特許を巡る争い<106>サッポロビール・レモン風味飲料特許

サッポロビール株式会社の特許第7324590号は、pH及び香気成分の含有量・含有比を数値限定することによって、飲料のレモン風味を向上させる方法に関する。サポート要件違反及び実施可能要件の理由によって異議申立てされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

サッポロビール株式会社の特許第7324590号“レモン風味飲料、及び、風味向上方法”を取り上げる。

特許第7324590号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7324590/15/ja)。

【請求項1】

 pHが3.40以上であるレモン風味飲料であって、

 シトラールの含有量をXmg/kgとし、リモネンの含有量をYmg/kgとし、ノナナールの含有量をZmg/kgとした場合に、

Xが20~120であり、Y/Xが0.03~0.70であり、Z/Xが0.003~0.070であるレモン風味飲料。

【請求項2】~【請求項5】 省略

本特許明細書には、従来、“レモン風味を呈するレモン風味飲料は、飲料の風味(香味)が経時劣化し易いという問題点”、すなわち、“時間の経過に伴い、レモンの香気の減少や酸化反応などによるオフフレーバーの発生”の問題を有していたと記載されている。

しかし、本特許発明に係る“レモン風味飲料”は、“pHが所定値以上である飲料であって、所定量のシトラールを含有するとともに、シトラールの含有量に対するリモネンの含有量の比率が所定範囲内となるとともに、シトラールの含有量に対するノナナールの含有量の比率が所定範囲内となる飲料であ”って、“後味がよく、味が鮮明であるレモン風味飲料”であると記載されている

具体的には、“pHが所定値以上であることによって、本発明の課題(後味がダラダラと残り、味が不鮮明になる)がより明確となる”と記載されている。

また、“ シトラール(citral)は、化学式ではC10H16Oで表されるモノテルペンアルデヒドの一種であり”、“リモネン(limonene)は、化学式ではC10H16で表される単環式モノテルペンの一種であ”り、並びに“ノナナール(nonanal)は、化学式ではC9H18Oで表されるアルデヒドの一種であり、ノニルアルデヒドとも呼ばれる”と記載されている。

そして、シトラールを、“レモン風味飲料に所定量含有させるとともに、当該シトラールの存在下において後記するリモネンとノナナールとを所定の比率で含有させることによって、三者の相乗効果として、後味をよくするとともに味を鮮明にすることができる”と記載されている。

公開特許公報(特開2020-137443、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2020-137443/11/jaに記載されている特許請求の範囲は、以下である。

【請求項1】

  pHが3.40以上であるレモン風味飲料であって、

  シトラールの含有量をXmg/kgとし、リモネンの含有量をYmg/kgとし、ノナナールの含有量をZmg/kgとした場合に、

Xが8~120であり、Y/Xが0.03~0.70であり、Z/Xが0.003~0.070であるレモン風味飲料。

【請求項2】~【請求項5】 省略

請求項1について、公開公報に記載の請求項1において、Xの数値範囲を“20~120”と減縮することによって、特許査定を受けている。

特許公報発行日(2023年8月10日)の2か月後(2023年10月10日)、一個人名で異議申立てがなされた(異議2023-701078 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2019-034958/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第7324590号の請求項1~5に係る特許を維持する。”

異議申立人は、異議申立理由として、本特許請求項1~5に係る発明(本件発明1~5)についてサポート要件違反(理由1)及び実施可能要件違反(理由2)を主張した。

以下、本件発明1に絞って、審理結果を紹介する。

1.理由1(サポート要件違反)についての審理

・審判官は、本件発明の課題は、「後味がよく、味が鮮明であるレモン風味飲料」を提供することであると認めた。

審判官は、本件特許明細書には、シトラールの含有量(X)、リモネンの含有量(Y)、ノナナールの含有量(Z)、Y/X、“Z/Xの好ましい範囲、及びシトラールをレモン風味飲料に所定量含有させるとともに、当該シトラールの存在下において後記するリモネンとノナナールとを所定の比率で含有させることによって、三者の相乗効果として、後味をよくするとともに味を鮮明にすることができるという課題解決の手段について記載されており”、さらに“上記の説明を裏付ける実施例が記載されて”いると認めた。

・したがって、“当業者は、本件明細書の記載に基づいて、pHが3.40以上、シトラールの含有量(X)が20~120mg/kg、リモネンの含有量/シトラールの含有量(Y/X)が0.03~0.70及びノナナールの含有量/シトラールの含有量(Z/X)が0.003~0.070であるレモン風味飲料により発明の課題が解決できると理解することができる。そして、本件発明1は、上記の発明の課題を解決できると認識できる特定事項の全てを含むものであるから、本件発明1は発明の課題を解決できると認識できる”と判断し、“本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により、または出願時の技術常識に照らして、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる”と結論した。

異議申立人の主張(1)一般化・拡張、及び(2)官能評価について、審判官は以下の理由で、“いずれの主張も採用することはできない”と判断した。

(1)一般化・拡張についての主張

異議申立人は、本件明細書に記載の実施例においては、特定の組成例しか開示されていないが、“本件発明のレモン風味飲料は、その他、風味に影響する多様な成分を含有し得るものであ”り、また、実施例ではシトラールの含有量を50mg/kgと一定とした場合の評価が確認されているが、シトラールが30mg/kgで含有される態様や100mg/kgで含有される態様においても同様の優れた効果が得られることは示されておらず、本件発明1はサポート要件を満たすとはいえない”と主張した。

上記主張に対して、審判官は、本件明細書には、“レモン風味飲料においてpH、シトラールの含有量(X)、リモネンの含有量/シトラールの含有量(Y/X)及びノナナールの含有量/シトラールの含有量(Z/X)の好ましい範囲が具体的に記載され”、“実施例には、一成分の含有量を上下に変更したときの評価結果が記載され”ている。

・そして、“これらの記載を合わせると当業者は、pH、シトラールの含有量(X)、リモネンの含有量/シトラールの含有量(Y/X)及びノナナールの含有量/シトラールの含有量(Z/X)が請求項1で規定された範囲内で評価結果は連続的に変化する傾向を持ち、課題解決可能であると理解することができる”と認められる。

上記理由から、審判官は、“当業者は本件明細書の記載及び出願時の技術常識に照らして”、本件発明1が“発明の課題を解決できると認識することができる”と結論した。

(2)官能評価についての主張

異議申立人は、本件明細書には、“訓練された識別能力のあるパネル3名が評価基準に則って「後味」及び「味の鮮明さ」について7段階評価で独立点数付けし、その平均値を算出したと記載されているが、各評点の幅については何ら記載されておらず、パネルの個別の評点が明記されているわけでもなく、評価結果について統計解析もなされておらず、パネリスト間の有意差の有無も示されていない。そうすると、各飲料の風味の評点を全パネルの平均点でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることはできない。

また、「後味」や「味の鮮明さ」は、技術常識に基づいても当業者において一義的かつ共通に認識される風味ではなく、さらに、官能評価においてはサンプルの温度や提示方法、試行回数なども評価に影響するところ、それらについての記載がなく、評価結果の再現性に乏しい。

さらに、「後味」や「味の鮮明さ」を含む風味は、使用する濃縮レモン透明果汁のメーカー、品種、産地、時期、ロット等によっても変化し得るところ、実施例のサンプルに使用された濃縮レモン透明果汁について開示はない。

  よって、実施例の再現、比較によって、当業者が課題が解決できることを客観的に認識することはできない“と主張した。

上記主張に対して、審判官は、本件明細書には、“訓練された識別能力のあるパネルが官能評価を行ったこと、「味の鮮明さ」及び「後味」について、いずれもサンプル1-4(6点)を基準とした7段階で評価したこと、及び3名が独立点数付けし、その平均値を算出したことが記載されているから、当該官能評価は一定の訓練を受けた複数の者が、評価の基準として共通のものを認識した上で行われ、評点を平均するという統計処理によって揺れを抑制する措置も取られたものといえる。そうすると、当業者は当該官能評価の結果を、一定の客観性を備えた信頼に足るものと理解することができる。

また、本件明細書にサンプルの温度、提示方法、試行回数、使用した果汁のメーカー等の記載がなくとも、当業者は出願時の技術常識に基づいてレモン風味飲料が消費される状況に見合った試行条件を設定することができ、訓練を受けた識別能力のあるパネルであれば飲料が消費される通常の条件下で客観性のある評価を行うことができると解されるから、評価結果の再現性が乏しいとまではいえない。

  よって、本件明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者は本件発明が課題を解決し得ると認識することができる“と結論した。

2.理由2(実施可能要件違反)についての審理

審判官は、“当業者は本件明細書における飲料の原料についての記載及び実施例の記載等に基づいて、本件発明1に相当するレモン風味飲料を生産することができる”し、上記の理由1(サポート要件違反)における検討を踏まえると、”当業者は本件発明1のレモン風味飲料を、後味がよく、味が鮮明であるレモン風味飲料として使用することができると理解することができる。

そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の発明特定事項に対応した説明の記載や実施例の記載があるから、当業者が本件発明1を生産し、かつ、本件発明1を使用することができる程度の記載があるといえる“と判断し、”本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるといえる“と結論した。

異議申立人は、 “本件明細書の[0031]の記載は、添加剤によって効果が阻害される場合があること、すなわち、添加剤によって課題が解決できない場合があることを示唆しているが、どのようなときに発明の効果が阻害され、どのようなときに発明の効果が阻害されないのかについては何ら記載されておらず、技術常識に基づいても理解できない。よって、実施例と異なる形態については、様々な添加剤等の組合せについて、効果が阻害されるか否かの確認をする必要があり、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていない。また、官能評価について再現性がないため、効果が阻害されるか否かの確認をすることもできない”と主張した。

上記主張に対して、審判官は、本件明細書に記載された添加剤、香料及び果汁は、いずれも本件特許に係る出願の出願当時において周知のものであり、当業者はそれらの添加量を技術常識に基づいて適宜に調整することができるから、当業者は本件明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて本件発明1のレモン風味飲料を過度の試行錯誤を要することなく製造することができ、かつ使用することができると認識することができる。

よって、申立人の主張を採用することはできない“と結論した。