特許を巡る争い<40>アサヒビール他・粉末酒特許

アサヒビール株式会社とアサヒグループ食品株式会社の特許第6664900号は、粉末酒において、脂質とカリウム元素の含有量を調節することによって、粉末酒の酒類特有のアルコール感や香味を向上させる方法に関する。進歩性欠如等の理由で異議申立されたが、そのまま権利維持された。

アサヒビール株式会社とアサヒグループ食品株式会社の特許第6664900号 “粉末酒および粉末酒の味質改善方法”を取り上げる。

特許第6664900号の特許公報の特許請求の範囲は、以下の通りである(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6664900/9A8D72A045F9A66F5D00C453C05FD1638CE9CB783285872C65F6A3CF617ACB2D/15/ja)。

【請求項1】

アルコール粉末および脂質を含む粉末酒であって、

当該粉末酒は、塩化カリウム、炭酸カリウム、クエン酸三カリウム、グルコン酸カリウムおよびアセスルファムカリウムから選択される一種または二種以上のカリウム塩を含み、

前記粉末酒中の前記脂質の含有量が前記粉末酒全体に対して1.0質量%以下のとき、

前記粉末酒中のカリウム元素の含有量が前記粉末酒全体に対して0.015質量%以上2.0質量%以下であり、

前記粉末酒中の前記脂質の含有量が前記粉末酒全体に対して1.0質量%超過のとき、

前記粉末酒中のカリウム元素の含有量が前記粉末酒全体に対して0.39質量%以上2.0質量%以下である粉末酒。

【請求項2】~【請求項13】 省略

本特許発明における“粉末酒”は、本特許請求項7および請求項13によれば、特に、“チューハイ、カクテル、梅酒、チューハイテイスト飲料、カクテルテイスト飲料および梅酒テイスト飲料から選択される飲料の粉末である”である。

本特許明細書によれば、“粉末酒を製造する方法としては、澱粉加水分解物(デキストリン)にアルコール水溶液を適切な割合で混合し、低温下で噴霧乾燥する方法が一般的である”。

そして、“本発明者らの検討によれば、上記の粉末酒を液体に溶解して飲料を作った場合、飲料中に残存する大量の澱粉加水分解物がアルコールや揮発性成分の香気をマスキングし、酒類特有のアルコール感や香味を感じ難いということが明らかになった”と記載されている。

しかし、本発明者らは、“粉末酒中にカリウム元素を特定量含有させることで、得られる飲料のアルコール感や香味が改善されるという知見を得”、

また、“粉末酒中の脂質の含有量”に応じて、“粉末酒中のカリウム元素の含有量に対するアルコールの含有量の比”を調整することにより、“酒類特有のアルコール感や香味”が良好な飲料を得ることが可能になったと記載されている。

公開公報(特開2017-029025)の特許請求の範囲は、以下の通りである

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2017-029025/9A8D72A045F9A66F5D00C453C05FD1638CE9CB783285872C65F6A3CF617ACB2D/11/ja)。

【請求項1】

アルコール粉末を含む粉末酒であって、

前記粉末酒中の脂質の含有量が前記粉末酒全体に対して1.0質量%以下のとき、

前記粉末酒中のカリウム元素の含有量が前記粉末酒全体に対して0.015質量%以上2.0質量%以下であり、

前記粉末酒中の脂質の含有量が前記粉末酒全体に対して1.0質量%超過のとき、

前記粉末酒中のカリウム元素の含有量が前記粉末酒全体に対して0.39質量%以上2.0質量%以下である粉末酒。

【請求項2】~【請求項13】省略

登録公報に記載された請求項1と比較すると、粉末酒の含有成分として脂質が追加、およびカリウム塩の種類が限定されており、これらの補正によって、特許査定を受けている。

登録公報発行日(2020年3月13日)の半年後(2020年9月14日)に、一個人名で異議申立書が提出された(異議2020-700694 https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6664900/9A8D72A045F9A66F5D00C453C05FD1638CE9CB783285872C65F6A3CF617ACB2D/15/ja)。

審理の結論は、以下のようであった。

特許第6664900号の請求項1ないし13に係る特許を維持する。

異議申立人は、全請求項について、甲第1号証~甲第21号証を提出して、以下の異議理由を申し立てた。

理由1 進歩性欠如

“本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の甲1に記載された発明並びに甲2~11、20、21に記載の周知技術に基いて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたもの”

理由2 サポート要件違反

理由3 実施可能要件及び委任省令要件の違反

(異議2020-700694の特許決定公報に記載された“委任省令要件“に関する説明は以下のようである。

“出願時の技術水準に照らして発明がどのような技術上の意義を有するかを理解できるように、発明の詳細な説明に記載されており、発明の技術上の意義が理解されるためには、どのような技術分野において、どのような未解決の課題があり、それをどのようにして解決したかという観点からの記載が発明の詳細な説明においてされることが求められる”)

以下、本件特許の請求項1に係る発明(本件特許発明1)に絞って、審理結果を紹介する。

(1)進歩性欠如について

審判官は、本件特許発明1と甲1号証(特開昭60-237942号公報)に記載された発明とを対比して、以下の一致点および相違点を認めた。

一致点:「アルコール粉末を含む飲料用粉末。」である点。

相違点A1本件特許発明1は、「アルコール粉末」、「脂質」及び「塩化カリウム、炭酸カリウム、クエン酸三カリウム、グルコン酸カリウムおよびアセスルファムカリウムから選択される一種または二種以上のカリウム塩」を含む「粉末酒」であるのに対し、

甲1発明Aは、「凍結乾燥コーヒー」と「粉末ブランデー」を含む「粉末コーヒー」である点

相違点A2本件特許発明1は、「前記粉末酒中の前記脂質の含有量が前記粉末酒全体に対して1.0質量%以下のとき、前記粉末酒中のカリウム元素の含有量が前記粉末酒全体に対して0.015質量%以上2.0質量%以下」であり、「前記粉末酒中の前記脂質の含有量が前記粉末酒全体に対して1.0質量%超過のとき、前記粉末酒中のカリウム元素の含有量が前記粉末酒全体に対して0.39質量%以上2.0質量%以下」であると特定されているのに対し、

甲1発明Aは、脂質及びカリウム塩を含むことも、脂質とカリウム元素の含有量も特定されていない点。“

上記相違点A1およびA2に対する審判官の判断は、以下のようであった。

“(ア)甲1発明Aは、粉末コーヒーの風味を改良することを課題とするものである。”

“(イ)一方、本件特許発明1は、粉末酒中の脂質の含有量及びカリウム元素の含有量を特定することで、得られる飲料のアルコール感や香味を改善したものである。”

“(ウ)そうすると、甲1発明Aと本件特許発明1とは、解決しようとする課題が異なり、粉末コーヒーの風味の改良に関する甲1発明Aについて、粉末コーヒーに含有される脂質やカリウム塩に着目し、その含有量をも特定して、得られる飲料のアルコール感や香味が改善された粉末酒とする動機付けはない。

そして、本件特許発明1は、相違点A1及びA2に係る発明特定事項を採用することで、粉末コーヒーの風味に関する甲1発明Aとは異なり、甲1発明Aからは予測もし得ないアルコール感や香味という本件特許明細書記載の効果を奏するものである。

(エ)甲2、3~9および20の記載を考慮しても、“本件特許の出願時に、甲1発明Aについて、粉末コーヒーに含有される脂質やカリウム塩に着目し、その含有量をも特定して粉末酒とすることが、当業者が容易になし得たこととはいえない。”

これらの理由をもって、“本件特許発明1は、甲1発明A並びに甲2~9、20に示される事項によって、当業者が容易に発明をすることができたものではない”と結論した。

(2)サポート要件違反について

申立人の主張は、以下(イ)~(オ)の4点であった。

(イ)課題を認識し得ない発明を包含することについて

“粉末酒を液体に溶解し、飲料として味わうことを伴わないような用途に用いられる場合は、本件特許発明の課題を認識することはできない。”

(ウ)澱粉加水分解物の種類・量とマスキング作用について

“本件特許発明は、粉末酒を構成する澱粉加水分解物の種類や量は規定されていない。”

また、本件特許明細書の実施例からは、“どのような澱粉加水分解物がどの程度使用された粉末酒についてアルコール感が評価されたのかを知ることはできない。”

したがって、“当業者が、任意の粉末化基材を用いて得られた粉末酒について、本件特許発明の構成を満たすことにより、実施例と同様の結果が得られると理解することはできない。”

(エ)粉末酒を溶解させる液体の種類について

“本件特許発明は、粉末酒を溶解する液体に由来する脂質及びカリウムの含量は規定されておらず、粉末酒を溶解して得られる飲料中の脂質及びカリウムの含量も規定されていない。茶類、果汁飲料類及び牛乳といった飲料には、それ自体に相当量の脂質及びカリウムが含まれることが、本件特許出願時の技術常識である。”

“本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、粉末酒を溶解する液体としていかなる液体を用いた場合も本件発明の課題が解決できるとは認識できない。”

(オ)カリウム塩の種類

“本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、塩化カリウム、炭酸カリウム、クエン酸三カリウム、グルコン酸カリウム及びアセスルファムカリウムから選択されるいずれであっても、本発明の課題が解決できると理解することはできない。”

しかし、審判官は、本件特許明細書の“一般記載”および“実施例の記載”から、“課題をそれぞれ解決できることが理解できる“として、異議申立人の主張を採用しなかった。

(3)実施可能要件及び委任省令要件の欠如について

申立人は、

“本件特許明細書の実施例には、如何なる澱粉加水分解物がどのような量で配合された粉末酒が使用されたのか記載されておらず、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、それを示唆する記載もないから、実施例の粉末酒ですら再現することができないため、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない“と主張した。

しかし、審判官は、

本件特許明細書には、“粉末酒を構成するアルコール粉末やカリウム塩についての説明、粉末酒中のカリウム塩や脂質の含有量の測定方法、粉末酒を用いて飲料を製造する方法が説明され、上記2(1)キの実施例で、具体的に粉末酒を作製し、味質を改善できたことが確認されている”として、

“本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1~13について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されている”と結論した。

また、委任省令要件についても、

本件特許明細書には、“本件特許発明が酒類を粉末乾燥して粉末酒を製造するものに関し、粉末酒を液体に溶解して飲料を作った場合に、酒類特有のアルコール感や香味を感じ難いという課題があり、これを粉末酒中に含まれる脂質の含有量に応じてカリウム元素を特定量含有させることで解決したことが理解できるように記載されている。

よって、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1~13について、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されている“と結論し、異議申立人の主張を採用しなかった。