特許を巡る争い<18>三栄源エフ・エフ・アイ株式会社・コーヒー飲料特許

三栄源エフ・エフ・アイ株式会社の特許第6370543号は、特定種類の多糖類を含有させることを特徴とする、乳成分含有コーヒー飲料などの品質の安定化に関する特許。新規性欠如などの理由で異議申立てされたが、異議申立人の主張は採用されず、権利維持された。

三栄源エフ・エフ・アイ株式会社の特許第6370543号『乳成分含有コーヒー飲料⼜は紅茶飲料』を取り上げる。

特許第6370543号の特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6370543/DF4428923F75773ED83A4F54883A9FD8F96D0B228B853923D6ACA6B992F72BC9/15/ja)。

【請求項1】

pH調整剤として重曹のみ、又はクエン酸三ナトリウムのみを使用して

pH6.1〜7に調製される、

μ成分及びν成分を有するカラギナンを含有する、

乳成分含有コーヒー飲料又は紅茶飲料。

(【請求項2】以降、省略)

「カラギナン」は、“紅藻類海藻から抽出、精製される天然高分子であり”“D−ガラクトースと、3,6アンヒドロ−D−ガラクトースから構成される多糖類で”、“カラギナンの種類は、この結合様式を変えることなく、硫酸基の位置、アンヒドロ糖の有無によって区別される”と明細書中に書かれている。

(参考 『カラギナンの特性と利用法』 https://www.jstage.jst.go.jp/article/fiber/65/11/65_11_P_412/_pdf

そして、“ 現在市場において一般的に流通しているカラギナンはλ(ラムダ)、κ(カッパ)又はι(イオタ)カラギナン”の種類で、乳成分を含有するコーヒー飲料や紅茶飲料の安定化(殺菌処理及び長期保存下での沈殿発生や、殺菌時に生じる焦げ付きの抑制)に使用されているが、“未だ改善の余地がある”と書かれている。

本特許発明に係るμ(ミュー)成分及びν(ニュー)成分については、「一般的に市場に流通しているκカラギナン及びιカラギナンは、各々μカラギナン及びνカラギナンをアルカリ処理して得られるカラギナンであり、通常、μ成分及びν成分をほとんど含まない。」と書かれている。

本発明に係る「コーヒー飲料」は、“コーヒー分を原料として使用し、加熱殺菌工程を経て製造される飲料製品”、また、「紅茶飲料」は、“茶樹の芽葉を十分に自家酵素発酵させたものから抽出または浸出したもの(これらを濃縮又は粉末化したものを希釈したものを含む)を原料として使用し、加熱殺菌工程を経て製造される飲料製品”を指している。

本発明で用いる乳成分として、牛乳や全脂粉乳が例示されている。

本発明を用いることによって、“殺菌処理及び長期保存下での沈殿発生や、殺菌時に生じる焦げ付きが有意に抑制され、安定性に優れる乳成分含有コーヒー飲料又は紅茶飲料を提供できる。”と書かれている。

本特許の公開時の特許請求の範囲は、以下の通りである(特開2014-110783https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2014-110783/DF4428923F75773ED83A4F54883A9FD8F96D0B228B853923D6ACA6B992F72BC9/11/ja)。

【請求項1】

pH調整剤としての塩を使用して調製される飲料であり、

μ成分及びν成分を有するカラギナンを含有する、

乳成分含有コーヒー飲料又は紅茶飲料。

(【請求項2】以降、省略)

pH調整剤の種類および調整されるpHを限定することによって、特許査定されている。

本特許公報発行の半年後、一個人名で、異議申立てされた(異議2019-700104、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2013-230304/DF4428923F75773ED83A4F54883A9FD8F96D0B228B853923D6ACA6B992F72BC9/10/ja)。

審理の結論は、以下の通りであった。

特許第6370543号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。

異議申立人は、新規性欠如、進歩性欠如およびサポート要件違反(特許法第36条第6項第1号違反)を主張した。

以下、請求項1(本件発明1)について説明する。

新規性欠如及び進歩性欠如について、異議申立人は、本件発明1は、特開平3-83543号公報に記載された発明(甲1発明 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-H03-083543/2BAABA92089D2070D08F3D166D98F4C971250AE30CC3CA17EBD002BACFBE6E19/11/ja)であり、甲1発明並びに甲第2及び3号証に記載の技術的事項に基いて、本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであると主張した。

(甲第2号証:“SEN‘I GAKKAISI(繊維と工業),Vol.65,No.11(2009),p.412-421、甲第3号証:Antiviral Research,Vol.43(1999),p.93-102)

審判官は、本件発明1と甲1発明との一致点および相違点は、以下のようであると判断した。

一致点:pH調整剤として重曹のみを使用してpH6.5に調製される、

カラギナンを含有する、乳成分含有コーヒー飲料

相違点1:カラギナンが、本件発明1ではμ成分及びν成分を有するものであるのに対し、

甲1発明1では増粘タイプのものである

相違点について、甲1発明1は、カラギナンとして「増粘タイプのカラギーナン」を使用し、甲1には「本発明で使用する増粘タイプのカラギーナンとは、褐藻類より抽出される天然多糖類の一種であり、ラムダタイプのカラギーナンを主成分とするもの、イオタタイプのカラギーナンを主成分とするものまたはこれらの混合物で、主に増粘作用を目的として調整されたカラギーナン」と記載されている。

そして、

“ラムダタイプのカラギーナンは紅藻類Gigartina種が生産すること”が知られており、さらに“Gigartina種が生産するカラギーナンには、ラムダタイプだけでなく、μ/ν-タイプも含まれていること”が知られているが、“μ/ν-タイプの含有割合”については明らかでないとした。

また、“甲1には「増粘タイプのカラギーナン」として、μ成分及びν成分を有するものを用いることについては記載されていない。”と認めた。

一方、本件発明1の「μ成分及びν成分を有するカラギナン」は、“有意な割合でμ成分及びν成分を含有するカラギナンであると認められ”、本件特許明細書には“一般的に市場に流通しているκカラギナン及びιカラギナンは、各々μカラギナン及びνカラギナンをアルカリ処理して得られるカラギナンであり、通常、μ成分及びν成分をほとんど含まない。」との記載も考慮すると、甲1発明1に記載された「増粘タイプのカラギーナン」が有意な割合でμ成分及びν成分を含有するものとは認められない。”と判断した。

また、本件発明1は、沈殿発生や、殺菌時に生じる焦げ付きが有意に抑制され、安定性に優れるという”顕著な効果を奏するもの”であると認めた。

そして、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、本件発明1は、甲1〜3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないと結論した。

なお、異議申立人は、“商業スケールで抽出した場合には、μ成分及びν成分が副成分として必然的に含まれると主張”したが、“仮に副成分としてμ成分及びν成分が含まれていたとしても、それが本件発明1のように有意な割合であるとは認められない”として、主張は採用されなかった。

また、サポート要件違反について、異議申立人は、実施例で具体的に開示されているのは特定濃度の例のみであり、“これより少ない量や多い量を用いた場合でも課題を解決できるかどうかは不明であるから”、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものとは認められないと主張した。

これに対して、審判官は、発明の詳細な説明の記載から、“有意な割合でμ成分及びν成分を含有するカラギナンであれば、殺菌処理及び長期保存下での沈殿発生や殺菌時に生じる焦げ付きが有意に抑制され、安定性に優れる乳成分含有コーヒー飲料又は紅茶飲料を提供するという本件発明の課題を解決できることを合理的に理解できる”として、異議申立人の主張を採用しなかった。