(30)特許権の不安定さを生む要因 その5;言葉(文言)の解釈

特許権の権利範囲は、「特許請求の範囲」に記載された「請求項」の「文言」に基づくが、「文言」が明確でない場合には解釈を巡って争いが起こる。その場合は、出願書類(明細書、図面)、出願時の技術常識、審査経過を考慮して、特許権の及ぶ「技術的範囲」が定められる。

特許の審査は、特許庁に提出された出願書類をもとに行われる。

出願書類に書かれた文面をもとにして、新規性や進歩性などが審査され、その結果、特許性があるがどうか判断される。つまり、特許によって与えられる権利範囲(技術的範囲)は、言葉によって定義されたものである。

したがって、ある製品が特許権を侵害しているかどうかは、特許に書かれた文面をもとに、文言上、侵害しているかどうか(文言侵害)で判断されることになる。

それでは、権利範囲(技術的範囲)はどのように定められるのか?

出願書類は、「願書」、「特許請求の範囲」、「明細書」、「図面」、「要約書」から構成される。

特許法第70条(特許発明の技術的範囲)には、出願書類のうちの「特許請求の範囲」の記載に基づいて定めなければならず、「明細書」の記載及び「図面」を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するとなっている。

さらに、特許庁の審査基準には、「特許請求の範囲」に記載された「請求項」に基づいて発明を認定し、「明細書」と「図面」の記載、並びに「出願時の技術常識」を考慮して、「請求項」に記載された「用語」の意味するところを解釈するとなっている。

つまり、権利範囲(技術的範囲)がどこまでなのかを確定するためには、記載された文言を解釈する。記載された文言が明確でなく、一義的に解釈できない場合には、明細書・図面の記載や技術常識、さらに審査経過をもとに文言の意味するところを読み解く作業が必要になる。

事例1として、「緩衝剤」の意味するところが争点になった、特許第4430299号「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」を取り上げる。

「オキサリプラチン」は抗がん剤、「緩衝剤」は「溶液のpHを特定の値に保持されるようにするために、その溶液に加えられる化合物」(https://ja.wikipedia.org/wiki/緩衝剤)である。

「特許請求の範囲」の請求項1は、以下のようである。

請求項1

オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な担体が水であり,

緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,

1)緩衝剤の量が,以下の:

(a)5×10(-5乗)M~1×10(-2乗)M,

(b)5×10(-5乗)M~5×10(-3乗)M

(c)5×10(-5乗)M~2×10(-3乗)M

(d)1×10(-4乗)M~2×10(-3乗)M,または

(e)1×10(-4乗)M~5×10(-4乗)M

の範囲のモル濃度である、pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは

2)緩衝剤の量が,5×10(-5乗)M~1×10(-4乗)Mの範囲のモル濃度である,

争点になったのが、「緩衝剤がシュウ酸」の文言の解釈である。

溶液には、緩衝剤としてシュウ酸が添加されるが、溶液に含まれているシュウ酸には、溶液に添加したシュウ酸と、オキサリプラチンが分解して解離生成したシュウ酸とが含まれている。この解離シュウ酸が「緩衝剤」に含まれるかどうかが争点となった。

知財高裁は、明細書の記載をもとに、「添加シュウ酸に限られ、化学平衡による解離シュウ酸は含まない」、「緩衝剤の量」とは解離シュウ酸をも含んだ「オキサリプラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」ではなく、解離シュウ酸を含まない「オキサリプラチン溶液組成物を作製するためにオキサリプラチン及び担体に追加され混合された緩衝剤の量」と解釈すべきであると判断した。

事例2として、特願平8-66079号(特開平9-255548号)「シワ形成抑制剤」を取り上げる。「シワ形成抑制」と「美白化粧料」との違いが争点となった。

「特許請求の範囲」の請求項1は以下のようである。

請求項1 アスナロ又はその抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤。

特許庁の審査では、特開平5-345719号公報を引用して、引用公報には、「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」が記載されており、その用途として「美白化粧料組成物」も記載されている。いずれも「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」であり、「美白」作用と「シワ形成抑制」作用とは同様な効果であるとして拒絶された。

知財高裁は、「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」である点では先行発明と同じであるが、「美白」と「シワ形成抑制」とは、作用メカニズムや使用・販売実態に明確に区別されること、「出願時の技術常識」をもとにすると、「シワ形成抑制」作用は「美白」作用からは期待できず、新規な効果の発見であるとして、特許庁の主張を斥けた。

訴訟においては、「組成物」と「剤」の意味するところの違いも検討された。

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(引用文献)

政策について 政策一覧 経済産業 知的財産 政府模倣品・海賊版対策総合窓口 被害に遭

ったら -権利侵害とは 特許権の侵害とは http://www.meti.go.jp/policy/ipr/infringe/about/patent.html

文言侵害 http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo801-900/yougo_detail821.html

審査基準第I部 第2章 第1節 本願発明の認定

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun/01_0201.pdf

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http://www.inpit.go.jp/blob/archives/pdf/patent.pdf

特許権侵害の判断の仕方 https://business.bengo4.com/category5/practice326

平成29年3月8日判決言渡 平成27年(行ケ)第10167号 審決取消請求事件 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/591/086591_hanrei.pdf

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「オキサリプラチン溶液組成物」事件 http://www.unius-pa.com/wp/wp-content/uploads/23-4.pdf

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http://thinkpat.seesaa.net/article/447922314.html

平成18年(行ケ)第10227号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成18年11月22日 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/865/033865_hanrei.pdf

シワ形成抑制剤事件 https://www.saegusa-pat.co.jp/wp/wp-content/uploads/nakano_ronbun0703.pdf

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