特許を巡る争い<107>日清食品ホールディングス株式会社・揚げ物特許

日清食品ホールディングス株式会社の特許第7305486号は、乾燥卵白・熱処理小麦を使用することなどを特徴とするパン粉が付着したオーブン調理用食品に関する。進歩性違反及び記載不備の理由で異議申立されたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

日清食品ホールディングス株式会社の特許第7305486号“オーブン調理用衣付食品の製造方法”を取り上げる。

特許公報に記載された特許第7305486号の特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7305486/15/ja)。

【請求項1】

中種の表面に乾燥卵白が付着し、

さらに熱処理小麦、油脂及び水を含むバッターとパン粉が付着した、

オーブン調理用衣付き食品。

【請求項2】~【請求項7】 省略

本特許明細書には、本特許発明の解決すべき課題について、以下のように記載されている。

“近年、健康意識の高まりなどから、揚げ調理をせずにカロリーを抑えた加工食品が増加しており、特にトンカツやコロッケなどの衣付食品においては、その傾向が顕著である。しかしながら、衣付食品特有のサクサクとした食感や香ばしい風味は揚げ調理によってもたらされる側面が大きく、オーブンで調理した場合には食感や風味が劣るという課題があった。

本発明は、特定のバッター及びパン粉を使用することで、オーブン調理のみで、揚げ衣のようなサクサク感とした食感や香ばしい風味の衣付食品を実現するものである。

バッター“は、”英語の「batter」であり「揚げ物の衣」を意味する。バッター液は、小麦粉、鶏卵、牛乳などを配合し、水で溶いた、衣の生地のことである“ (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC%E6%B6%B2)。

本特許明細書には、本特許発明における“中種”の具体例として、“トンカツの中種、チキンカツの中種、メンチカツの中種、コロッケの中種、エビフライの中種”が例示されている。

また、“熱処理小麦”について、“本発明における熱処理小麦とは、予め熱処理された小麦であり、具体的には後述する焙焼小麦及び/又は湿熱処理小麦を指す。小麦を熱処理することで、火の通っていない小麦の粉っぽく、生臭い風味を減少させて、香ばしい風味を強化できる”と記載されている。

本特許発明における“乾燥卵白”について、“本発明では、中種にバッターを付着させる前に、中種の表面に乾燥卵白を斑なく付着させる工程を設けることが好ましい。中種に乾燥卵白を斑なく付着させると、中種表面の水分と乾燥卵白が混ざり合って卵白に戻る。

このため、中種全体が卵白の膜で覆われた状態となり、オーブン調理時に中種から水分が流出することを抑制できる。さらに、中種からの水分流出が抑制された結果として、中種が縮んで小さくなることを抑制でき、且つ中種の水分が衣に移行して食感が悪化することを防止できる。

公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2021-35341、

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2021-035341/11/ja

【請求項1】

中種を調整する工程と、

熱処理小麦、油脂及び水を混合してバッターを調整する工程と、

中種の一部又は全体にバッターを付着させ、次いでパン粉を付着させる工程とを含む、オーブン調理用衣付食品の製造方法。

【請求項2】~【請求項8】 省略

請求項1についてみると、方法の発明から、物の発明に変更されている。

特許公報の発行日(2023年7月10日) の半年近くなって(2023年12月28日)  、一個人名で異議申立てがなされた(異議2023-701406、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2019-157879/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第7305486号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。”

異議申立人が申し立てた異議申立理由は、以下の3項目である。

1  申立理由(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)

本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証:特開平4-365457号公報

2  申立理由2(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし7に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである”。

3  申立理由3(明確性要件)

本件特許の請求項1ないし7に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである“。

以下、請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1) 申立理由1(甲第1号証を主たる証拠とする進歩性)についての審理

・審判官は、 甲第1号証(発明の名称“ノンフライ食品用バッターミックスとそれを用いたノンフライ食品の製造法”)には、以下の発明(甲1食品発明)が記載されていると認めた。

「油脂の粉末、α化澱粉、卵白粉末、食塩、増粘剤、カラメル色素、調味料を混合し得られたバッターミックスを水に溶かしバッター液を調整し、種に上記バッター液を付け、カラーパン粉をまぶした、オーブントースターによる加熱調理用冷凍食品。」

審判官は、本件特許発明1と甲1食品発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。

(一致点)”「中種の表面に 油脂及び水を含むバッターとパン粉が付着した、オーブン調理用衣付き食品。」”

(相違点)

相違点1 省略

相違点2 “ バッターに関し、本件特許発明1は「熱処理小麦」を含むものであるのに対し、甲1食品発明にはそのような特定がない点”。

審判官は、相違点2について、以下のように判断した。

甲第1号証には、小麦粉を用いうる旨の記載(【0012】)はあるものの、「熱処理小麦」を用いることを示唆する記載はない。

また、甲第1号証及び他の全ての証拠の記載を見ても、甲1食品発明において「熱処理小麦」をバッターに加えることを示唆する記載はない。

そして、本件特許発明1は、バッターに熱処理小麦を加えること、すなわち、相違点2に係る本件特許発明1の特定事項を満たすことで、「オーブン調理のみで、揚げ衣のようなサクサクとした食感や香ばしい風味を実現する」(【0008】)との、格別の効果を奏するものである。

してみれば、甲1食品発明において、バッター液に熱処理小麦を加え、相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易になし得たことではない。

すると、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1食品発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。“

(2) 申立理由2(サポート要件)についての審理

審判官は、サポート要件について、以下のように判断した。

・ “本件特許発明の課題(以下、「発明の課題」という。)は、「オーブン調理のみで、揚げ衣のようなサクサクとした食感や香ばしい風味を有する衣付食品を実現すること」“である。

・“本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、製造方法の各製造工程や中種の例示、製造条件の説明が記載されており、”具体的な実施例による効果検証の記載もある“。

・“これらの記載に接した当業者であれば、中種に、熱処理小麦、油脂及び水を含むバッターとパン粉を付着したオーブン調理用衣付き食品との特定事項を満たすことにより、発明の課題を解決できると認識できる“。

そして、審判官は、本件特許発明1は“上記の発明の課題を解決できると認識特定事項を全て有し、さらに限定するものであるから、当然に発明の課題を解決できるものと当業者はできる”と結論した。

・審判官は、異議申立人の“本件特許発明1の「オーブン調理用衣付き食品」”は、油調を行う衣付き食品(フライ食品、プレフライタイプ)を包含し得る点において、発明の詳細な説明に記載されたものであるとは言えない旨”の主張に対して

“本件特許の明細書の記載や、【0015】における「本発明に係る衣付食品は、フライ調理と比較して熱効率の悪いオーブンで調理されることを想定しているため」との記載、さらには、実施例の記載等を見るに、揚げ調理(フライ調理)をすることなく、オーブン調理のみとすることを前提としていることは当業者にとって明らかである。

よって、本件特許発明1の「オーブン調理用衣付き食品」は、“油調を行う衣付き食品(フライ食品、プレフライタイプ)を包含し得るものであることを前提とする、特許異議申立人の上記主張は失当であり、採用することができない”と判断した。

(3)申立理由3(明確性要件)についての審理

・審判官は、明確性要件について、以下のように判断した。

本件特許発明1は、「中種の表面に乾燥卵白が付着し、」「さらに熱処理小麦、油脂及び水を含むバッターとパン粉が付着した、」「オーブン調理用衣付き食品。」であり、その記載は明確である。

・審判官は、異議申立人の、“本件特許発明1の「オーブン調理用衣付き食品」及び本件特許発明2ないし7の「オーブン調理用衣付食品の製造方法」という記載は、油調を行う衣付き食品(フライ食品、プレフライタイプ)を包含し得るという解釈が可能であるという点で明確ではない旨”の主張に対して、“本件特許の明細書の【0001】ないし【0004】の記載や、【0015】における「本発明に係る衣付食品は、フライ調理と比較して熱効率の悪いオーブンで調理されることを想定しているため」との記載、さらには、実施例の記載等を見るに、揚げ調理(フライ調理)をすることなく、オーブン調理のみとすることを前提としていることは当業者にとって明らかである”と判断した。

そして、“「オーブン調理用衣付き食品」や「オーブン調理用衣付食品の製造方法」との記載そのものに、仮に特許異議申立人が主張するような解釈の余地があるとしても、本件特許の明細書の記載を考慮すれば、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない”と結論した。