(27)特許権の不安定さを生む要因 その2;審査での裁量幅(進歩性判断)

「進歩性」は、審査官が当業者が先行技術をもとに容易に考え付けたかどうかを総合的に判断して決定されるが、容易に考え付けたかどうかの論理付けには、いくつかの先行文献の中から審査官が適切なものを採否するが、その採否には審査官の個人差が生じ得る余地があり、審査官によって判断が変わり得る面がある。

特許出願された発明の「新規性」は、先行技術との相違点の「有無」で判断されるので理解しやすい。

一方の「進歩性」は、先行技術をもとにして「容易に」想到し得た(考え付けた)発明かどうかによって判断されるが、「容易」さは定性的な判断基準で分かりにくい。

「特許・実用新案審査基準」では、「進歩性」の判断は、「先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行」い、「当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたか否かの判断には、進歩性が否定される方向に働く諸事実及び進歩性が肯定される方向に働く諸事実を総合的に評価することが必要である。そこで、審査官は、これらの諸事実を法的に評価することにより、論理付けを試みる。」としている。

そして、「先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、・・・・・・主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断」し、「発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素に係る諸事情に基づき、他の引用発明(以下この章において「副引用発明」という。)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。」と示されている。

上記した審査基準の理解のためには、「当業者」、「容易に到達する論理」、及び「総合的に評価」という言葉の意味することを理解する必要がある。

「当業者」は、以下の(i)から(iv)までの全ての条件を備えた者と定義されており、(i)は「請求項に係る発明の属する技術分野の出願時の技術常識)を有していること」となっている。

ここで、「請求項に係る発明」とは、特許出願書類の「特許請求の範囲」に記載された技術内容であり、進歩性の判断の対象となるのは、「請求項に係る発明」である。

また、「技術常識」は、当該技術分野において、「一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項をいう。」と定義されており、「周知技術」とは、相当多数の刊行物やウェブページ等に記載があったり、業界に知れ渡っているもの、 例示する必要がない程よく知られているもの、「慣用技術」は、「周知技術であって、かつ、よく用いられている技術」と定義されている。

上記の定義で「当業者」の意味を一応は理解できるものの、定性的な定義であり、あいまいさが残る。

「容易に到達する論理」について、主引用発明(主となる先行技術文献)から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付け(論理構築)ができるか否かを判断するとなっているが、論理構築が容易かどうかの判断は難しい。基本的には、先行技術文献(主引用文献と副引用文献)に、発明を考え付くヒントが「明示」されているかどうかで判断される。

「総合的に評価」は、進歩性が肯定される方向に働く要素と進歩性が否定される方向に働く要素とを検討して、容易に到達する論理付けできるかどうかで判断するとしている。

「進歩性が肯定される方向に働く要素」として、「引用発明と比較した有利な効果」があれば「進歩性が肯定される方向に働く有力な事情になる」としている。

「有利な効果」として、引用発明の有する効果とは「異質な効果」、引用発明の有する効果と同質の効果であるが「際だって優れた効果」であって、出願時の技術水準から当業者が予測できなかった効果が例示されている。

この場合に難しいのが、「異質」あるいは「際立って優れた」(顕著)の判断基準である。

この判断に関して、「特許・実用新案審査基準」の「特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の項は、以下のようである。

「主引用発明との相違点がその数値限定のみにあるときは、通常、その請求項に係る発明は進歩性を有していない。実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、通常、当業者の通常の創作能力の発揮といえるからである。しかし、請求項に係る発明の引用発明と比較した効果が以下の(i)から(iii)までの全てを満たす場合は、審査官は、そのような数値限定の発明が進歩性を有していると判断する。」

ある物性の数値を変化させると、それに対応して特性が徐々に変化することは一般的なことであり、最も効果が発現される数値範囲を実験して見つけたとしてもは、その効果は予想の範囲内なので(「最適化」や「好適化」)、進歩性はないと判断される。

ただし、特定の数値範囲にすると、特性が急激に変化する場合(「臨界的効果」)や、予測し得なかった別の効果が発現する場合には、進歩性が認められる場合があるということなる。

「際立って優れた」(顕著な)効果とは、どの程度の効果向上が認められた場合に言えるのか?例えば、変化量50%で効果70%アップや変化量5%で効果20%アップでのケースが議論されている(http://www.newsyataimura.com/?p=5017)。

上記したように、「進歩性」は、「当業者」が論理付けすることが「容易」な発明かどうかによって判断される要件であり、「容易さ」には、審査官の“裁量“次第の面がある。

特許庁のユーザー調査結果(「平成28年度特許審査の質についてのユーザー評価調査報告書」)では、「引用文献の認定」、「一致点・相違点についての説明・判断」、「組合せ・動機づけについての説明・判断」や「判断の均質性について」の不満が挙げられており、数値的に改善の方向にはあるが、「進歩性の判断」や「判断の均質性」は、課題として認識されている。

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(引用文献)

特許・実用新案審査基準 https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm

特許・実用新案審査ハンドブック https://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/handbook_shinsa.htm

特許の審査基準のポイント

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tokkyo_shinsakijyun_point/01.pdf

特許・実用新案審査基準 第III部 第2章 第2節 進歩性

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0202bm.pdf

特許・実用新案審査基準 第III部 第2章 第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tukujitu_kijun_bm/03_0204bm.pdf

数値限定の臨界的意義(進歩性の判断)/特許出願

http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo1000-1099/yougo_detail1076.html

本歌取り? 知財と日本の気質 『知的財産:この財産価値不明な代物』第1回 12月25日2015年 経済  http://www.newsyataimura.com/?p=5017

平成28年度特許審査の質についてのユーザー評価調査報告書

https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/h28_shinsa_user.htm

平成28年度特許審査の質についてのユーザー評価調査報告書

http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11218880/www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/h28_shinsa_user/h28_houkoku.pdf

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