小林製薬株式会社の特許第7429503号は、食品などに含有されるナットウキナーゼの保存中の安定化に関する。新規性・進歩性欠如及びサポート要件違反の理由で異議申立てされたが、黒酢もろみなどの特定成分を含有する組成物を除く形にクレームを訂正することで、権利維持された。
小林製薬株式会社の特許7429503号“ナットウキナーゼを含む経口組成物”を取り上げる。
特許7429503号の特許公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7429503/15/ja)。
【請求項1】
(A)ナットウキナーゼ、並びに
(B)ヘスペリジン及び糖転移ヘスペリジンよりなる群から選択される少なくとも1種を含有する、経口組成物
(但し、[I]ドコサヘキサエン酸及びエイコサペンタエン酸を含むもの、並びに[II]温州みかんの果実、果皮、じょうのう膜、及び種子よりなる群から選択される少なくとも1種の溶媒抽出物を含むものを除く)。
【請求項2】~【請求項3】 省略
本特許明細書には、“ナットウキナーゼ”について、以下のように記載されている。
“日本の伝統食品の1つである納豆は、血栓溶解活性を有するナットウキナーゼが含まれていることが報告されて以来、納豆の健康食品としての価値が見直されている。”
“一方、ナットウキナーゼを含む経口組成物については、フィブリン分解作用の経時的な低下を抑制するために保存安定性を高めることが求められる。しかしながら、従来技術では、ナットウキナーゼを含む経口組成物の保存安定性を向上させる技術については十分な検討はなされていない。”
そして、本特許発明の解決しようとする課題について、“本発明の目的は、ナットウキナーゼを含む経口組成物において、経時的なナットウキナーゼの活性低下を抑制し、優れた保存安定性を備えさせる技術を提供することである”と記載されている。
“ヘスペリジン”は、“ヘスペリジンとは、ヘスペレチンをアグリコンとし、これにルチノースが結合した化合物”と記載されているが、“温州みかんやはっさく、ダイダイなどの果皮および薄皮に多く含まれるフラバノン配糖体(フラボノイド)である。ポリフェノールの一種。陳皮の主成分”として知られている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%B3)。
また、“糖転移ヘスペリジン”とは、ヘスペリジンのルチノース単位中のグルコース残基に、1個以上のグルコースがα-1,4結合した化合物”を指すと記載されている。
本特許発明の”ナットウキナーゼを含む経口組成物”は、“経口摂取又は経口投与が可能であることを限度として特に制限されないが、具体的には、食品及び内服用医薬品が挙げられ”、
本特許発明の経口組成物は、“経時的なナットウキナーゼの活性低下を抑制し、優れた保存安定性を備えさせることができるので、優れたフィブリン分解作用を発揮できる経口組成物を提供することが可能になる”と記載されている。
本特許の公開公報に記載された特許請求の範囲は、以下である(特開2021―56、
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2021-000056/11/ja)。
【請求項1】
(A)ナットウキナーゼ、並びに
(B)ブラックジンジャーの抽出物、ヘスペリジン、糖転移ヘスペリジン、α-リノレン酸、及びルチンよりなる群から選択される少なくとも1種を含有する、経口組成物。
【請求項2】~【請求項4】 省略
請求項1は、(B)の成分として、ブラックジンジャーの抽出物、α-リノレン酸、及びルチンを削除し、 “[I]ドコサヘキサエン酸及びエイコサペンタエン酸を含むもの、並びに[II]温州みかんの果実、果皮、じょうのう膜、及び種子よりなる群から選択される少なくとも1種の溶媒抽出物を含むもの”を除くクレームとすることで特許査定を受けている。
特許公報発行日(2024年2月8日)の半年後(2024年8月8日)、一個人名で異議申立された(異議2024-700749、 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2019-116666/10/ja)。
審理の結論は、以下のようであった。
“特許第7429503号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-3〕について訂正することを認める。
特許第7429503号の請求項1~3に係る特許を維持する。“
以下、本特許請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。
異議申立人が提出した特許異議申立書に記載された申立理由は、以下の2つである。
1,“申立理由1F及び2F(甲第14号証に基づく新規性・進歩性)
本件特許発明1、2は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第14号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか、甲第14号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたもの“である。
甲第14号証:日王株式会社のサイトページの2019年6月14時点のインターネットアーカイブ、https://web.archive.org/web/20190614093335/https:/nichiou.co.jp/SHOP/NH-373.html
(“薬王製薬 納豆精(ナットウセイ) 270粒“の商品ページ)
2.申立理由2A及び2B(サポート要件)
”本件特許の請求項1~3に係る特許は、下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない
(1)申立理由2Aについて
本件実施例の結果は、「ナットウキナーゼ粉末と『シソ油』とを組み合わせること」で、課題が解決される可能性を示唆するに過ぎず、『シソ油』で得られた効果について、その「由来」も「含有量」も特定されない「(B)αーリノレン酸」でも得られるとする理由は全くない。
そして、本件特許発明2及び3は、「(A)ナットウキナーゼ、及び(B)αーリノレン酸を含有する、経口組成物」と特定されているのみであり、(B)αーリノレン酸の「由来」も「含有量」も特定されていないから、本件特許発明2及び3の全体にわたって、本件特許発明の課題が解決できるとはいえない“。
“(2)申立理由2Bについて
本件特許明細書の実施例には試験例1として、ナットウキナーゼ活性を、ゼラチン分解能(ゼラチン皮膜を溶解させる程度)を指標として評価している。この結果を踏まえて、本件特許発明の課題「経時的なナットウキナーゼの活性低下を抑制し、優れた保存安定性を備えさせる技術を提供すること」のが解決されることを支持したものと解される。
しかしながら、ゼラチンとフィブリンとは全く異なる物質である。仮に、本件特許発明の組成物が、ナットウキナーゼのゼラチン分解能を高めているとしても、ナットウキナーゼのフィブリン分解能を高めているかどうかとは無関係であり、結局、本件特許発明の課題である「経時的なナットウキナーゼの活性低下を抑制」を解決しているとはいえない。”
異議申立ての約3か月後に取消理由通知書が送付された(起案日2024年11月25日)。
取消理由のうち、請求項1に関するものは、(i)取消理由1F及び2F(甲第14号証に基づく新規性・進歩性)及び(ii)取消理由2B(サポート要件)の2つであった。
(i)取消理由1F及び2F(甲14に基づく新規性・進歩性)について審理結果
・審判官は、甲第14号証には、以下の甲14発明が記載されていると認めた。
<甲14発明>
“「ナットウキナーゼを豊富に含む納豆菌の培養エキス、さらに鹿児島県福山町産天然壺作り黒酢もろみ、キトサン、ヘスペリジン、ビタミンEを配合した栄養補助食品。」“
・審判官は、本件特許発明1と甲14発明を対比して、以下の一致点を認めた。
“<一致点>
「(A)ナットウキナーゼ、並びに(B)ヘスペリジン及び糖転移ヘスペリジンよりなる群から選択される少なくとも1種を含有する、経口組成物(但し、[I]ドコサヘキサエン酸及びエイコサペンタエン酸を含むもの、並びに[II]温州みかんの果実、果皮、じょうのう膜、及び種子よりなる群から選択される少なくとも1種の溶媒抽出物を含むものを除く)。」
・そして、“本件特許発明1と甲14発明とは相違点がなく、本件特許発明1は甲14発明である。また、本件特許発明1は甲14発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである“と判断した。
(ii)取消理由2B(サポート要件)についての審理
・審判官は、異議申立人の主張を認め、“本件特許明細書の実施例の試験例1においては、ナットウキナーゼ活性を評価する際にゼラチン分解能を指標とし、この結果を踏まえて、本件発明の課題が解決されると記載されている。
しかしながら、ゼラチンとフィブリンとは全く異なる物質であるから、本件特許発明の組成物が、ナットウキナーゼのゼラチン分解能を高めているとしても、ナットウキナーゼのフィブリン分解能を高めているかどうかは不明である。
そうすると、本件発明の組成物が本件発明の課題を解決できるかは不明であるから、本件発明1~3は、いずれも発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではなく、
また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでもない“と判断した。
取消理由通知に対して、小林製薬は、意見書及び訂正請求書を提出した。
訂正請求は認められ、特許請求の範囲は、以下のように訂正された。
【請求項1】
(A)ナットウキナーゼ、並びに
(B)ヘスペリジン及び糖転移ヘスペリジンよりなる群から選択される少なくとも1種を含有する、経口組成物(但し、[I]ドコサヘキサエン酸及びエイコサペンタエン酸を含むもの、[II]温州みかんの果実、果皮、じょうのう膜、及び種子よりなる群から選択される少なくとも1種の溶媒抽出物を含むもの、並びに[III]黒酢もろみ、キトサン、及びビタミンEを含むものを除く)。
【請求項2】~【請求項3】 省略
請求項1については、除く成分として “[III]黒酢もろみ、キトサン、及びビタミンE“が追加された。
訂正された請求項1に係る発明についての審判官の判断は、以下のようであった。
(i)取消理由1F及び2F(甲14に基づく新規性・進歩性)についての判断
・“本件特許発明1と甲14発明を対比すると、両者の一致点及び相違点は以下のとおりである。
<一致点>「(A)ナットウキナーゼ、並びに(B)ヘスペリジン及び糖転移ヘスペリジンよりなる群から選択される少なくとも1種を含有する、経口組成物(但し、[I]ドコサヘキサエン酸及びエイコサペンタエン酸を含むもの、並びに[II]温州みかんの果実、果皮、じょうのう膜、及び種子よりなる群から選択される少なくとも1種の溶媒抽出物を含むものを除く)。」
<相違点14>本件特許発明1は「[III]黒酢もろみ、キトサン、及びビタミンEを含むもの」を除いたものが特定されているのに対し、甲14発明は、鹿児島県福山町産天然壺作り黒酢もろみ、キトサン、ヘスペリジン及びビタミンEを含む点。“
・“甲14発明は、「鹿児島県福山町産天然壺作り黒酢もろみ、キトサン」及び「ビタミンE」を含むものであるから、相違点14は実質的な相違点である。
・“甲14発明は上市された商品であるし、他の証拠に記載された事項を考慮しても、甲14発明において、成分を調整して「鹿児島県福山町産天然壺作り黒酢もろみ、キトサン」及び「ビタミンE」のいずれかの成分を配合しないように変更する動機付けはない。したがって、甲14発明において、甲14及び他の証拠に記載された事項を考慮しても、相違点14に係る本件特許発明1の発明特定事項を満たすようにすることは当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
・特許異議申立人は、以下の2点を主張している。
“・市販品の設計変更は常に行われていることであり、例えば、甲14発明のキトサンをグルコサミンに変更することに全く困難性はなく、通常の創作であること(意見書第13頁 (3-3))、
・本件特許明細書には、「保存によるナットウキナーゼのフィブリン分解活性低下を抑制でき、優れた保存安定性を備え」ているかどうかは、開示されていないから、本件特許発明1及び3に「保存によるナットウキナーゼの活性低下を抑制でき、優れた保存安定性を備えさせる」効果があるとはいえないこと(意見書第13頁 (3-4))“。
・しかし、“市販品の設計変更が常に行われるものであったとしても、上記主張は、甲14発明である「薬王製薬 納豆製(ナットウセイ) 270粒」の成分を変更する動機付けとなる記載または示唆を示すものではなく、ましてや、甲14発明のキトサンをグルコサミンに変更することを動機付ける証拠をあげるものでもない。”
また、フィブリン分解活性低下についても、後述する(ii)取消理由2B(サポート要件)のとおり、”本件特許の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できるものといえる”。
”したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。“
以上の理由から、審判官は、“本件特許発明1は甲14発明ではなく、また、本件特許発明1は甲14発明並びに甲14及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない”と結論した。
(ii)取消理由3B(サポート要件)についての判断
・“本件特許の発明の詳細な説明の記載並びにその記載を裏付ける実施例の記載に基づいて”、当業者は本特許明細書に記載された経口組成物によって、”経時的なナットウキナーゼの活性低下を抑制し、優れた保存安定性を備えさせ、発明の課題を解決し得ると認識することができる。”
・“特許異議申立人は、意見書において、発明の課題は「経時的なナットウキナーゼのフィブリン分解活性低下を抑制」することであり、ナットウキナーゼのゼラチン分解能が高まったとしてもフィブリン分解活性が高まるとはいえないことを主張している(意見書第1~6頁 (1)取消理由2Bについて)。
・しかし、“本件特許の発明の詳細な説明の実施例においては、ナットウキナーゼ活性を評価する際にゼラチン分解能を指標とすることが明記されており、その指標に基づいた結果を踏まえて本件特許発明の課題が解決されると記載されており、実際に、ナットウキナーゼと糖転移ヘスペリジン又はα-リノレン酸含有植物油とを含む経口組成物によって、経時的なナットウキナーゼのゼラチン分解能低下を抑制できるという効果が示されている。”
以上の理由から、審判官は、本件特許発明1は、“発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により、又は出願時の技術常識に照らして、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる“と結論した。