。
(3)申立理由3(サポート要件)について
・異議申立人は、“フェネチルアルコールの含有量が大きい場合には、フェネチルアルコール由来の苦味が強くなるため、発明の課題を解決することができない旨主張する”。
・しかし、本件特許の発明の課題は、“「カフェインを含有するpH5.0以上の飲料において、飲用時に感じられるカフェイン由来の刺激的な苦味を軽減すること」である。
そして、当業者であれば、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載から、フェネチルアルコールを添加することで、「カフェイン由来の刺激的な苦味を軽減する」との定性的な効果が得られる(すなわち、発明の課題を解決できる)ことを認識することができるといえる。
・よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。
(4)申立理由4(実施可能要件)について
・異議申立人は、“「本件特許の明細書は、フェネチルアルコール含有量が最大5ppbまで含有したサンプルを用いて苦味軽減効果を確認した官能評価結果を開示するだけであるから、フェネチルアルコールの含有量の上限が規定されていない本件特許発明を実施できる程度に明確且つ十分に記載されたものではない」旨主張する”。
・しかし、実施可能要件は、“特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、
また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである”。
・“本件特許の明細書の発明の詳細な説明には飲料の種類及び調製法(【0018】ないし【0019】)の記載があり、具体的な実施例の記載もある。
これらの記載を総合すれば、本件特許発明1ないし4に関して、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、当業者が実施できる程度に記載されているものといえる。”
・よって、“特許異議申立人の上記主張は”、実施可能要件“の判断に何ら影響しない”。