審査基準によれば、実施可能要件は、”発明の詳細な説明の記載が、当業者が請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分になされていない場合は、当業者がその発明を実施することができず、発明の公開の意義も失われることになる。実施可能要件は、このことを防止するためのものである”。
一方、サポート要件は、”発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載してもよいこととなれば、公開されていない発明について特許権が付与されることになる。サポート要件は、このことを防止するためのものである”。
前回説明したサポート要件違反における類型(4)は、以下であった。
サポート要件違反の類型(4)
“請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合”
そして、この類型を適用する場合の審査時における注意点は、以下のようであった。
“a 類型(4)が適用されるのは、実質的な対応関係についての審査における基本的な考え方(2.1(3)参照)に基づき、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると判断される場合である。”
“発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された」”の部分は、実施可能要件に関する以下の説明と似ている。
“(1) 発明の詳細な説明は、請求項に係る発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていなければならない。
(2) 当業者が、明細書及び図面に記載された発明の実施についての説明と出願時の技術常識とに基づいて、請求項に係る発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかを理解できないときには、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないことになる。“
(【34】明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(1)~ https://patent.mfworks.info/2020/06/28/post-2757/)。
また、拒絶理由や無効理由として、実施可能要件違反とサポート要件違反が同時に通知される場合も多く、実施可能要件とサポート要件とは混同しやすいと思われる。
実施可能要件とサポート要件との関係は、以下のように説明されている
(”4.1.2 実施可能要件とサポート要件(「第 2 章第 2 節 サポート要件」参照)と
の関係” https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0101bm.pdf)。
“実施可能要件は、当業者が請求項に係る発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明に必要な事項を明確かつ十分に記載することについての記載要件である。
特許制度は発明を公開した者にその代償として一定期間一定の条件で独占権を付与するものであるが、発明の詳細な説明の記載が、当業者が請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分になされていない場合は、当業者がその発明を実施することができず、発明の公開の意義も失われることになる。実施可能要件は、このことを防止するためのものである。“
“他方、サポート要件は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることについての記載要件である。発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載してもよいこととなれば、公開されていない発明について特許権が付与されることになる。サポート要件は、このことを防止するためのものである。”
“このように、両要件は、その内容及び趣旨が異なるものである。
したがって、審査官は、実施可能要件に違反すれば必ずサポート要件に違反するものではなく、またサポート要件に違反すれば必ず実施可能要件に違反するものではない点に留意すべきである。“
二つの要件の違いについて言及した判例がある(平成29年(行ケ)第10143号 審決取消請求事件 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/859/087859_hanrei.pdf)。
判決文の関連部分を以下に引用する。
“明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには,物の発明にあっては,当業者が明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づいて,その物を生産でき,かつ,使用できるように,方法の発明にあっては,その方法を使用できるように,それぞれ具体的に記載されていることが必要である。”
“特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。”
実施可能要件とサポート要件が争点となった食品特許の判例を紹介する
(平成30年(ネ)第10040号 特許権侵害差止等請求控訴事件
http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/904/088904_hanrei.pdf
(49)特許を巡る争いの事例;ワイン容器詰め方法特許
https://patent.mfworks.info/2018/09/09/post-1008/)。
特許第3668240号は、『アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法』に関する。
特許権者は、特許権侵害の差止等と損害賠償を求め、東京地方裁判所に提訴したが、サポート要件および実施可能要件に違反しており、無効にすべきものと認められ、権利行使できないとの理由で、請求は棄却された(平成27年(ワ)第21684号)。
特許権者は、この判決を不服として、知財高裁に控訴した。
本裁判とは別件の無効審判において、特許請求の範囲を以下のように訂正した。
“アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって,該方法が:
アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして,
35ppm未満の遊離SO2と,300ppm未満の塩化物と,
800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを意図して製造するステップと;
アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に,
前記ワインを充填し,缶内の圧力が最小25psiとなるように,
前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップとを含む,
アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法“
まずは、判決文の実施可能要件に関する部分を引用する。
“「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度のうち,特に「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に係る構成については,その濃度範囲を特定することの技術的な意義,本件発明の効果との関係,濃度の数値範囲の意義についての記載がないと,当業者は,特許請求の範囲に記載された構成により本件発明の課題を解決し得ると認識することができないというべきところ,本件明細書にはそのような記載がないことは前記判示のとおりである。”
“以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,具体例の開示がなくとも当業者が本件発明の課題が解決できると認識するに十分な記載があるということはできない。
そこで,本件明細書に記載された具体例(試験)により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得たかについて,以下検討する。“
“本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された「試験」に関する記載は,本件発明の課題を解決できると認識するに足りる具体性,客観性を有するものではなく,その記載を参酌したとしても,当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識し得ないというべきである。”
“前記判示のとおり,特許請求の範囲に記載された構成の技術的な意義に関する本件明細書の記載は不十分であり,具体例の開示がなくても技術常識から所望の効果が生じることが当業者に明らかであるということはできない。
また,「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」に係る濃度については,その範囲が数値により限定されている以上,その範囲内において所望の効果が生じ,その範囲外の場合には同様の効果が得られないことを比較試験等に基づいて具体的に示す必要があるというべきである。 “
“本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるということはできないから,特許法36条6項1号に違反する。
そして,この無効理由は,本件訂正によっても解消しない”として、実施可能要件違反があると判断した。
次に、サポート要件に関する部分を引用する。
“本件明細書に記載された「試験」で用いられた耐食コーティングの種類は明らかではなく,どのようなコーティングがワインの組成成分とあいまって本件発明に係る効果を奏するかを具体的に示す試験結果は存在しない。
そうすると,当業者は,本件発明を実施するに当たって用いるべき耐食コーティングについても過度の試行錯誤することを要するというべきである。“
“以上のとおり,本件発明に係るワインを製造することは困難ではないが,本件発明の効果に影響を及ぼし得る耐食コーティングの種類やワインの組成成分について,本件明細書の発明の詳細な説明には十分な開示がされているとはいい難いことに照らすと,本件明細書の発明の詳細の記載は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできず,特許法36条4項1号に違反するというべきである。
そして,この無効理由は,本件訂正によっても解消しない“として、サポート要件違反があると判断した。
参考
”記載要件─実施可能要件とサポート要件との関係、併せてプロダクト・バイ・プロセス・クレームについて” https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201602/jpaapatent201602_093-111.pdf