特許第7526505号は、米糀などの米由来成分を含有し、結晶化しにくく保存性の高い甘味料に関する。進歩性欠如を理由に異議申立られたが、引用発明は特定の糖の割合が条件を満たさず、その割合に調整する理由や効果の予測も難しいと判断され、特許はそのまま維持された。
マルコメ株式会社の特許第7526505号“米由来甘味料、米由来甘味料を含む食品及び製造方法”を取り上げる。
特許公報に記載された特許第7526505号の特許請求の範囲は、以下である
(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7526505/15/ja)。
【請求項1】
米由来甘味料であって、
米由来成分と、
グルコースと、
パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの内の少なくとも1種と、を含み、
前記パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの内の少なくとも1種は、(A)パノース及びイソマルトトリオースの組合せ、又は
(B)パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの組合せであり、
前記米由来甘味料の総質量に対する前記グルコースの含有量が、4.0質量%以上、47.2質量%未満であり、且つ
前記米由来甘味料の総質量に対する前記パノース、前記マルトトリオース及び前記イソマルトトリオースの合計含有量が、1.96質量%を超えて、16.00質量%以下であることを特徴とする、米由来甘味料。
【請求項2】~【請求項10】 省略
本特許明細書には、本特許発明の“米由来甘味料”について、“米由来成分を含有していることから、米由来甘味料と称する。
ここで「米由来成分」とは、後述する米由来甘味料の製造方法における、糖化工程後、固液分離工程後、及び濃縮工程後に甘味料中に残る成分である。
また、本発明の一態様に係る米由来甘味料が、糖化工程において米糀を使用する製造方法によって得られたものである場合、本発明の一態様に係る米由来甘味料は、米糀を原料の一つとしたものであってもよい”と記載されている。
本特許発明に関して、“近年の健康志向の高まりとともに、砂糖や人工甘味料の代わりに使用できる安心且つ安全な天然甘味料として、米を原料とした甘味料が注目されている”が、“米麹甘味料は、保存中に糖分が結晶化してしまうという問題がある。
特に、濃縮によって米麹甘味料の糖度を高めると、糖分がより結晶化し易くなる。このため、米麹甘味料の製品としての保存安定性を向上させるため、糖分の結晶化を抑制する”ことを解決することが課題であると記載されている。
課題解決するための米由来甘味料は、“米由来成分と、グルコースと、パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの内の少なくとも1種と、を含み、
前記米由来甘味料の総質量に対する前記グルコースの含有量が、4.0質量%以上、47.2質量%未満であり、
且つ前記米由来甘味料の総質量に対する前記パノース、前記マルトトリオース及び前記イソマルトトリオースの合計含有量が、1.96質量%を超えて、16.00質量%以下である構成である”と記載されている。
なお、パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースは、いずれもグルコースを構成糖とするオリゴ糖である(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan/116/12/116_819/_pdf)。
“米由来甘味料”の製造方法について、“米、水及び酵素剤を含む糖化原料を糖化する糖化工程と、前記糖化工程で得られた糖化物を固液分離して、糖化液を得る固液分離工程と、前記糖化液を濃縮する濃縮工程と、を含む”と記載されている。
本特許発明の“米由来甘味料は、甘味料として十分な糖度を有しており、且つ結晶化が抑制されていることにより保存安定性及び取扱い性に優れる。さらに本発明の一態様によれば雑菌の増殖も抑えられていることからも保存安定性及び取扱い性に優れる”と記載されている。
本特許は、2020年7月21日に国際出願され、2021年5月27日に国内移行され、2023年1月11日に審査請求され、2024年6月25日に特許査定された。
国際公開時の特許請求の範囲は、以下である(WO2022/018963、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/WO-A-2022-018963/50/ja)。
【請求項1】
米由来甘味料であって、
米由来成分と、
グルコースと、
パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの内の少なくとも1種と、
を含み、
前記米由来甘味料の総質量に対する前記グルコースの含有量が、4.0質量%以上、47.2質量%未満であり、且つ
前記米由来甘味料の総質量に対する前記パノース、前記マルトトリオース及び前記イソマルトトリオースの合計含有量が、1.96質量%を超えて、16.00質量%以下であることを特徴とする、米由来甘味料。
【請求項2】~【請求項10】省略
請求項1は、オリゴ糖(パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオース)の組合せを限定することによって、特許査定を受けた。
特許公報の発行日(2024年8月1日)のほぼ半年後(2025年1月31日)、一個人名で異議申立された(異議2025-700139、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-538611/10/ja)。
審理の結論は、以下のようであった。
“特許第7526505号の請求項1~10に係る特許を維持する。”
異議申立人が 特許異議申立書に記載した特許異議申立理由は、以下のようであった。
“申立理由(甲第1号証に基づく進歩性)
本件特許の請求項1~10に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであ“る。
甲第1号証:特許第5887605号公報 “みりん類、みりん類の製造方法“
以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
審判官は、甲第1号証(甲1)には、以下の発明が記載されていると認めた。
“<甲1発明>
「表1に示された糖組成からなるみりんAであり、グルコースの糖組成比率(単糖w/全糖w)が87.54であり、パノースの糖組成比率(単糖w/全糖w)が0.86であり、イソマルトトリオースの糖組成比率(単糖w/全糖w)が0.65である、みりん。」“
そして、 ”甲1の【0002】等にも記載されているように、一般的なみりんは、糯米を蒸した蒸米と米麹とアルコールを混和して形成される甘味を有した液体調味料である”、そして
甲1発明の「みりん」は、本件特許発明1の「米由来成分」を含むことを満たすものであるとともに、「米由来甘味料」にも相当“し、”甲1発明は、グルコース、パノース及びイソマルトトリオースを含むものである“と認めた。
審判官は、上記した認識に基づき、本件特許発明1と甲1発明とを対比して、以下の一致点及び相違点を認めた。
“<一致点>
「米由来甘味料であって、
米由来成分と、
グルコースと、
パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの内の少なくとも1種と、を含み、
前記パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの内の少なくとも1種は、 (A)パノース及びイソマルトトリオースの組合せ、又は(B)パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの組合せである、
米由来甘味料。」“
<相違点1> 省略
“<相違点2>
本件特許発明1には、「前記米由来甘味料の総質量に対する前記パノース、前記マルトトリオース及び前記イソマルトトリオースの合計含有量が、1.96質量%を超えて、16.00質量%以下であること」が特定されているのに対して、甲1発明には、そのような特定がない点。“
審判官は、相違点2について、以下のように判断した。
・甲1発明における米由来甘味料の総質量に対するパノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの合計含有量を計算すると、1.51(=0.86+0+0.65)であり、本件特許発明1における相違点2に係る構成の下限値を下回っている。”
・甲1及び他の全ての証拠の記載を見ても、甲1発明における米由来甘味料の総質量に対するパノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの合計含有量1.51を、1.96質量%を超えて16.00質量%以下の範囲内となるように調製する動機付けはなく、 また、仮に調製することが動機付けられたとしても、本件特許発明1の「結晶化が抑制された米由来甘味料を実現することができる」(【0007】)という効果を予測することはできない。
・特許異議申立人は、甲第2号証(甲第2号証:特開平8-19390号公報、“低アルコール酒の製造法”)も引用して、以下の主張をしている。
① “甲第2号証の段落0023の表1には、オリゴ糖シロップ「パノリッチ」の糖組成として、「グルコース、マルトトリオース、パノース、イソマルトトリオース」の記載がある。
よって、甲第1号証に記載されたみりん類のオリゴ糖構成に甲第2号証に記載のオリゴ糖シロップのオリゴ糖組成を適用して、本件請求項1に係る発明のオリゴ糖構成のようにすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。“
② 本件特許において、パノースの含有量が単独で、”「1.96質量%を超えて、16.00質量%以下」”の”数値範囲を超えても米由来甘味料の結晶化抑制において悪影響を及ぼすものではなく、むしろ結晶化の抑制に寄与していると言える”。
そうすると、オリゴ糖の合計含有量の数値範囲の上限値については臨界的意義が存在せず、結晶化防止の観点からは、米由来甘味料の総質量に対する前記パノース、マルトトリオース及びイソマルトトリオースの合計含有量が16.00質量%以上でも、同等の結晶化抑制効果を奏する蓋然性が高いと言える。“
してみれば、“1.96質量%を超えて、16.00質量%以下」”という数値範囲を発明の構成とするために、甲第2号証に記載された上記の点の構成を甲第1号証に適用することは、当業者であれば容易に想到し得たことである。“
・異議申立人の主張に対して、審判官は、以下のように判断した。
“甲1発明並びに甲1及び他の証拠を参照しても、上述のとおり、甲1発明のオリゴ糖組成を変更する動機付けはないし、また、甲2に記載された特定のオリゴ糖シロップのオリゴ糖組成を適用する理由もない。
また仮に、甲1発明に甲2に記載されたオリゴ糖組成を適用したとしても、本件特許発明1で特定されたオリゴ糖組成の範囲を満たす米由来甘味料とはならないし、その際に本件特許発明1で特定されたオリゴ糖組成の範囲内となるように調製する動機付けもない。
そして、甲1発明並びに甲1及び他の証拠を参照しても、本件特許発明1の結晶化を抑制する効果は予測できない。“
以上の理由から、審判官は、”甲1発明において、相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすものとすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない“と結論した。