【22】特許文献調査 ~難しいのは、検索でヒットした公報の評価~

検索でヒットした公報の中から、関連する公報をスクリーニングし、抽出した関連公報の記載をもとにして対象特許の特許性(新規性、進歩性)を判断する。特許性の判断は、特許法や審査基準の知識と、それらの実際の運用事例の学習や実務経験が必要である。

『【21】特許文献調査 ~検索式の作成は、「特許分類」と「ワード」と「時期的範囲」との掛け合わせ~』(https://patent.mfworks.info/2019/05/20/post-2268/)では、特許文献の検索の最初のステップである検索式の作成について説明した。

作成した検索式を用いて検索すると、多数の文献がヒットし、ヒット文献の母集団ができる。その母集団に対して、以下の手順で解析を進めていくことになる。

(1)特許公報スクリーニング(ヒットした文献の母集団の中から関連公報を抽出)

(2)抽出した関連公報の記載をもとにした対象特許(出願)の特許性判断(新規性・進歩性など)

この時に課題となるのが、

(1)検索でヒットした多数の特許文献の中から、特許性(新規性、進歩性)に関わる可能性の高いと思われる文献を、出来るだけ“省力的に”スクリーニングすること、

(2)スクリーニングで抽出された特許文献の記載を基にして、特許性の有無を“的確に”判断すること、

の2つである。

独立行政法人工業所有権情報・研修館 『検索の考え方と検索報告書の作成』(https://www.inpit.go.jp/jinzai/kensyu/kyozai/kensaku.html)や平成30年度調査業務実施者育成研修 INPITテキスト『検索の考え方と検索報告書の作成【本編】』(https://www.inpit.go.jp/content/100798506.pdf)には、検索式の作成については詳述されており、以下のように、適切な文献の抽出(スクリーニング)のために、ノイズ文献がヒットしにくい検索を行う必要性が書かれている(理屈としては当然だが、どうすればよいかの方法論は書かれていない。)

『3.3. 新規性・進歩性判断のための検索の具体例

3.3.1. 文献集合

新規性判断のための検索、進歩性判断のための検索を効率的(迅速かつ的確)に行うためには、膨大な収録文献の中から、適切な文献をもれなく抽出しつつ、ノイズとなる文献をできるだけ含まない文献集合を作成する必要がある。

一方、スクリーニングの方法や特許性の判断方法については、具体例が挙げられているだけで、実際にどういう考え方で進めればよいかの考え方の説明はない。

特許調査に関する成書を読んでも、このステップについて、テクニックの観点から書かれているものは少ない。

私が具体的かつ適切に書かれていると思ったのは、『パテントプロサーチャーのための特許調査の基礎知識と実務』(山口 隆 著)(https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026407665-00)である。以下に、上記書籍のポイントと思われる項目を抜き出してみた。

公報スクリーニング(要否判断)について

①可能な限り「発明の名称」で判断。

②名称でできない場合は、要約、請求範囲、図面などを読み判断

③無効資料調査は、本件発明の全ての構成要件をできるだけ少ない引用公報でカバーすることを目標、逆に10件も必要となるようでは無効にすることは困難。

④抽出すべき公報 1.実施例中に同じ発明が記載されている公報、2.その発明を示唆する発明が記載されている公報。

⑤有用な公報とは、1.発明の中心的な構成要件が含まれるもの、2.大部分の構成要件を含むもの、3.狭い意味で同じ課題を記載したもの、4.予備調査や、これまでのチェックで見つけられなかった構成要件を含むもの。

⑥基本的には要約や請求範囲によって一応の要否を予測し、実施例で予測を確認(検証)すればよい。

『先行技術文献調査実務[第四版]』の『第Ⅶ部 先行技術調査の基本』(https://www.inpit.go.jp/content/100646409.pdf)には、『法的判断;アマチュアが陥りやすい罠』として、以下の4項目があげられている。

【罠1】発明の認定・理解の失敗!

【罠2】進歩性の考え方を考慮して検索されていない!

【罠3】検索範囲の外枠を定めていない、定めていても網羅的に検索されていない!

【罠4】抽出した文献を組み合わせる論理が破綻している、組み合わせができても目的とする構成に至らない!

上記は検索式作成での『罠』について書かれたものだが、ヒットした文献のスクリーニングや要否判断も同じことである。そして、【罠1】、【罠2】、【罠4】は、いずれも特許性の知識に関するものである。

検索式作成の場合には、検索技術というテクニカルな部分の理解で要求されるが、検索でヒットした特許文献の評価は、本質的に、特許性(新規性、進歩性など)についての理解の深さ(知識、実務経験)がないと、的外れな調査になってしまう恐れがある。

(【17】新規性欠如の考え方;上位概念と下位概念

https://patent.mfworks.info/2019/02/16/post-1285/

【18】進歩性欠如の考え方:容易想到の論理構築

https://patent.mfworks.info/2019/03/05/post-1287/

【19】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(1)臨界的意義と別異の効果

https://patent.mfworks.info/2019/03/18/post-1527/

【20】進歩性欠如の考え方;数値限定発明(2)有効数字と誤差

https://patent.mfworks.info/2019/03/30/post-2079/

これまで述べてきたことの繰り返しになるが、無効資料調査も一般的な先行文献調査と基本的な考え方は同じだが、審査過程の先行文献調査で見つかった文献をクリアーして特許査定された特許に対する先行文献調査である。したがって、無効資料調査では、特許性についての一層深いレベルの理解が必要である。

具体的には、検索式作成も、検索キーとして、各請求項を機械的に分節した構成要件を用いる一般的な手法だけでは、無効化に結び付く先行文献を見つけられる可能性は低い。そのため、先に無効化できそうな論理を仮説立てし、その仮説をもとに検索式を立てることが要求される。

さらに言えば、有効な無効資料を見出したとしても、特許権者は訂正請求してくるのが一般的であるから、訂正も考慮した仮説立てが必要となる場合がある。

そして、論理を組み立てるには、特許法や審査基準の知識と、それらの実際の運用事例を学習できていること(実務経験)が前提であって、そうでなければ、有効な論理を立てることはできないと思う。

現在、先行文献調査や無効資料調査のサポートとして利用する目的のツールが開発されてきている。AIを利用することによって、特許性に関する知識不足を補えるのであれば、先行文献調査のレベルを上げることができる。次回は、AIを利用した特許資料調査の現状を見てみたい。