【35】明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(2)~ 

実施可能要件違反を主張するとしても、特許権者からの意見書、実験成績証明書等により反論、釈明を想定しておく必要がある。

(34)明細書の不備を突く ~実施可能要件違反(1)~ からの続き

しかし、無効審判や異議申立ての理由として、実施可能要件違反を主張することは、容易ではない。

既に審査を経て特許査定を受けているわけであるし、たとえ主張が認められたとしても、特許権者は容易に反論可能かもしれないからである。

審査基準には、実施可能要件違反の拒絶理由通知に対して取り得る出願人のアクションの説明がある。

4.2 出願人の反論、釈明等

出願人は、実施可能要件違反の拒絶理由通知に対して、意見書、実験成績証明書等により反論、釈明等をすることができる。

例えば、出願人は、審査官が判断の際に特に考慮したものとは異なる出願時の技術常識等を示しつつ、そのような技術常識等を考慮すれば、発明の詳細な説明は、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえることを、意見書において主張することができる。

また、出願人は、実験成績証明書により、このような意見書の主張を裏付けることができる。

ただし、発明の詳細な説明の記載が不足しているために、出願時の技術常識を考慮しても、発明の詳細な説明が、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない場合には、出願後に実験成績証明書を提出して、発明の詳細な説明の記載不足を補うことにより、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると主張したとしても、拒絶理由は解消されない。

実験成績書については、以下が参考になる。

数値限定発明における実験報告書の攻防

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/200305/jpaapatent200305_030-036.pdf

審査段階での後出しデータによる記載要件違反の克服

https://www.patents.jp/sonoda-path/to/wp-content/uploads/2017/11/%E5%AF%A9%E6%9F%BB%E6%AE%B5%E9%9A%8E%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%BE%8C%E5%87%BA%E3%81%97%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%A8%98%E8%BC%89%E8%A6%81%E4%BB%B6%E9%81%95%E5%8F%8D%E3%81%AE%E5%85%8B%E6%9C%8D.pdf

以下に、食品特許について、実施可能要件違反で取消となった事例として、特許第5694588号「加工飲食品及び容器詰飲料」に関する特許取消決定取消請求事件を紹介する(平成28年(行ケ)第10205号 https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/835/086835_hanrei.pdf)。

特許第5694588号は、異議申立てがされ(異議2015-700019)、審理で取消理由が通知され、特許権者は訂正請求し、訂正は認められたが、特許庁は最終的に取消の決定をした。

特許権者は、この特許取消決定に対する取消を求めて出訴した。

訂正後の特許請求の範囲は、以下の通りである・

【請求項1】

野菜または果実を破砕して得られた不溶性固形分を含む加工飲食品であって,

6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない

前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,

16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下であることを特徴とする加工飲食品。

争点となったのは、「不溶性固形分の割合」の測定方法についてである。

特許第5694588号の明細書には、以下のような記載がある(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-5694588/0D2BE44B15A2BB54074DF6477C23847BB68281EDAF37402298DE733E44298D30/15/ja)。

本発明に係る不溶性固形分とは、ニンジンやパイナップル等の野菜または果実の可溶性固形分以外の成分であり、その粒子の分布は次の通りである。”

不溶性固形分は、日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて測定することができる。すなわち、測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈し、16メッシュの篩等の各メッシュサイズの篩に均等に広げて、10分間放置後の各篩上の残分重量を重量パーセントで表した値を、本発明の粗ごし感を有する不溶性固形分と定義する。”

“篩上の残存物は、基本的には不溶性固形分であるが、サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は、たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり、その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。”

判決は、“本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が実施できるように明確かつ十分に記載されているものと認めることはできない”として、原告の請求を斥けた。

以下に、判決文の関連部分を引用する。

“本件において,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,本件発明に係る加工飲食品を生産し,使用することができるのであれば,特許法36条4項1号に規定する要件を満たすということができるところ,本件発明に係る加工飲食品は,不溶性固形分の割合が本件条件(6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である)を満たす加工飲食品であるから,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,このような加工飲食品を生産することができるか否かが問題となる。

“本件明細書の上記記載によれば,本件明細書には,測定対象のサンプルが水で3倍希釈しても「なお粘度を有している場合」であって,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合には,適宜,水洗することによって塊をほぐし,メッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分の重量,すなわち「日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて,サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置後の篩上の残分重量」(段落【0036】)に相当する重量を正しく測定する必要があることが開示されているものと解される。

しかしながら,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合に追加的に水洗をすると(段落【0038】),本件明細書の段落【0036】に記載された本件測定方法(中略)とは全く異なる手順が追加されることになるのであるから,このような水洗を追加的に行った場合の測定結果は,本件測定方法による測定結果と有意に異なるものになることは容易に推認される。

このように,本件明細書に記載された各測定方法によって測定結果が異なることなどに照らすと,少なくとも,水洗を要する「なお粘度を有する場合」であって,「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合」であるか否か,すなわち,仮に,篩上に何らかの固形分が残存する場合に,その固形物にメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか,メッシュ目開きよりも大きな不溶性固形分であるのかについて,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて判別することができる必要があるといえる

“しかしながら,本件測定方法によって不溶性固形分を測定した際に,篩上に残存しているものについて,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか否かを判別する方法は,本件明細書には開示されておらず,また,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に照らし,特定の方法によって判別することが理解できるともいえない

そうすると,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,その後の水洗の要否を判断することができないことになる。

したがって,本件発明の態様として想定される,「測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈」しても「なお粘度を有している場合」(段落【0038】)も含めて,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができると認めることはできない。