特許を巡る争い<119>アサヒビール・ビール様飲料特許

アサヒビール株式会社の特許第7619982号は、飲料中の特定成分の含有量を調整することにより、飲み応えが増強されたビール様発泡性飲料に関する。新規性欠如、進歩性欠如、及びサポート要件違反の理由で異議申立てがなされたが、いずれの理由も認められず、そのまま権利維持された。

アサヒビール株式会社の特許第7619982号“ビール様発泡性飲料”を取り上げる。

特許第761998の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下であるhttps://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7619982/15/ja)。

【請求項1】

飲料中のフェニル酢酸濃度が0.003ppm以上0.50ppm以下であり、                 かつ飲料中のフェニルアセトアルデヒド濃度が0.035ppm以上1.00ppm以下    であることを特徴とする、ビール様発泡性飲料                                                           (ただし、高甘味度甘味料を含有するビール様発泡性飲料を除く。)。

【請求項2】~ 【請求項10】省略

本特許明細書には、本特許発明が解決しようとする課題は、“糖質やカロリーを増大させることなく、飲用時に喉に引っかかりを感じるような好ましい飲み応えが増強されたビール様発泡性飲料を提供すること”と記載されている。

本特許における“ビール様発泡性飲料”とは、”アルコール含有量、麦芽及びホップの使用の有無、発酵の有無に関わらず、ビールと同等の又はそれと似た風味・味覚及びテクスチャーを有し、高い止渇感・ドリンカビリティー(飽きずに何杯も飲み続けられる性質)を有する発泡性飲料を意味する”と記載されている。

また、“飲用時に喉に引っかかりを感じるような飲み応えとは、好ましいと感じる喉へのひっかかり感を意味する”と記載されている。

本特許発明の課題を解決する方法として、“発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、ビール様発泡性飲料に、十分量のフェニル酢酸(CAS No.:103-82-2)及び/又はフェニルアセトアルデヒド(CAS No.:122-78-1)を含有させることによって、糖質やカロリーが低い場合であっても、飲用時に喉に引っかかりを感じるような好ましい飲み応えが増強して嗜好性が向上することを見出し、本発明を完成させた”と記載されている。

また、“フェニル酢酸とフェニルアセトアルデヒドは、いずれも蜂蜜様のやや甘い香りを有する香気成分である”と記載されている。

本特許の公開時の特許請求の範囲は、以下である(特開2024-2493 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2024-002493/11/ja)。

【請求項1】

飲料中のフェニル酢酸濃度が0.003ppm以上であることを特徴とする、                    ビール様発泡性飲料。

【請求項2】~【請求項12】省略

請求項1については、フェニル酢酸濃度の上限値の規定、一定濃度域のフェニルアセトアルデヒド濃度をも含有すること、並びに、高甘味度甘味料を含有するビール様発泡性飲料を除くクレームに減縮することによって、特許査定を受けている。

特許公報の発行日(2025年1月22日)の半年後、一個人名で特許異議の申立てがされた(2025年7月22日)(異議2025-700749 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-101700/10/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

“特許第7619982号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。”

特許異議申立書に記載された申立理由は、以下の3点であった。

(1)“申立理由1(甲第1号証に基づく新規性・進歩性)

本件特許発明1、3、4、7及び9は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であって“、

並びに ”本件特許発明1ないし10は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第1号証:C. J. Belke et al、「Determination of Organic Acids in Beer After Extraction with an Anion-Exchange Resin」、Journal of the American Society of Brewing Chemists、1992年、Vol. 50、No. 1、pp. 26-29

(2)“申立理由2(甲第2号証に基づく新規性・進歩性)

本件特許発明1、3ないし5、7及び9は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明であって“、

並びに”本件特許発明1ないし10は、甲第2号証に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであ“る。

甲第2号証:Sabrina Brendel et al、「Dry-Hopping to Modify the Aroma of Alcohol-Free Beer on a Molecular Level-Loss and Transfer of Odor-Active Compounds」、J. Agric. Food Chem.、2020年、Vol. 68、pp. 8 602-8612

(3)“申立理由3(サポート要件)

本件特許の請求項1ないし10に係る特許は”、“飲み応えはあっても「べたつき」や「しつこさ」があるとされる飲料を包含するものであるが、このような飲料まで所望の課題(好ましい飲み応え)を解決できたとは到底理解できず、本件実施例の開示からはそのような範囲まで拡張ないし一般化することは許されない。

以下、請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1)申立理由1(甲第1号証に基づく新規性・進歩性)についての審理

・審判官は、甲第1号証には、以下の発明(甲1発明)が記載されていると認めた。

<甲1発明>「フェニル酢酸濃度が0.14~0.31mg/Lであるビール。」

・審判官は、本件特許発明1と甲1発明を対比すると以下の一致点及び相違点を認めた。

<一致点>”「飲料中のフェニル酢酸濃度が0.003ppm以上0.50ppm以下である、ビール様発泡性飲料(ただし、高甘味度甘味料を含有するビール様発泡性飲料を除く。)。」”

<相違点1-1>“本件特許発明1は、「飲料中のフェニルアセトアルデヒド濃度が0.035ppm以上1.00ppm以下」とあるのに対して、甲1発明は、そのようには特定されていない点。”

相違点1-1については、審判官は、“甲1発明において、「飲料中のフェニルアセトアルデヒド濃度が0.035ppm以上1.00ppm以下」かどうか不明である。したがって、相違点1-1は実質的な相違点であり、本件特許発明1は甲1発明ではない”と判断した。

・また、甲第1号証及び他の証拠には、甲1発明において相違点1-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することの動機付けとなる記載はない。してみると、甲1発明において、相違点1-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないと判断した。

・そして、本件特許発明1の奏する「飲用時に喉に引っかかりを感じるような好ましい飲み応えが増強されており、嗜好性が高い」効果は、“本件特許発明1の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである”と認めた。

特許異議申立人の主張、“甲第3号証よりビール中のフェニルアセトアルデヒド濃度は80~180μg/L程度(0.080~0.180ppm程度)であるから、甲1発明は本件特許発明1で特定される数値範囲内である蓋然性が高い”に対して、審判官は、“甲1発明におけるフェニルアセトアルデヒド濃度が本件特許発明1で特定される数値範囲内である蓋然性が高いとはいえない”と判断した。

もう一つの特許異議申立人の主張、“甲第4号証にはフェニルアセトアルデヒドの含有量を35ppb(0.035ppm)に調整することも提案されているから、甲1発明においてフェニルアセトアルデヒド濃度を0.035ppm以上1.00ppm以下の範囲内とすることは当業者が適宜なし得たことである”に対して、審判官は、“甲1発明においてフェニルアセトアルデヒド濃度を0.035ppm以上1.00ppm以下とする動機付けはない”と判断した。

審判官は、したがって、”特許異議申立人の上記主張は採用できない“と判断した。

・以上の理由から、審判官は、“、本件特許発明1は、甲1発明であるとはいえないし、甲1発明並びに甲第1号証及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。

甲第3号証:Dayana Aguiar et al、「Assessment of Staling Aldehydes in Lager Beer under Maritime Transport and Storage Conditions」、Molecules、2022年1月18日、Vol. 27、URL:https://doi.org/10.3390/molecules27030600

甲第4号証:特開2020-96575号公報

(2)申立理由2(甲第2号証に基づく新規性・進歩性)についての審理

・審判官は、甲第2号証には、以下の発明(甲2発明)が記載されていると認めた。

“<甲2発明>「フェニル酢酸濃度が131~375μg/Lであるビール。」”

・審判官は、本件特許発明1と甲2発明を対比して、以下の一致点及び相違点が認めた。

“<一致点>「飲料中のフェニル酢酸濃度が0.003ppm以上0.50ppm以下である、ビール様発泡性飲料(ただし、高甘味度甘味料を含有するビール様発泡性飲料を除く。)。」”

“<相違点2-1>本件特許発明1は、「飲料中のフェニルアセトアルデヒド濃度が0.035ppm以上1.00ppm以下」とあるのに対して、甲2発明は、そのようには特定されていない点。”

相違点2-1について、審判官は、“甲2発明において、「飲料中のフェニルアセトアルデヒド濃度が0.035ppm以上1.00ppm以下」かどうか不明である。したがって、相違点2-1は実質的な相違点であり、本件特許発明1は甲2発明ではない”と判断した。

・また、“甲第2号証及び他の証拠には、甲2発明において相違点2-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することの動機付けとなる記載はない。

してみると、甲2発明において、相違点2-1に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない“と判断した。

・そして、審判官は、“本件特許発明1の奏する「飲用時に喉に引っかかりを感じるような好ましい飲み応えが増強されており、嗜好性が高い」という効果は”、“甲2発明並びに甲第2号証及び他の証拠に記載された事項からみて、本件特許発明1の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである”と認めた。

甲第3号証及び甲第4号証を証拠とする、特許異議申立人の申立理由1と同様な主張に対して、審判官は、上記したのと同様な理由で、特許異議申立人の上記主張は採用できないと判断した。

・以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は、甲2発明であるとはいえないし、甲2発明並びに甲第2号証及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない”と結論した。

(3)“申立理由3(サポート要件)についての審理

審判官は、サポート要件について、以下のように判断した。

・“本件特許の発明の詳細な説明には、本件特許発明1ないし10に対応する記載があ”り、“さらに、発明の詳細な説明には本件特許発明の実施形態について説明があり、本件特許発明による発明の効果が記載されている。”そうすると、当業者は、発明の課題を解決できると認識できる。“よって、本件特許発明1ないし10に関して、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する。”

特許異議申立人は、“本件特許発明1ないし10では、飲み応えはあっても「べたつき」や「しつこさ」があるとされる飲料を包含するものであるが、このような飲料まで所望の課題(好ましい飲み応え)を解決できたとは到底理解できず、本件実施例の開示からはそのような範囲まで拡張ないし一般化することは許されない”と主張するが、発明の課題は、“「糖質やカロリーを増大させることなく、飲用時に喉に引っかかりを感じるような好ましい飲み応えが増強されたビール様発泡性飲料を提供すること」であり、特許異議申立人が主張するような「べたつき」や「しつこさ」ではな”いことから、特許異議申立人の上記主張は採用できない”。