自社特許技術を、市場の標準技術として認めさせることによって、市場優位性を確保しようする特許戦略(「標準必須特許」)は、特許権を切り口として市場を支配する方法と強力である。しかし、問題点も指摘されており、権利行使が制限される方向にある。
「標準化」をビジネスツールとした事業戦略が注目を浴びている。
「標準化」とは、自社技術を市場での「標準規格」としようとすることである。市場に自社技術を浸透させることができれば、他社を囲い込むことができ、市場での優位性を確保することができるという考え方である。
「標準規格」とは、公的機関による日本工業規格(JIS)や国際規格(ISO、IEC)などである。
「標準規格」を実現するために避けては通れない必須技術を特許化できていれば、市場で主導権を握ることができることになる。
標準化に必要不可欠な必須特許を「標準必須特許」(Standard Essential Patents=SEP)という。
標準化の要となる、他社との差別化に関する特許技術は「クローズ」または「秘匿化」して独占し、一方、標準化を普及させるための特許技術は「オープン」とするのが一般的な考え方である。
しかし、「標準必須特許」については、世界的に特許紛争が起こっている。
特に情報通信分野の製品の技術標準に必要不可欠な特許、すなわち、標準規格に従って機器を製造する際に必ず使用しなければならない特許、については、日本も含め紛争が頻発している。
「標準必須特許」についての紛争について、特許権者サイドと特許実施者サイドとの両方の問題点が挙げられている。
特許権者サイドの問題として、高額のロイヤルティーの請求がある。
標準規格に関する必須特許は回避することが不可能で、他技術への切替も困難である。特許権者が、規格に必須な特許の特許権を行使すれば、わずか1件の特許であっても、当該規格の製品をすべて差止可能であり、特許実施者は特許侵害を回避することができない。そのため、実施のためには、高額なロイヤルティーを支払わなければならないことになる(ホールドアップ問題、Hold-Up)。
一方、特許実施者サイドの問題として、ホールドアウト(Hold-Out)問題が指摘されている。
ライセンスオファーされても交渉に応じなかったり、議論を遅延させたりして、ライセンスを取得しない、ないしは、ライセンス契約してもロイヤルティーを支払わない問題がある。この問題には、高額なロイヤルティーなどライセンス条件が関係する場合もある。
高額のロイヤルティーや差止請求権について、標準必須特許の権利行使を制限する方向に進んでいる。
技術標準を策定する際には、妥当な実施条件(低額のロイヤルティー)で実施許諾することを宣言するFRAND宣言(FRAND=Fair Reasonable And Non-Discriminatory)が要求されるようになってきている。
また、特に情報通信の分野では標準規格に1000件以上の必須特許が存在する場合もあるようで、標準規格策定時にFRAND宣言されていない特許が存在していた場合には、標準規格が導入された後に高額なロイヤリティーを請求されるという問題も認識されていた。
しかし、最近の標準必須特許を関する差止請求の訴訟においては、必須標準特許の濫用とみなし、適正なロイヤルティーしか認めない判決が続いており、競合企業との差別化ツールとしての有効性は今後低下していく可能性がある。
公正取引委員会も、2016年に、「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針独占禁止法での指針」を一部改正し、「標準規格特許」や「FRAND宣言」の取り扱いについての考え方を示している。
標準化には、公的機関による規格策定の他に、「デファクトスタンダード」(事実上の標準)化による業界標準とする方法もある。
公的機関の規格認定は容易ではなく、策定までには長い時間を要するため、市場での事実上の一般的な規格となるような戦略(デファクト化)も取られてきている。
デファクト化を進めるには、同種の製品を製造販売する企業や製品の周辺製品を製造販売企業に製品に係る技術を、意図的に積極的に公開する戦術が採用される。一般的には、標準化に係る技術の特許を取得し、他企業に無償で実施許諾する方法になる。
トヨタ自動車は燃料電池車の普及を後押しするために、単独で保有する燃料電池関連の全特許5680件を無償で提供すると発表したが、デファクト化を狙ってのことと思われる。
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(引用文献)
「標準化をビジネスツールに」 http://www.chubu.meti.go.jp/b33jis/data/businesstool.pdf
「 標 準 化 」は新商品市場展開のビジネスツール http://www.bic-akita.or.jp/magazine/421/sapuri.pdf
第四次産業革命の中で知財システムに何が起きているか
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_chizai/pdf/001_02_00.pdf
標準必須特許 https://www.glossary.jp/econ/economy/sep.php
標準必須特許/特許の活用/特許出願 http://imaokapat.biz/__HPB_Recycled/yougo501-600/yougo_detail586.html
情報通信分野における標準必須特許に係わる紛争の状況と課題
標準必須特許を巡る課題と制度的対応について
第2回 IoTビジネスと特許戦略 https://business.bengo4.com/category5/article154
標準必須特許の現状と課題
公正取引委員会(平成28年1月21日)「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の一部改正について http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/jan/160121.html
第5回 デファクトスタンダードによる優位性確保のポイント
http://www.mri.co.jp/opinion/column/IP/ip_20150202.html
トヨタ、特許オープンの意図とは!? ‐ 西郷国際特許事務所
http://www.biglife21.com/column/7391/
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